食事会終了
国王陛下の衝撃の言葉に、まったく頭は働かないまま、俺はポツリと言葉をこぼした。
「なぜ、俺ですか……?」
「ん?」
言葉に出すと、頭が回り始めた。
「確かにエマ殿下が前に進むきっかけにはなったと思います。ですが、それだけです。俺自身はどうしようもない出来損ないなんです。殿下の婚約者ということは、将来共に国を支える王配ですよね!? もっと他にふさわしい人がいるはずです!」
最後の方は興奮か緊張か、声が上ずった。けれど言いたいことは言った。国王陛下もレオン殿下も、分かっているはずだ。
すぐ翻すと思った。その通りだと、冗談を言ったのだと、そう仰って下さると思ったのに、陛下が自らの言を変えることはなかった。
「まあ、すぐ了承の返答を求めていたわけでもない。ファルター殿の留学期間は二年。まだ数ヶ月が過ぎたばかり。口説く時間はいくらでもある」
「い、いえ、ですから、そうではなくて……」
留学期間を二年としたのは、俺はブンデスリークのモンテリーノ学校で二年生だったからだ。
順調にいけば三年生で卒業。こういう場合、留学を一年にして戻ってきて故郷で卒業するパターンが多いそうだが、俺はあえて二年にしてもらった。それすらも、俺が希望すれば延長できるようになっている。
だが、問題はそこではない。俺に王配なんてものが務まるはずないのだ。
「ファルター殿、国王が自らの配偶者に求めるものとは何だと思う?」
陛下からの質問に、俺はとっさに答えが出てこない。
陛下の表情は笑顔だが、その目は真剣だ。きっと「分からない」という答えは許されない。考えて、浮かんだ答えを口にした。
「国のことを理解して、国王陛下と共に政務に取り組める人、でしょうか」
果たして正解なのか間違いなのか、心臓をバクバクさせながら答える。「フム」という陛下のつぶやきに、肩が跳ね上がった。
「お主は確かに勉強は出来ぬようだが、人を見る目はある。分からぬならそう言えとは言ったが、今の質問にそう答えていたなら、今からでも言を変えていたところだ」
「……え?」
あれ、つまり、どういうことだ?
「先ほどの質問に正解などない。あえて言うなら、人によって違う、というところか。であるから、そなたの答えも間違いではない。確かに、配偶者に自らと同じレベルで政務に取り組める能力を求める王もいるだろう」
とりあえず、間違ってはいなかったらしいことにホッとした。けれど、陛下の話はまだ続いた。
「だが、私の求めたものは違った。政務は側近の者たちが支えてくれる。何も配偶者に頼らずとも、その道に精通した側近たちがいるのだ。それで十分だった」
陛下が、隣にいるレオン殿下を見る。レオン殿下は先ほどから全く何も話さないが、陛下を見る目がとても優しい。
見覚えがある気がして、すぐに気付いた。ハインリヒがマレンに向けていた目と同じだ。
「私が配偶者に求めたものは、私を一人の人間として支えてくれる存在。国王ではなく、一人の女性として見て接してくれる人。そんな人を求めて、レオンに出会った」
俺は息を呑んだ。
陛下が、この上なく幸せそうに笑ったからだ。
「エマがどんな相手を望んでいるのか、それはエマにしか分からない。だから、無理に婚約させようとも思わなかった。国王は孤独だ。可能な限り、エマが望む相手と婚約させたかった」
エマ殿下の名前が出てきて、俺はもう一度息を呑んだ。どうしてか、エマ殿下が俺に向ける笑顔が浮かんでくる。
「やはり私の娘だな。配偶者に求めるものが同じだ。あの子は出会ったのだ。王太子でも次期国王でもなく、一人の人間として自分を見てくれる男性と。そして今、女性としても見て欲しいと思っている」
「……………!!!」
言葉が出てこない。その代わりと言わんばかりに、なぜか俺の顔に熱が集まっている気がする。妙に熱い。
「その赤い顔を見るに、まったく脈がないわけではなさそうだ。安堵した。今後の口説きはエマ本人に任せる故、あまり避けないでくれるとありがたい」
「………………」
やはり何も言葉が出ない。避けていたことに気付かれていたのも衝撃だった。
「ではこれで食事会はお開きとしよう。ファルター殿、有意義な時間であった」
「……あ、はい。その、ありがとうございます」
……何が有意義だったんだろうか。少なくとも、俺には衝撃だらけの食事会だった。
一応、礼儀としての言葉を返すことはできたが、俺はしばらくその場から動くことができなかったのだった。