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8.学校の実情

 このモンテリーノ学校は、貴族が戦いに赴くために必要な事を学ぶための、いわば軍学校だ。けれど、すでにその事実は有名無実化してしまっている。


 貴族本人が戦いに赴くことなど、ほとんどない。必要なときに軍を派遣するだけだ。

 昔はそれでも、かなり実践的な知識や技術を学んでいたらしい。当時の学校の教師は、退役した軍人たちで占められていたらしいから。


 けれどあるとき、その生々しい話に耐えられなかった貴族の子息が嘔吐した。それを知った母親が学校に文句を言ったのだ。「私の可愛い息子に、何を教えているんだ」と。


 いやいや、そういう学校でしょ。あんただって習ってたでしょ、と一蹴して終わり、とはならなかった。他の貴族の親からも、同じようなクレームが相次いだのだ。


 当時、ダンジョンの出現もなく落ち着いていたのも、余計悪かったのだろう。相次ぐクレームによって、教師の顔ぶれが一新した。現場を知らない、実情を知らない、ただ理屈を勉強しただけの人が教師となった。


 その結果、今のモンテリーノ学校は軍学校とは名ばかりの、ただの貴族子息令嬢の社交の場と化したのだ。


 そして、そういう場になってしまっていることを、教師も生徒も全く気付いていない。ここで習っていることが、現場ではまるで役に立たないことを分かっていない。


「剣術の授業を見ているとき、色々自慢されたけど、何が自慢なのかがさっぱりだった。基本の型も出来ていないヤツが、ただ剣を振り回しているだけ。間違ってもあれを剣術とは言わない」


 ハインリヒ様が午前中に見学した実技の授業について、愚痴る。


「回復もさ、確かに十五歳で上級の魔術を使えるのはすごいけど、それだけだ」


 その場で見ていた私はもちろん、リスベス先生も誰のことを言っているのか分かったようで、苦笑していた。


「若いうちに強い魔術が使えるようになったから、だから何だって言うんだ。なぜそれが"聖女の再来"とかに繋がるのか、意味が分からない」


 十五歳で上級魔術を発動できるのは、早いほうだと思う。でも、別にいないわけじゃない。

 そんなんで"聖女の再来"はないだろうから、そう呼ばれるもっと別の何かがあるのかと思ったけど、本当にそれだけだった。


 魔術は発動させるだけじゃ意味がない。むしろ、発動できるようになって初めて、スタートラインに立てるのに。


「この学校では無理ね。教師の先生方にそういう意識がない。知識だってごく表面的なものしかないのだから」

「……だから、マレンが低能なんて呼ばれるんですね」

「そうよ。残念だけど、マレンがこの学校で実力にあった評価を受けることはないでしょうね」


 その言葉に、ハインリヒ様が悔しそうな顔をする。でももう私は諦めた。どんな理由があったとしても、私に欠陥があるのは確かだ。


「ハインリヒ様、私は大丈夫。ちゃんと分かってくれてる人がいるって知ってるから。だから、この学校の人にどう思われたって構わないの」


 少なくとも、辺境の地においては、私の欠陥は欠点にはなり得ない。それは、ハインリヒ様だって知っているはずだ。


「そうだな。マレンがいてくれたおかげで、何度命拾いしたか分からないものな」

「でしょ?」


 私は笑った。


 死にさえしなきゃ治してあげるから生きて帰ってきて、ってよく言っていた。その言葉を現実にできるように、私は術を磨いてきた。

 それは、こんな学校でどんな評価をされようと、決してなくならない私の力だ。


「本当に成長したわね、マレンは。今のあなたをエリーザ先生が見たら、きっと喜ぶわ」

「リスベス先生……」


 エリーザとは、私の母の名前だ。思い出して、少し切なくなる。


「……喜んでくれるでしょうか」


「ええ、もちろん。ああ、でも王子殿下との婚約が破棄されちゃったのは心配する……しないかしら。強引にマレンに婚約を押しつけてきた、って国王陛下の文句を言ってたくらいだから。良くやった、と言うかもね」


 いや、それもどうかと思う。母が文句を言ってたのは知ってるけど。


「リスベス先生、よろしいですか」

「なにかしら?」


 ハインリヒ様が少し緊張した顔をしている。……なんか、嫌な予感がする。


「俺はマレンに婚約を申し込んでいます。まだ色よい返事はもらえていませんが、俺はマレンの母上に認めてもらえる相手でしょうか」

「あら」


 嫌な予感的中だ。いきなり何を言い出すんだ、ハインリヒ様は。


「まあ、そうだったの。ええ、もちろん。あなただったら、エリーザ先生も歓迎すると思うわ。マレンのこと、お願いしますね?」

「ありがとうございます! お任せ下さい!」

「ちょっとちょっと……! いきなり何の話をし出すんですか!」


 返事はまだだと言った側から何を言い出すのか。まるで婚約が確定したかのように話す二人に、私は慌てて割り込んだのだった。




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