国王夫妻との食事会
パーティーに参加する時の決まりとして、必ず男女が組んで参加する、というものがある。
着飾った女性が歩きにくそうにしているのを見た男性が、その女性に手を貸した。それが始まりだと言われている。
それがいつしか、参加する時から同伴する異性を伴うのが当然となり、男性が女性をエスコートするのが決まりとなった。そして年月が経つと共に、暗黙の了解も出来上がる。
パートナーとするのは、配偶者か婚約者。いない場合には、親子か兄弟姉妹か。
つまりは、エマ殿下が親族でも何でもない俺をパートナーにして、パーティーに出席するということは、エマ殿下と俺が婚約者に等しい相手であると、周囲に知らしめることになるのだ。
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学校が休みの日。
珍しくその日の昼食を共にするのは、エマ殿下ではなかった。俺の目の前にいらっしゃるのは、国王陛下ご夫妻だ。
国王陛下から誘われた食事を断ることなどできないし緊張もするが、あんなことをエマ殿下に言われたのは、つい昨日の話だ。どういう顔をして会えばいいのか分からなかったから、このお誘いは正直助かった。
ちなみに、昨日はどうなったかと言うと、何も言えない俺にエマ殿下がどう思ったのか、「食べましょう」と言って、昼食を食べ始めた。
それを見て俺も食べ始め、結局お互いにそれ以降の会話がないまま終わった。
放課後は、俺はバウムガルトナー教師の個人授業があるから、顔を合わせない。夕食と朝食は「復習したいから」と言って、一緒の食事を避けた。
けれど、流石にこれ以上避けられない。どうしようか、なんと言ったらいいのだろうか、と考えたところで答えは出ず、そこに陛下からの食事のお誘いがあったのだ。
だが、今気付いた。
エマ殿下のパーティーでのパートナーを、殿下の一存で決められるはずがない。国王陛下はご存じなのだろうか。そして、それをどう思っているのだろうか。
こうして食事に誘ってきたというのは、高確率で昨日のエマ殿下の発言について、話があるのではないだろうか。
そう考えたら、緊張の度合いが一気に高まった。
「ファルター殿、ずいぶん緊張なされているようだが、気楽で良いぞ。召し上がって下され」
「……は、はいっ!」
気楽でいられるはずもない。相手が国王ご夫妻というだけで緊張するのに、そこにエマ殿下との問題もある。
が、そんな俺に国王陛下もレオン殿下もうまく話を振って下さって、俺の緊張も和らいできた。
気持ちも落ち着いて、最後のデザートまで食べて食後の紅茶を楽しんでいるとき、それを聞かれた。
「時にファルター殿。エマのことを、一人の女性としてどう思う?」
「…………………」
正直言えば、この時の俺はエマ殿下との問題をすっかり忘れていた。忘れていたところに唐突に突きつけられて、俺は呆然とした。
――ゴクン
我に返ったのは、口に含んでいた紅茶を飲み込んだ音を聞いたときで、そのときには俺は思いきり咳き込んでいた。
「ゲホッ、ゲホゲホッ、ゲホッ!」
「レア、なぜあのタイミングで聞くんだい? 飲み込んでから聞いてあげれば良いものを」
「ついいたずら心が出てしまってな」
国王陛下に向かって咳き込むわけにはいかないと、何とか姿勢を変えて咳き込む俺の耳に、のほほんとしたレオン殿下と国王陛下の声が聞こえた。
いたずら心って何だ、と文句を言いたいのはやまやまだが、相手は国王だし、慌てた侍女に背中をさすられながら咳をしている俺に、そんな余裕があるはずもない。
やがて、涙目になりながらも何とか落ち着いて、国王ご夫妻に向き直った。
「……失礼致しました」
「いや、こちらこそ済まぬな。あんなに咽せるとは思わなんだ」
国王陛下は、「すまぬ」と言いながらも明らかに面白がっている。それが分かっても指摘するわけにいかないのが、何とも歯がゆいところだ。
「それでファルター殿。エマのことをどう思う?」
先ほどと何か質問が違う気がしたが、何が違うのかが分からず、俺は思いつくままに答えていた。
「努力家な方だと思います。自分のできないところから逃げず、その勤勉さで克服しようとする、尊敬できる方です。最近では明るくなられて、よく笑うようになって、その笑顔が可愛くて……」
「おや」
話している途中で、国王陛下が少し面白そうに笑った。なんだろうと思って、その一瞬後に自分の失言に気付いた。
慌てて口を噤んだけれど、もう遅い。
国王陛下だけでなく、レオン殿下も妙に笑顔だ。お二方がどう思っているのかなど俺に読めるはずもなく、とりあえず必死に弁解の言葉を考えた。
「い、いえ、その、つまり……、エマ殿下の笑顔は、周囲にいる人たちも明るくして下さるというか、人を惹き付けていると申しますか……」
アワアワして弁解する俺は、途中で言葉を切った。国王陛下が面白そうに肩をふるわせていたのだ。
「そなたも、惹き付けられた一人か?」
「……と、とんでもありませんっ!」
陛下の言葉に一瞬の間を開けて、俺は叫んでいた。
叫んだ後、これはこれでもしかして無礼だっただろうか、という考えが頭をかすめたが、そこで即座に言い直せるほど、俺は頭が良くない。
「俺……じゃなくて、私のような者が惹き付けられたなど、そんなおこがましいことを言うつもりは、まったくございません!」
自分でも意外なくらいにムキになって言い返す。礼を失しているんじゃないか、と思ったのは後になってからで、この時はそんな余裕さえなかった。
そんな俺とは裏腹に、なぜか陛下は「クックックックッ」と笑い声まで漏らし始めた。
「どうしようか、レオン。もっとからかいたくなってきた」
「……私はファルター殿が気の毒になってきたよ。いいから早く本題を言ってあげたら?」
「つまらぬではないか」
「いじめすぎると、嫌われるよ」
「……むぅ」
陛下とレオン殿下の会話は、そのほとんどを理解することを頭が拒んだが、たった一つ「本題」という言葉だけは、耳に残った。
やはり俺に何か話があるのだ。おそらく、エマ殿下のことで。
「ファルター殿」
「……は、はいっ!」
自分でもヤバいと思うくらいに、声が上ずっていた。
「口頭だが、そなたの父君にも許可は取った。そなた、エマと婚約する気はないか?」
「………………は……?」
完全に予想外の言葉だった。
昨日は娘から、そして今日は母親からと二日間続けて、特大の衝撃を受けることになったのだった。




