侍女との会話
「つかれた……」
侍女に促されて何とか食事会の席から立ち上がり、与えられた部屋に戻ってきたら、どっと疲れが出た。そのまま侍女に「休む」と伝えてベッドに横になる。
色々衝撃だらけだったが、今はそれを考えるだけの気力もなく、そのまま目を瞑った。
――次に気付いたのは、ドアをノックする音だった。
「なんだ……?」
反射的に出した声が思いの外寝起きの声で、やっとそこで自分が寝てしまったことに気付いた。
「お休みのところ申し訳ありません、ファルター殿下」
入ってきたのは、俺についている侍女たちの一人だ。まだ若いが、俺付きの侍女のリーダーをしているソフィアだ。
「いや。どうした?」
「リアム殿下より、晩餐を共にとのお誘いが参りました。お返事は如何致しましょうか」
出た名前に驚いた。
「リアム殿下? その……エマ殿下ではなく?」
「エマ殿下からでしたら、わざわざお伺いするまでもなく、席を用意いたします」
それもどうなんだと言いたくなることを、しれっと言い放った。
ソフィアは、先ほどの食事会でも一緒についていた侍女だ。まだ若いとは言ったが、それでも俺より年上だ。もう結婚して然るべき年齢だと思うのだが、一度それを口にしたら笑顔が怖かったので、言わないように気をつけている。
というか、ソフィアだって国王陛下からの話を聞いていたわけだよな。この城で働く侍女という立場から、あの陛下の話をどう思ったのだろうか。
いや、その前に返事だ。
「リアム殿下に、招待ありがたくお受けします、と伝えてくれ」
「かしこまりました」
エマ殿下との食事を避けておいてなんだが、こちらは留学してきて王宮に住まわせてもらっている立場だ。基本的に断るという選択肢がない。それは先方も分かっていると思うが、こうしていつもわざわざ確認してきてくれる。
ソフィアは一度部屋を出たが、すぐに戻ってきた。お茶の乗った台車を押してきている。
俺の返事を伝えにいったはずだが、こんなに早いということは、すぐ近くにリアム殿下の侍女がいたのだろうか。
「殿下、眠気覚ましに何か召し上がりますか?」
「……ああ、そうだな。すっきりするものを頼む」
俺の返事を受けて、手際よく手を動かすソフィアをボーッと眺める。
普段は甘いものを飲みたがることが多いというのに、いつもと違う要求にも迷うことなく手が動いている。
「ソフィア、やりながら聞いてくれればいいのだが」
「はい?」
「……その、昼食の時の、国王陛下からのお話、どう思った?」
「エマ殿下との婚約のことでしょうか?」
「……っ、そ、そうだ」
俺が口に出来なかったことを、あっさり言葉にされて動揺してしまった。それが分かっているのかいないのか、ソフィアは手を動かすのをやめて、俺を見た。
「一ヶ月ほど前でしょうか。エマ殿下のお顔が変わられたな、と思いました。明らかに、恋する少女のお顔になっておりました」
「――こっ!?」
不安そうな表情がなくなったとか、そういう話じゃないのか!?
予想外にもほどがある話だ。
「殿下の仰った、エマ殿下の可愛らしい笑顔は、殿下に向けられたものです。ファルター殿下のことを話すとき、エマ殿下はとても嬉しそうで恥ずかしそうにしていて、幸せそうにされるんです」
「……い、いや、だからあれは、そうじゃなくて」
俺の失言を取り上げられて訂正しようとするが、ソフィアにサラッと無視された。
「ですので、できるだけエマ殿下がファルター殿下と共に過ごす時間を作って頂きたい、と私ども侍女は思っております。本日付で婚約内定になると思っておりましたので、非常に残念です」
「…………………」
婚約内定? え、待て、実はそんな所まで進みかけていた話だったのか?
「どうぞ、殿下」
お茶を渡された。
手に持つと良い香りがした。寝起きの頭がはっきりしてきた気がする。
「ファルター殿下。差し出がましいかもしれませんが、一つ申し上げてもよろしいでしょうか」
「……なんだ?」
ソフィアの前置きに、何となく構えた。改まった話というのは、苦手だ。いい思い出がない。だからといって、そんな理由で聞かないというわけにもいかないので、先を促す。
「ファルター殿下が故国にいらっしゃったときに何があったかは存じません。なぜそうもご自身を否定なさるのか、分かりかねます」
自分の顔が強張ったのが分かった。自分勝手な理由でマレンに婚約破棄を突きつけたこと。自分が何もできず、ピーアが罰を受けて平民に落とされてしまった事が、頭をよぎる。
「私どもから見たファルター殿下は、いつも自分に厳しく努力を重ねて、それでいて周囲への気配りをされている、お優しい方です。そう感じているということを、覚えておいて頂けると光栄でございます」
「……誰の話だそれは」
自分に厳しい? 周囲に気配りしている? その評価は兄に向けられるものであって、俺じゃない。
俺は、諦めたくなる気持ちを必死にごまかしているだけ。周囲から冷たい目を向けられるのが怖いだけ。何とか外面を取り繕ってるだけだ。
「……はぁ、まあいいです。殿下、そちらを召し上がりましたら、身だしなみを整えましょう」
「あ、ああ、分かった」
最初のため息っぽいのが何だったのか怖いが、聞くのも怖い。
昼食の食事会から寝てしまって髪も服も乱れているだろうから、晩餐の前に直さなければならない。余計な手間をかけさせてしまったと反省しながら、俺は慌ててお茶を飲み干したのだった。




