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番外編 ピーア②

 あれから一ヶ月。


「……持ってきたわよ、タオル」

「ご苦労さま、ピーアさん。そこに置いておいてね」


 ギリッと歯ぎしりして、素直にニコラの言った通りにする。なんであたしが、雑用なんかしなきゃなんないのよ。


「あとはこっちはいいわ。先生のところで練習しなさい。早く使えるようになってくれると、こちらも嬉しいのだけどね」

「そんなのあのクソババァに言ってよ! 上級魔術使ってんのに、ダメダメばっかり!」

「……未だにその認識? いっそ諦めて雑用係になってもらったほうが良いかしら」

「はあっ!?」


 ニコラの言い分に噛み付いたけど、あっち行けと面倒そうに手を振られるだけ。またも歯ぎしりして、あたしはクソババァの所に向かう。


 一向に回復魔術を使えるようにならないから、とかほざいて、雑用を押しつけてきたクソババァに腹が立つ。何でそんなことしなきゃいけないのって言ったら、ババァはこう言った。


『働かざる者食うべからず。練習しても成長の兆しも見せないからねぇ。雑用くらいしてもらわないと、もう食事も出せないよ』


 そして、本当に食事をもらえなかった。

 なんて横暴だと思うけど、ここではクソババァの発言には力があるみたいで、ダメと言ったらダメだった。やらないと何も食べさせてもらえないことが分かって、しょうがなく雑用をしている。


 そして、一通り雑用を済ませると、今度はまた練習だ。

 最近じゃ上級魔術じゃなくて、他の魔術を覚えさせられて使わせられてる。何の意味があるのか分からない。傷を治すこと以外に大切な事なんてないでしょうに。


「……来たわよ」

「はいはい、いらっしゃい。偉いじゃないか。最近は仕事も真面目にやってるって?」


 笑いながらクソババァが出迎えたけど、その言い草に腹が立った。


「あんたが、ご飯よこさないからでしょ!」


 でも、クソババァは笑うだけだ。

 その余裕そうな面がムカつく。いつか絶対にギャフンと言わせてやるんだから!


「じゃあ、今日は《士気高揚ヘーベンモラール》の魔術を練習しようかね」

「何の意味があるのよ!」

「バカだねぇ。魔獣と戦うためには、まず心を強く持てなきゃ戦えないんだよ」


 歯ぎしりした。最近は、歯ぎしりすることばかりだ。

 でも、やらないと食事を抜かれるのは分かりきってるから、魔術を唱える。いや、唱えようとした。


「先生っ!」


 さっき別れたばかりのニコラが、飛び込んできた。


「どうしたね、ニコラ」

「重傷者が多数出ました。ピーアさんを借りていいですか? 体力回復くらいでしたら、使えますよね?」

「……分かった。アタシも後から行くよ。ピーア、行っといで。ニコラの言う事を聞くんだよ」

「は?」

「行きますよ、ピーアさん」

「え、あ、ちょっと」


 ワケ分かんないままに引っ張られて、ニコラの後をついて走り出す。

 ……重傷者? 多数?


 ドクン、と心臓が高く音を立てた。


 思い出すのは、学校にダンジョンが出現した時に見た、血まみれの怪我人たちだった。……あんな人たちが、またいるってこと?


 ニコラは一つの建物の中に、躊躇うことなく入っていった。あたしは足がすくんだ。だって、血の匂いがすごい。


「ピーアさん、来て頂戴!」


 手を引っ張られて、中に入る。もうそこは、匂いが充満していた。


「ピーアさん、この人に《体力回復エアホールング》を。回復術士が来るまで、かけ続けて」


 おそるおそるその人を見る。ヒッと悲鳴がもれる。あのダンジョン出現の時、校庭で致命傷を負っていた男と同じくらいの傷に見えた。


「……な、んで。傷、治さないの?」

「あなたの魔術じゃ、この傷を治すのは無理。他にも重傷者が多くて手が回らないの。私は別の人の治療をしなければならないから、この人の順番が来るまで、とにかく体力を回復させて、死なせないようにして頂戴」


 ニコラが身を翻して、他の所に行く。よく見れば他にもたくさんの人がいて、回復魔術をかけてる。でも、それよりもケガ人が多すぎる。


「……体力の、回復」


 言われたことをそのままやろうとして、でも目の前のケガ人があの時と重なった。そうだった。マレンは、あの男を治したんじゃない。


「《傷回復・高(クーア)》!」


 上級魔術を発動させた。

 そうよ、マレンは治したのよ。


「ピーアさんっ!? やめなさい!」


 ニコラの叫びが聞こえたけど、知った事じゃない。誰が無理よ。体力の回復だけしてろ? ふざけないで。


「マレンにできて、あたしにできないわけないじゃない!」


 叫んで、もっと魔力を込める。


「治れ! 治んなさいよ!!」


 その瞬間だった。

 出現している魔方陣が小さくなった。それなのに輝きが強くなる。


「え、なにこれ……?」


 驚いて力が抜けた。魔術が消える。

 でも、傷はかなり良くなってる。


「え、治ったの?」

「おや、やればできるじゃないか。じゃ、次の人やりな」


 聞き慣れた声は、クソババァだった。

 足が悪いとか言うくせに、ここまで来たわけ?


「……って、次の人?」

「そうだよ。ここにいる大量の怪我人が見えないかい? さっさとしな。せっかく魔術の凝縮ができたんだ。その感覚もしっかり覚えるんだよ」


 何となく納得がいかないまま、言われたままに魔術を発動させる。大きい魔方陣だったけど、さっきの小さいのを思い出したらその通りに小さくなった。


「……なにこれ」

「何じゃないよ。それが魔術の凝縮。教えただろ。それが出来てやっと、回復術士としての第一歩だ」


 クソババァの言葉を聞きながら、あたしはそれを凝視した。

 小さい魔方陣。あの時目の前で見たマレンの魔方陣も、こんな感じだった。でも、あれよりもあたしの方が、輝きが強い。


 そう思ったら、腹の底から笑いがこみ上げてきた。


「ざまぁみろだわ、マレン! 散々あたしをバカにして! やっぱりあたしが"聖女の再来"なのよ! 今頃気付いて謝ったって、遅いんだから!」


 そうよ、そういうことよ。あたしの魔術の方が、強いってことでしょ? 許してやる気もないけど、その頭を下げさせてやるから、首を洗って待ってなさいよ!


「大きい声出さない。魔術はそこまで」


 人がせっかくやる気を出したって言うのに、バコッと頭を叩かれた。反射的に、魔術が消えてしまった。


「何するのよ、クソババァ!」

「それ以上の回復は必要ないよ。怪我人の状態をみながら、魔術を調整しなきゃなんないんだ。マレンに追いつくのは、まだまだ先」

「なんでよ!」

「ほれ、怪我人は待ってくれないよ。次やりな」


 ほんっとうに腹立つババァだけど、あたしは気を取り直した。


 そうよ、あたしは"聖女の再来"なんだから、こんなババァを気にしてたらダメなの。この人たちは、あたしに治してもらうのを待ってる。そして、あたしは"聖女"と呼ばれるようになるんだわ。


「待ってなさいよ、マレン! 真の聖女は、このあたしよ!」

「……はあ。いいから、患者に集中するんだよ」


 クソババァがなんかボソボソ言う声が聞こえたけど、今のあたしがそれを気にする必要はないわ!


「やれやれ、魔術は多少マシになっても、その性根がねぇ。どうやってたたき直してやろうかねぇ。とりあえずマレンを引き合いに出せば、やる気は出しそうだってのは分かったけど」


 やりがいがありそうだとニヤァと笑うクソババァに、この時気付いておけば良かったと後悔するのは、もうちょっと先だった。




これで話は終了となります。


ピーア覚醒編。……覚醒? と疑問符がつきますが。

話の最後に「後にピーアは"南の聖女"と呼ばれることになる」みたいな一文を加えたかった話だったのですが、そうなりそうもないので、やめました(代わりに、後書きで紹介しちゃいました)。


ここまでお読み下さり、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 満足。有意義な時間を過ごせました。もう朝だけど。
[一言] こんな性根の女を真人間にするなら 死にかけるような怪我でもしなければ無理でしょう。 そこから治療中に男と出会ってちょっといい感じになってきた頃に 男が魔物に致命傷を負わされて死んでしまって …
[一言] ポンコツ聖女とかデミ・聖女とかプチ聖女がが精々だろうなぁ マレンが真人間すぎるからアレなピーアの番外編は楽しい 本編のメインで延々出張られたりすると燃やしたくなりそうだけど
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