イン・イン水の販売店③
『聖女様
傷口を治すための治療水の予約が10個入りました。
3日後に取りに来ますので、よろしくお願いいたします。
その他、治療水は通常納品分のままで大丈夫です。
ユージン』
チビカの頭を撫でながら手紙を読むエリカ。
ユージンとの手紙のやり取りも、もう数えられないくらいになった。
その間、ユージンは敬語が使えるようになったし、エリカも神殿での生活にも完全に慣れてきた。忙しい毎日にいつの間にか聖女見習いのエリカになっておよそ1年が経過していた。
毎日同じスケジュールをこなしていく神殿の生活。表向きの生活は変化のないままだが、裏の生活にはかなり変化があった。
最初のうちは試行錯誤を繰り返し作っていた治療水もある程度安定的なクオリティーで提供できるようになった。
監視役としてきた、ルイは今やいい協力関係になっている。必要な薬草の手配を担ってくれる代わりに、作れる治療水の20%を要求してきた。
また何のつもりなのかと疑ったりもしたが、お互いに深掘りしない約束をし、契約をした。
ルイから貰った約束は孤児院で出会った双子リュートとリューラに渡す。
リューラが薬草の図鑑用の絵を書いて、リュートが薬草の効果などを紙に書いてエリカに渡す。リュートの知識不足で書けないものに関してはエリカが図書室に入り、調査して内容を加えていく。最近はリュートには薬草をすりつぶすこともお願いしているので、治療水の作りは測って混ぜて聖力を注ぐだけの割とシンプルな作業になってきた。
もちろんイン・イン水の販売店やリュートなどに運び屋の仕事をしてくれているのは、チビカである。
「よし〜よし〜チビカお疲れ!
ユージンから治療水を入れる瓶を貰ったでしょう?それも出してくれる?」
「キュッ!」
チビカは小さい手をポケットに突っ込み、一つずつ瓶を取り出してエリカに渡した。
「傷薬…ん?サンチョ草が足りないかも…チビカもう一走りして~
え…とね。ルイさんにお願いしたいんだけど、他の人に見つからないようにね。」
「キュッ!キュッ!」
エリカは必要な草をメモってチビカに渡した。
ウハハハッ!
お金のチャリンチャリンの音が聞こえる。
外傷の薬は他の水薬より利益が大きいから、作り甲斐があるわー。
稼ぎまくるぞ!みんな私の為に頑張りなさいっ。
ハハハー。
一年経っても変わらないエリカであった。
***
[イン・イン水 販売店]
ユージンの家の前に小さく板に書いてある看板。
知る人ぞ知る薬草で作った水薬屋、通称イン水店。
ー「イン水店ができてから、神殿まで行かなくて済むから大助かりだよ。」
ー「そうそう。しかも効き目もいいから大満足。」
ー「神殿までの移動の間、悪化するケースも少ないないからな。」
ー「確かに。」
ー「あそこがイン水店?」
ー「うちの子、熱が下がらないんだけど神殿まで行かなくてもいいのかな?」
ー「あらまぁ〜まだ知らないの?子供の熱に効き目バッチリの水薬もあるのよ~」
ー「本当に?」
ー「うちの子も飲ませたことあるから、信じてみて。神殿よりお金もかからないわ。熱の水薬だと、中銅貨1枚だったはずよ?」
ー「行ってみるわ。情報ありがとうね。」
近所の人からやや遠くは冒険者まで噂を聞きつけ訪ねてきていた。
ユミルは最初が肝心で、エリカに迷惑がかからないように水薬を聖力と関係のない薬草で作られた水薬だと話した。それが噂になり、その秘方を出せと悪徳商人などが訪ねてきた。中には暴力を振るうやつらまで現れた。
しかしユミルはそのことを見越して、噂になる前にケガで動けない傭兵や冒険者などに治療水を渡した。そして彼らの中で最も気の合う人を雇った。
その他、恩を受けた人たちは彼らの仕事の合間に周囲の見回りをしてくれた。
今やイン水店がなくなれば、困ると近所の人々も色々と助けてくれている。
「ユージン、この在庫はどこに置くの?」
「お母さん、僕がやるから大丈夫です。」
「いいの。これが最後の箱よ。」
「それは、棚の下!」
「分かった。」
水薬だけ売っても問題なく生活費は稼げたので、ユミルはもう手仕事を辞め、ユージンを手伝っている。幼い弟と妹はもう元気に過ごしている。
「聖女様に必要なものは手紙に書いて送ったし、もう今日のお仕事はここまでにしましょ。」
「そうだね。ユージンは晩御飯何がいい?」
ドンドン。ドンドンドン。
「早く開けろ!」
しばらく平穏な暮らしを続けていた販売店だったので、威圧的な声と激しくドアを叩く音にかなりこわばってしまった。
「お、お母さん…」