4.婚約破棄に向けて③
「………………良かろう」
長い沈黙の後、陛下の発した言葉はため息交じりだった。その理由を私は分かるけど、多分父も妹も、ファルター殿下も分かってないだろうな。
「ファルターとマレン・メクレンブルクとの婚約破棄を認める。ファルターの責任を認め、慰謝料も支払おう。そして、ファルターとピーア・メクレンブルクとの婚約を認める」
「はいっ、陛下。ありがとうございます!」
「ファルター様、あたし嬉しいです! ようやくファルター様の婚約者になれました!」
ワッとファルター殿下と妹が盛り上がる。そして、私の父と義母もだ。
「良かったわね、ピーア。まあ当然の結果ね」
「ファルター殿下、娘とメクレンブルク家をよろしくお願い致します」
喜び合っている四人を冷めた目で見る。残念だけど話はここで終わらない。陛下を見ると、視線があった。
「ではマレン嬢。メクレンブルク家の次期当主は、そなたの従弟であるエッカルトで良いか?」
「はい、陛下。そのようにお取りはからい頂けると、この上ない幸せでございます」
「良かろう。近くエッカルトを招聘する。その時にはそなたも同席せよ」
「かしこまりました」
一礼する。
ここまで話をして、ようやく終わりだ。
少なくとも私にとってはそうだったけど、喜び合っていた四人はそうじゃない。ピタッと騒ぐのを止めてこちらを見ていた。
「父上、どういうことですか!? 次期当主は俺のはずです!」
「そうですよ! 突然何を言うんですか!?」
「確かにエッカルトという者はおりますが、分家の者です!」
「何を勘違いされていらっしゃるんですか!?」
めいめいに騒ぎ出す。
というか、義母よ。陛下に向かって勘違いはないでしょうよ。もうちょっとマナーを学んでくれ。妹もひどいが、母親も大概だ。
*****
「では、私が分かりやすいように説明申し上げようか」
そう口を開いたのはシルベスト殿下だった。
義母の礼儀知らずの態度は、なかったことにしてくれるようだけど、口の端が上がって明らかに面白がっていた。
「貴族の家の当主になれるのは、男のみ。女性は当主にはなれない。だから、当主家に娘しかいない場合には、婿をとってその婿が当主になる」
シルベスト殿下は基本中の基本から語り出した。その決まりがあるから、母が婿を取って父が当主となった。そして、私もファルター殿下という婿をとる予定になっていたのだ。
「当主となるためには、もう一つ条件がある。それが当主家の直系である事だ」
今回の場合、その条件が最大のカギになる。けれど、ファルター殿下たちの顔を見る限り、よく理解していないようだ。
まず、私の両親の場合、直系は母だ。父は分家から取った婿。分家である以上、メクレンブルクの血は流れているけど、父以上に血の濃い者は他にもいる。
では、私の場合、どうなるか。
もちろん、母と父との間に生まれた子供に男児がいて、その男児が後を継ぐのであれば、何も問題ない。けれど、男児はいない。私という娘が一人いるだけだ。だから、私が婿を取ってその婿が後を継ぐ予定だった。
じゃあ、妹はどうなのか、という話になる。
これは婿入りして当主となった父みたいな人がよく勘違いするらしいけれど、あくまでも当主家の直系は母であり、私だ。父じゃない。だから跡継ぎになれるのは、母の子供であって、父の子供ではないのだ。
つまりは、最初から妹にはメクレンブルクの跡継ぎになれる権利がない。その妹と結婚したところで、当主になどなれないのだ。
「……………………」
分かりやすく説明されたシルベスト殿下の説明に、さしもの四人も理解したようだ。呆然となって何も言えないでいる。
しかし、父が何かを思いついたようで、口を開いた。
「話は分かりました。ですが、なぜそこでエッカルトの名前があがるのでしょうか。従姉弟同士の結婚はできないはず。つまり、エッカルトがマレンと結婚して後を継ぐのは無理です」
確かにその通りだ。従姉弟での結婚はできない。
エッカルトは私の母の妹の子供だ。もし、私の母と母の妹の親が、片親でも違えば結婚も可能だけど、同父母の場合は血が近いという理由で結婚は禁止されている。
だけど、肝心な事を忘れている。
「エッカルトは直系の男子だ。である以上、当主となるのに支障はない」
母の妹だって直系だ。つまり、エッカルトも直系の血筋なのだ。そうでなければ、名前は挙がらない。
陛下の言葉にガックリと父が項垂れる。妹や義母はアタフタしている。
ファルター殿下は、というと。
「ち、父上っ、待ってくれっ! じゃあ俺はどうなるんだよ!?」
「どうもならん」
陛下の言葉は冷たかった。
「マレン嬢への慰謝料はとりあえず儂が払うが、お主にはきっちり返してもらうからな。そして、エッカルトが当主となる家に、そなたが婿入りすることは出来ん。ピーア嬢に嫁に来てもらうことになる」
この言葉に、妹はなぜか顔を輝かせている。
「穀潰しはいらぬ。今後さらに勉学に、剣術に励め。役に立たぬ場合は、王族の権利を取り上げる可能性もあることを覚えておけ」
「え?」
妹の顔が笑顔のまま固まった。ファルター殿下の表情は、青いのを通り越して真っ白だ。倒れなきゃいいけど。
同情する気にもなれなかった。きちんと制度を理解していないから、こういうことになる。
たとえそこに愛情がなかったとしても、結婚すれば私はファルター殿下を当主として立てていた。ファルター殿下が当主として過不足なくやっていけるよう、全力でフォローするつもりでいた。
しかし、それらを全てファルター殿下は振り払った。理由はどうであれ、その立場を捨てたのはファルター殿下自身だ。私がこれ以上殿下を気に掛けることはない。
それはもう、妹の役目だ。