リアムからの招待
「ファルター殿下、お越し頂き、ありがとうございます」
「……こ、こちらこそ、お招き感謝します」
リアム殿下に招待された晩餐の席。丁寧な挨拶に、俺も若干どもりながら挨拶を返す。しかし、俺の目はチラチラと脇に立っている人に向いていた。
「ああ、勝手だとは思いましたが、姉も一緒にと思いまして。同席よろしいですか?」
俺の視線に気付いたのだろう。リアム殿下は隣に立っている姉君……つまりはエマ殿下を示して、にっこり笑った。よろしいですかと聞いているが、「もちろんいいですよね」と言っていることと同じなのが口調で分かる。
「……もちろん、構いません」
駄目だと言えるわけがない。
そんな気持ちで頷いた俺だが、俺が答えた瞬間、エマ殿下の表情がパァッと明るくなって、俺に少なからず動揺を与えたのだった。
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「ファルター殿下は、昼に母と父と話をしたのですよね?」
「…………っ……」
「ちょっと、リアムっ!?」
唐突にリアム殿下に話を振られた俺は食事をする手が止まり、エマ殿下が顔を赤くして叫ぶ。何の話をされたのか、間違いなく知っているんだろう。
ちなみに、リアム殿下とエマ殿下が隣同士で座り、俺はその正面だ。
俺を招待したのはリアム殿下だから、こういう場合はリアム殿下の正面に座るはずなのだが、今俺が座っているのはお二方のちょうど中央だ。
「姉のことはお嫌いですか?」
「ブホッ」
「こ、こらっ、リアムっ! やめなさいっ!」
耐えきれず吹き出した俺の耳に、慌てた声のエマ殿下の声が聞こえた。
「姉上はご存じでしょう。僕は王位を継ぎたくなんかありませんから。さっさと婚約者を作って結婚して、世継ぎを産んで下さい。そうすれば、僕の王位継承権は自動的に下がっていくんですから」
「そういう問題じゃないのっ! 話が突っ走りすぎ!」
「突っ走ってなんかいません。僕に王位継承権二位なんて重すぎるんです。それをどうにかしたいから、姉上を応援しているんじゃないですか」
「だからっ……! ファルター殿下に失礼でしょう!?」
交わされる姉弟の会話に、俺はまず疑問を感じた。
リアム殿下は勉強も出来て優秀だと聞いている。エマ殿下よりも、次期国王にふさわしいと周囲に言われるくらいには。
それなのに「王位を継ぎたくない」?
「あ、も、申し訳ありません、ファルター殿下。後でよく叱りつけておきますので、この場はご容赦頂けると幸いです」
「……叱りつけるって。僕はそんなに子供じゃないつもりなんですけど」
「いいからっ、あなたも謝りなさい!」
「い、いえ、エマ殿下。気にしておりませんので……」
このままだとリアム殿下にまで謝罪される事態になりそうなので、慌てて会話に口を挟む。
それよりも、本当にリアム殿下が王位を継ぎたくないのか、そこを聞きたい。聞きたいのだが、まさか直接そう伺うわけにもいかない。どう聞くべきか考えて、そもそも俺に上手く話を聞き出すような能力などないことに気づく。
「……気にしてないんですね」
そんな事を考えていたから、エマ殿下が小声でつぶやいた声に反応が遅れた。
ん? と思ってエマ殿下を見るとうつむいていた。何だか分からずリアム殿下を見ると、苦笑している。
「そんな些細な言い回しにショックを受けるくらいなんですから、もっと真っ直ぐぶつかっていけばいいじゃないですか」
「……だ、だって……だって……」
「しょうがないなぁ。僕だって恋愛経験豊富じゃないんですからね」
何の話か分からなかったが、「ショックを受ける」? 俺の言葉に、エマ殿下が何かのショックを受けたということか?
何がダメだったのか分からない。けれど、それが俺のせいなのであれば、なかったことにしてはダメだ。
「……エマ殿下、申し訳、ありません。ですが、自分でも何がいけなかったかが分からないのです。今後は直しますので、どうか教えて頂けませんか?」
喉の奥に何かが詰まるようなものを感じながらも、俺は謝罪を口にした。エマ殿下に対して限りなく失礼な話だが、自分で気付ける可能性はゼロである以上、同じ失敗をしないためにも聞くしかない。
けれど、俺が言った瞬間、その場は何とも言えない雰囲気が漂った。
「……ですって、姉上。教えて差し上げたらいかがですか?」
「リアムっ!」
リアム殿下がすごく面倒そうにエマ殿下に話を振る。
聞いてはダメだったか。あまり謝罪のしすぎも良くないとは聞くが、ここはもう一度謝罪して発言を取り消すしかないだろうか。
「エマ殿下はファルター殿下が『気にしてない』と言ったことに落ち込んでいるのです」
「……………?」
俺に近づいて話しかけてきたのは、後ろに立っていたソフィアだ。
こういった晩餐で、侍女が会話の内容に言及することは滅多にない。というか、やってはいけないことで、それこそ叱らなければならないのだが、リアム殿下に怒っている様子は見受けられない。
エマ殿下は赤い顔をして……あれはアワアワしている、といえばいいのだろうか?
「婚約とか結婚とか、世継ぎを産むとかいう話をしていたのを、『気にしてない』と言われたのです。恋する乙女からしてみれば、落ち込むのに十分すぎる理由です」
「…………っ……!?」
そういうつもりで言ったわけじゃない、という反論すら置き去りにする、強烈な言葉だった。
「ソフィアっ! もうちょっと言い方があるでしょう!?」
「つまりは言い方の問題だけで、そういう理由で落ち込まれたということでよろしいのですよね?」
「ちが……! う……あ……」
勢いよく椅子から立ち上がって叫んだエマ殿下が、結局すぐまた椅子に座り込んだ。顔は見えないのに、なぜか真っ赤な顔をしているだろうな、というのが分かってしまう。
というか、顔の熱さからして、たぶん俺の顔も赤い。
「あーあ、やっぱりこうなったか。姉上、僕はお邪魔だと思いますので退散します。ファルター殿下のおもてなし、しっかりなされて下さいね?」
リアム殿下が立ち上がって、ひらひら手を振って去っていく。
……ん? 去っていく?
あれ、一応俺、リアム殿下に招待されていたんじゃなかったか?
「こ、こらっリアム! あなたが招待したのよ! 最後まで責任を持ちなさい!」
ほぼ同時に俺が思ったことと同じ事をエマ殿下が叫んだが、リアム殿下は戻らない。
「まったくもう、リアムは。……申し訳ありません、ファルター殿下」
「……い、いえ」
リアム殿下がいないということは、エマ殿下と二人きりだ。
そのことに気付いたら、俺は顔を上げられなくなった。