37.日常
こうして、私たちに日常が戻った。
私もハインリヒ様も、変わらずモンテリーノ学校に通っている。
この学校の先生たちも生徒たちも、ダンジョン出現のせいで強引に戦地での実戦を経験させられた。あれで、今自分たちが教えている・学んでいる内容が、いかに実戦からかけ離れているかを理解せざるを得なかった。
だから、少しずつ実戦に近づけていくべく、授業内容を少しずつ改訂中だ。リスベス先生もだけど、私やハインリヒ様もそのための意見を求められて、最低限これは教えなきゃダメ、というのは押し込ませてもらった。
でも、実戦に即しすぎて生々しくし過ぎてしまっても、ついていけない生徒が出てしまう。それでは過去の失敗を繰り返すだけなので、慎重に検討している。
ということで、学生のはずなのにその範疇を外れながら、私たちは学校に通っているのだった。
*****
「マレン様! おはようございます!」
「あ、うん、ベーター、おはよう」
聖女様親衛隊長のベーター。
聖女と呼ぶのはやめてと何度も何度もお願いして、やっと最近なくなった。
ちなみに「聖女様親衛隊」なるものは存在しないらしい。その代わりに、ベーターだけじゃなくて、他にも「聖女様親衛隊長」を名乗っている人がたくさんいて、親衛隊長争いを繰り広げているらしい。
その中から勝ち抜いた一人が正式に「聖女様親衛隊長」になり、破れた「自称親衛隊長」が親衛隊の一員になるらしい。
クラリッサ様からその話を聞いたとき、本気でその情報いらないと思った。なぜそんな事を知っているんだと聞いたら、「面白くて調べたの」と返答があった。私はちっとも面白くないと思った。
「それよりもマレン様! なぜ教えて頂けなかったのですか!」
「……何を?」
何か教える事あったっけ?
少し考えてみたけど、思い当たることがない。
「祖母より伺ったのです! マレン様が、伝説として語られている聖女様の、ひ孫様にあたるのだと!」
「ぶっ」
「祖母の父、つまり私の曾祖父が聖女様に命を助けられたと! 聖女様は当時のメクレンブルク伯爵家当主と結婚したのだと、そう伺いました!」
「………………」
「つまりは、マレン様も聖女様になるべくしてなったのですね!」
なってません。回復術士となることは引き継がれているけれど、聖女なんてものを引き継いだ記憶はこれっぽっちもない。
そうかぁ祖母かぁ。確かに、祖父母世代なら、親から話を聞いて聖女のことを知っている人がいてもおかしくないのかぁ。
聖女の真実を知っている人なんて、子孫の私たちや母の弟子たちくらいしかいないと思ってたのに、そうかぁ。いやー、余計な事を言わないで欲しいのになぁ。
そんな事を遠い目をして考えていたら、気付けば私が聖女の子孫だと言う事は、あっという間に周りにいた人たちに伝わっていたのだった。
*****
「何だ、他にも本当のことを知っている人がいたのか。せっかくマレンから聞き出したのに」
「くすぐられ損だよ、もう」
ハインリヒ様にくすぐられて白状したことがあったけど、こんなことになるなら、隠す必要もなかった。
「まあいいじゃない」
リスベス先生が笑いながら話に入る。
「ところで知ってる? 今日辺り、聖女様親衛隊長の決定戦をするらしいわよ?」
「興味ありません!」
「あら、あなたのことなのに」
真面目そうな顔をしているけど、先生の目は明らかに面白がっている。
「ハインリヒ君はどうするの? 確かベーター君に“特別親衛隊員”とか呼ばれていたけど」
「あいつらが勝手に呼んでるだけで、俺はそんなものになった記憶はありません!」
「あらあら」
やっぱり先生は面白がっている。
ハインリヒ様は、本人も知らないうちに“聖女様親衛隊”の“特別隊員”になっていた。
ダンジョン出現前から私の力を見抜いていた事から、敬意を表しての特例の称号らしいけど、親衛隊もできていないうちから、特例があるのが不思議だ。
『ハインリヒ特別親衛隊員! 本日もしっかり聖女様をお守りする役目を果たすように!』
『は?』
ハインリヒ様とベーターのこのやり取りを初めて聞いたときは、思わず吹き出した。吹き出した私を見て、ハインリヒ様はものすごく不機嫌になった。
以来、ハインリヒ様は“特別親衛隊員”と呼ばれ続けて、そのたびに機嫌が悪くなる。今のところ、自称“親衛隊長”ばかりだから、ハインリヒ様はたった一人の“隊員”なわけだ。
「誰が隊長になるか、興味ないの?」
「全く同じ事を返すぞ、マレン。お前の親衛隊だろう」
「……私、そんなの欲しいって言った事ない」
「俺だってないぞ!」
私が視線を逸らせながら言えば、ハインリヒ様がいきり立つ。
リスベス先生が、「まあまあ」と言いながら割って入る。
「いいじゃない。二人で見にいけば? きっと喜ぶわよ?」
「「絶対、嫌です!!」」
見事に声がハモったのだった。
ちなみにその翌日。
ベーターが満面の笑顔で私に頭を下げた。
「無事、聖女様親衛隊の親衛隊長を勤めさせて頂くこととなりました! どうぞよろしくお願い致します!!」
……あ、そう。
という「いかにも興味ありません」的な返答をするのだけは、何とか避けたのだった。
*****
そんなある日のことだった。
「マレン、ハインリヒ殿、少しお時間を頂けないだろうか」
学校の授業終了後、そう言って姿を現したのは、ファルター殿下だった。私は驚いて駆け寄る。
「ファルター殿下、ずっと学校を休まれていたと伺っていましたが」
「ああ、今日から復帰した。とは言っても、すぐまたいなくなるが」
「……いなくなる?」
その言葉が何となく不穏に感じて聞き返した。
ファルター殿下は、少し笑っただけだ
「そのことについて、二人には話をしておきたいんだ」
私はハインリヒ様と顔を見合わせた。




