5.マレンとハインリヒ
「お話は終わりでよろしいでしょうか、陛下」
ファルター殿下が真っ白い顔になったところで切り出してきたのは、ずっと黙ったままだったハインリヒ様だった。
陛下の眉がピクッと動く。なぜか悔しそうな表情をされる。
「ああ、終わった」
ずいぶんと投げやりな感じで答えている。どうしたんだろう?
不思議に思っていると、ハインリヒ様が私の前に来て、突然跪いた。
「は、ハインリヒ様!?」
「メクレンブルク伯爵令嬢」
左手を取られた。他人行儀な呼び方だけど、たまにはこういう気取った呼び方もいいね、と呼び合っていた事もある。
「俺もモンテリーノ学校に入学することになったんだ。その手続きのため、父も一時王都に帰還した」
「え?」
あんな学校、と評していたのに、なぜわざわざ入学するの?しかも、何で跪く必要があるの?
「君を追いかけてきた、と言ったら、信じてくれるか?」
「……え?」
今度は理解が追いつかない。ハインリヒ様は少し緊張した顔をしていた。
「マレンが父の命を救ってくれたあの日からずっと、君を見てた。マレンしかいないと、そう思っていたんだ」
緊張した顔に、わずかに笑みが浮かべられた。
「君が王子殿下の婚約者と知って諦めた。でも諦めきれなくて……今、君に婚約者はいなくなった。だから、と言ってはなんだが、その座に立候補したいんだ」
「え?」
「マレン・メクレンブルク嬢、あなたのことが好きなんだ。俺と婚約してくれ。そして、ゆくゆくは俺の妻になってほしい」
真っ直ぐ私の目を見て、告げる。そして、手の甲に恭しく口付けされて、ようやっと告白された事を理解した。
私ができたのは、ただ呆然とすることだけだった。
*****
今から五年前。
突如現れたダンジョン。
逃げ惑う人々。あちこちから上がる悲鳴。明らかに人と違うモノが現れた。
「父上っ!!」
その、人と違うモノから私たちを守って、大きな傷を負った男の人。そして、その人にしがみついて泣き出さんばかりの、私より少し年上の男の子。
怖かった。
男の人から赤い血が流れる。流れる血が、その男の人の命を削っていく。
『目を逸らしちゃ駄目よ、マレン。辛いし、苦しい。どんなに頑張ったって、報われないときだってある。それでも、私たち回復術士は絶対に目を背けちゃいけないの』
母から教えられたことが、頭をよぎる。
「私が治す!」
気付けばそう叫んで、その男の人の側に駆け寄った。まだ私は未熟だ。患者さんの治療をさせてもらったことはない。でも、未熟でも何でも、この場にいるのは私だけだった。
『報われないときもあるけど、報われるときだってあるわ。だからね、いつでも全力で、真剣に向き合うのよ』
報われるか報われないかは分からない。でも、今の私にできる最高の治療をするんだ。
そう決意して夢中で治療をしている間、その男の子が父親じゃなくて私を見ていた事には、まったく気付かなかった。
この男の子がハインリヒ様だ。
これが、私たちの出会いだった。