魔術具
俺がポカンとして反応できないでいると、陛下はなぜか満足そうに笑った。
「まあ意味が分からぬであろうな。どうやってそなたの父君に口頭で許可を取ったか、気になるであろう?」
「………………え? は、はい……、え、あれ?」
そんな話だっただろうか? いや、そんなことも言っていた気がするが、それよりもっと衝撃的なことを言われた気がするのだが……。
「我がグランデルト国で、魔術具と呼ばれる道具が作られていることは、知っておるな?」
「は、はい」
反射的に返事をしてから、やっと頭が動き出した気がする。
攻撃魔術を石に固める技術が、俺の故郷であるブンデスリーク王国にしかないことと同様に、魔術具と呼ばれる道具を作れるのは、このグランデルト王国だけだ。
「開発自体は大分前に成功していたのだが、最近になってようやく、何とか持ち歩きが可能なくらいに小型化に成功したのだ」
そこまで言うと、心得たような侍女が何かを陛下に差し出している。それを受け取って、陛下は俺に見せてくれた。
「ファルター殿、通話機、という魔術具はご存じか?」
聞かれて、言葉に詰まった。
はっきり言うなら、聞いたことがあるようなないような。少なくとも、知っていると言えるレベルじゃない。
「良い、徐々に覚えてくれ。ブンデスリーク王国への道のりは険しい故に、そうでなくとも高価な魔術具に交通費がかさみ、さらに高くなる。国単位でもそう簡単に購入できぬ代物だからな」
「……申し訳ありません」
魔術具という存在は知っていても、その具体的な内容までは分かっていなかった。グランデルトの特徴の一つといっていいものを、知らずにいた自分が恥ずかしかった。
「謝罪の必要はない。でだ、通話機というのは二つで一組になっている魔術具でな。これを持つ者同士、離れた場所にいても会話をすることができる、という代物だ」
「離れてても、話ができるんですか!?」
「左様。調べたところ、二組程度だが、過去にブンデスリーク王国へも売っている記録があった。どのような使い方をしているかは知らぬが、ファルター殿が知らぬということは、王家で所有してはいないようだな」
所有していたとしても、俺みたいな出来損ないには見せなかっただけ、という可能性もなくもない。王子であったはずなのに、本当に俺は何も知らなかったんだと、遠い外国に来て思い知らされる。
「我らが作る魔術具は、ダンジョン攻略の助けとなるものがほとんどだ。通話機とてそうだ。ダンジョンの中と外、あるいはダンジョンの中で離れて行動するとき。会話ができると連携もしやすい。魔術具は軍の所有物として、ダンジョン攻略のために使用されてしかるべきものだ」
「……はい」
落ち込んだ気持ちを見透かされたような気がする。
つまりは、王家が所有していた可能性は限りなくゼロ。だから、俺が知らないのも無理はないと、そう陛下は仰って下さったのだ。
「話を戻すと、これも通話機の一種なのだが、それをさらに高性能にしたものだ」
先ほど侍女に渡されていた魔術具……通話機を俺に渡してきた。何だか分からないが、とりあえず受け取る。
改めてしみじみ見てみると、四角い黒い板のようなもので、その周囲に枠がはまっている。その黒い部分に、俺の情けない顔が映っている……。
「えっ!?」
突如、その黒い部分が明るくなった。そこに映っているのは俺の顔ではなく、国王陛下の顔だ。顔を上げれば、そこには普通に陛下がいらっしゃる。けれど、相変わらず映っているのは陛下だ。
「どうだ、面白いだろう」
陛下の得意げな声が、正面からだけではなくその四角い板からも聞こえて、ギョッとする。
正面の陛下を見て、四角い板に映る陛下を見て、もう一度正面の陛下を見る。どこからどう見ても、どちらも陛下だ。
「ちなみに、動かすと周囲の景色を映し出すこともできる」
そう言って陛下が四角い板を動かすと、俺の持つ方には侍女の顔や周囲の景色が映った。一体何がどうなっているのか、理解するのは不可能だった。
「映像通話機、と呼んでいる。声だけではなく、相手の顔や周囲の景色まで映し出せる。ダンジョンで中と外でこれを持つ者がいれば、中の様子を外に居ながらにして知ることが可能となる。通話機以上に高価になるが、需要はあると見込んでいる」
プツッと板に映る陛下の顔が消えた。また黒い板に戻り、俺の顔が映し出される。
「さて、ここまで説明すれば理解頂けたであろう? 我が国の者がこれを持ち、ブンデスリーク王国まで行ったのだ。そして、この魔術具を使用し、あちらの国王陛下と直接話を行ったのだ」
「……あ、は、はい。…………えーと?」
そもそもの話は何だったかと考えて、父上に口頭で許可を取ったという話だったことを思い出した。……何の許可を取るという話だった?
「ファルター殿。魔術具の話にしても、知らぬならはっきりそう言ってくれ。知った振りをされるのが、一番困るのだ」
「……え?」
陛下が、悲しそうな笑みを浮かべていた。
そうでなくとも、思考がまったく追いついていない所にそんな笑みを向けられ、俺は返す言葉が何も出てこない。
「そなたは表情に出るから分かりやすいが、エマは隠してしまう。そのせいで、なぜエマが伸びてゆかぬのか、どうすれば良いのか、最近まで悩みの種だった」
「え……その……」
「それが分かったのは、そなたのおかげだ。これでも、本当に感謝しているのだぞ?」
「…………………」
沈黙を返すことしかできなかった。
どう言っていいかが分からない。でも俺のしたことなんて、本当にたいしたことじゃない。
「一ヶ月前の出来事からずっと、エマは明らかにそなたのことを気にしていてな。だが、なぜ気にしているのかと聞くと、明確な答えが返ってこぬから、焚き付けてみた」
「え……?」
「ファルター殿。そなたの父君は、そなたがいいと言えばいいと仰った。改めて伺おう。エマの婚約者となってくれぬか?」
「……………………!!!」
そうだった。その話だったんだ。
現実逃避したいくらいの衝撃に、頭の中は大混乱だった。