誕生日パーティー
数ヶ月がたち、本日はエマ殿下の誕生日パーティーだ。
さらに言えば、俺がこの国に来てから初めての本格的な王家主催のパーティーで、俺が初めて正式に貴族たちの前に立つパーティーでもある。
色々騒がれていたのは知っているし、陛下にもかなり際どいことを言われもしたが、エマ殿下のパートナーとしての参加は、辞退させて頂いた。
その代わりに条件として出されたのが、パーティー会場の入場は、王家の方々と一緒に入場することだ。
これもかなり際どい。俺は、王族ではあってもあくまでも「他国の王子」に過ぎない。だというのに、王家の方々と一緒に入場するということは、王家の一員と同等であると宣言しているに等しい。
つまりは、正式ではないにしても、近いうちに王家の一員になると、周囲に知らしめる行動だ。ぶっちゃけ、パートナーとしての参加ではなくても、多くの人に俺をエマ殿下の婚約者だと思われる。
そこまで分かった上で、俺は頷いた。陛下の迫力に負けたとかではなく、自分自身の意思で頷いたのだ。
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およそ一ヶ月前、いよいよ誕生日パーティーが近づいて来たとき、俺はエマ殿下に告げた。
『エマ殿下、申し訳ありません。やはり、誕生日パーティーでパートナーを務めるのは、辞退したいのです』
俺がそう告げたとき、エマ殿下は表情を変えなかった。少なくとも表面上は冷静を保っていた。
『……そうですか、分かりました。母とともに無理を申し上げたこと、謝罪致します』
声音も至って普通。しかし、そう謝罪したエマ殿下の手が震えていた。だから、というわけではないが、俺はさらに言葉を続けた。
『……許して頂けるなら、今年は辞退したいのです』
『え?』
俺は息を吐いた。これから続ける言葉は、俺自身の覚悟だ。自分が絶対に逃げずに頑張るために、エマ殿下に告げるのだ。
『まだ俺には自信がありません。自分が本当にエマ殿下の側にいていいのか、不安なのです。だから、今は勘弁頂きたい。これからもっと勉学に励んで、ほんの少しでも自信がついたなら……』
言葉を切る。
緊張しているのに、バクバクしている心臓の音が、さらに俺の緊張を高めていく。それでも、俺なんかを必要としてくれるエマ殿下のために、最後の言葉を綴った。
『その時には、俺の方から婚約を申し込んでも、よろしいですか?』
しっかりエマ殿下の目を見て言った。……言えた。
心臓の音が、さらにバックンバックンうるさい。こんなに大きな音をたてて、俺の心臓は大丈夫なんだろうか、とどうでもいい心配事が頭をよぎった時、エマ殿下の表情が崩れた。
『……はい、殿下。はい。……はい。……はい、はい。……はい』
涙を、ボロボロ流していた。口元を押さえて、ただ「はい」を繰り返す。その様子に、俺は一度深呼吸をしてから、足を踏み出した。
『エマ殿下、泣かないで下さい。……申し訳ありません。こういうとき、どうしていいか分からなくて』
兄だったら。ハインリヒだったら。
こういうとき、上手に女性を慰められるのかもしれない。でも、俺はその術を知らない。ただ側にいるしかできない。
手をエマ殿下に向けて、結局その手をどうして良いか分からずに下ろす。そうしたら、エマ殿下が顔を上げて、笑った。
『嬉しいです、ファルター殿下。本当に、嬉しいです。……いつまでも、待っています』
『……あまりお待たせしないように、頑張ります』
こんな感じで、最後の最後まで何とも締まらない俺だったが、このやり取りがあったから、陛下に正式にパートナー辞退を申し出たとき、エマ殿下も口添えしてくれた。
代わりに出された条件も、俺自身に覚悟があったから、王家の方々と一緒の入場を、俺は受け入れたのだった。
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このパーティーで、俺が決めていいと言われた事がある。
陛下が挨拶して、エマ殿下が挨拶して、そして俺が紹介される。その後始まる、ダンスタイム。
「エマ殿下、俺と踊って頂けますか?」
俺は、エマ殿下に手を差し出していた。
ファーストダンスは、パートナーと踊るダンスだ。つまりは、親戚か、婚約者か。
そのファーストダンスを、俺はエマ殿下に申し込んだ。これによって、俺とエマ殿下の婚約話は、いよいよ現実味を帯びる。
誕生日の主役たるエマ殿下が、踊らないわけにはいかない。
その相手を誰が務めるか。
俺が申し込むか申し込まないか、国王陛下には俺が決めて良いと言われた。俺が踊らないなら、父君のレオン殿下か、弟君のリアム殿下が一緒に踊るだけだからと。
悩まなかったと言ったら、嘘だ。まだ自信なんかないんだから。それでも、エマ殿下の手を取るのは自分でありたいと思ったから、弱気な自分を押し隠す。
周囲にいる貴族たち、そして国王陛下方の視線が、集中している。
「はい、ファルター殿下。喜んで」
エマ殿下が、花が開くように可愛らしく笑って、俺の差し出した手にその手を重ねてきた。その笑顔に見入ってしまった俺は、エマ殿下の手が催促するように動いたことで、我に返る。
どこまでも情けない自分に苦笑して、俺はエマ殿下の手を引いて、会場の中央に歩み出たのだった。




