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妹が聖女の再来と呼ばれているようです  作者: 田尾風香
番外編 ファルター
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エマとの邂逅

 俺がグランデルト王国に留学して、一ヶ月がたった。

 到着して数日後にはこの国の貴族学校に入学したから、学校に通うようになってもおよそ一ヶ月。


 最初の頃は、何かと興味を持たれた。

 あまり国交のない国の、第二王子。休みの時間になると令息令嬢に関わらず囲まれて、色々質問攻めにされ、俺も戸惑いつつもそれに答えていった。


 それも一週間くらいで落ち着いた。今ではあまり話しかけてくる人はいない。

 理由は分かる。

 俺が聞かれたことに答えるたびに、彼らの顔に「落胆」の色が現れるからだ。隠しているつもりなのかもしれないが、その表情を見慣れた俺にはすぐ分かった。


 もう一つ理由を挙げるなら、入学直後に行われた試験の結果のせいだろう。

 いくら来たばかりで、この国に慣れていないとはいっても、試験の成績は悪すぎた。自分でも驚くくらいの悪さで、もう笑うしかないレベルだったのだ。


 それらのことから、俺は付き合うに値しない人間だと思われたのだ。そういう点、出来る貴族ほど冷静に見極めてくる。


 一人、学校の廊下を歩きながら、向かうのは図書館だ。

 やっているのは、その試験の復習だ。出来なかったところを勉強し直しているのだが、進捗状況は芳しくない。何が分からなくてできないのかが、分からないのだ。


 諦めたくなる気持ちを必死に抑え込んで勉強しているが、それも段々限界に近づいてきている。それでも、父やハインリヒ、マレンの顔を思い浮かべて気持ちを奮い立たせる。


 大きくため息をついたのを、これは深呼吸だと言い訳して、図書館に入る。

 そこに見えた人影に、足が止まった。


「……エマ殿下?」


 国王陛下の長女……ではなく、長子。王太子であるエマ殿下が、机に向かって勉強している姿だった。


「ごきげんよう、ファルター殿下」


 驚いた俺と違い、エマ殿下は当たり前のように立ち上がって挨拶をしてきた。こうなると、話をしないわけにはいかず、彼女に近寄る。


 王宮で話をしたことくらいはもちろんあるが、軽い挨拶以上の話をしたことはほとんどない。

 王太子として忙しくしている、ということを聞いた事はあるが、その実情を学校に入学してから俺も知った。


「エマ殿下、なぜこちらに?」

「ファルター殿下が毎日ここで勉強をしていると伺ったので、私もたまには王宮ではなくて、こちらで勉強してみようかと思ったのです」


 そう言って笑顔を見せるエマ殿下だが、その顔には陰りが見えた。


 ――落ちこぼれの王太子殿下。


 それが、エマ殿下に対して囁かれている評価だ。実際に先日のテストも、俺ほどではなかったけれど、その成績はかなり下位の方だった。


 そんなエマ殿下と違い、弟のリアム殿下はかなり勉強ができて優秀らしい。

 今はまだそれほどでもないが、リアム殿下が学校に入学されれば、その優秀さが知れ渡る。そうなれば、次期国王にリアム殿下を推す声が一気に高まるかもしれない、と言われているのだ。


 初めて両殿下とお会いした日、「優秀じゃなければいいな」と思った自分が嫌になる。

 エマ殿下の立場は、俺以上に悪い。

 俺は第二王子だ。優秀な兄がいて、兄が王太子であり次期国王である事を誰もが喜んでいる。俺はただの出来損ないの荷物扱いされるだけで済んだ。


 けれど、エマ殿下は王太子であり、次期国王だ。落ちこぼれじゃいられない。エマ殿下が忙しいのは、仕事ではなく勉学に取り組んでいるからだ。

 ただ、それもあまり成果が出ていないらしい。だからこそ、余計に優秀な弟殿下を推す声が高まる。


「ファルター殿下、もし良ければ、一緒に勉強をして下さいませんか? お教えすることはできませんが、一人よりはやる気が出るのではないかと思うのです」


 何となく追い詰められたような表情をされているエマ殿下を、突き放すなど出来るはずもなかった。


「こちらこそ。俺なんかで良ければ、ぜひお願い致します」


 頷いたら、ホッとした顔をした。



*******



 それからというもの、俺はエマ殿下と一緒に、学校が終わるとそのまま残って図書館で勉強するようになった。


 俺はともかく、エマ殿下はそれでいいのかと思ったのだが、国王陛下の許可は出ているらしい。であるならば、俺がとやかく言う事はない。


 俺自身も正直助かっている。一人だとくじけそうになるが、エマ殿下もいると思えばサボるわけにはいかないからだ。


 だが、一緒に勉強するようになって、一週間。早くも俺たちは行き詰まっていた。

 当たり前だ。出来ない者同士が頭を付き合わせた所で、出来るようになるはずがない。


 一つ分かったのは、分からないところさえ分からない俺と違って、エマ殿下はある程度疑問点がはっきりしているということだ。

 それを知っても、数日は何も言えずにいた。けれど、その疑問から先に進まないエマ殿下を見て、俺はついにそれを言った。


「エマ殿下、教師に聞きにいきませんか?」


 殿下が大きく目を見開いて、そして首を何度も横に振った。

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