36.婚約
それからさらに一週間ほど過ぎた。
国王陛下に申し出た婚約が認められて、私とハインリヒ様は晴れて正式に婚約した。
「ずいぶん時間がかかったな」
「申し訳ありません、陛下。息子がノンビリしていたせいで」
「……フン。本当は、儂の息子の嫁にしたかったのだ」
「それを文句言われても困ります」
国王陛下とハインリヒ様の父君ローベルト様が気軽にやり取りをしている。その内容に、ハインリヒ様はちょっとむくれていた。
「別にノンビリなんかしてないぞ」
「端から見てると、そうとしか見えなかったぞ。何なんだ、口説き落とすとか言って手を繋ぐだけとか」
こっちはこっちで、シルベスト殿下と軽快なやり取りだ。
「しょうがないだろ! どうしていいか分からなかったんだから!」
「なんだ。だったら聞けばいいだろう。色々教えてやったぞ」
「……なにお前、詳しいの?」
軽快、だよね? 声を潜めたハインリヒ様に、シルベスト殿下も小声で何かを話している。
こっちは手を繋ぐだけで限界だから、変な知識を入れないで下さい。
ファルター殿下の同席はなかった。というか、妹の裁判からファルター殿下の姿を見ていない。学校にも来ていないのだ。
ちなみに、私を襲おうとした男子生徒三人は学校を退学になっている。
体調悪化により学校に通うのが困難になった、というのが退学の理由らしい。家の継承権もなくなって、領地で療養しているそうだ。
あんなに元気だったのに体調悪化ってなんだ、とはツッコんではいけないことである。問題を起こした息子を、当主が見放して領地に押し込めたのだ。
だけど、そんなのを正直に言うわけにはいかないから、見え透いていても理由付けは必要なのだ。
エッカルトが私に寄ってきて、声を掛けてくれた。
「マレン姉さん、改めておめでとう」
「ありがとう、エッカルト」
笑顔で答える。
何度言われても嬉しい。
「姉さん、ちょっと相談なんだけどさ」
「なに、珍しいね?」
エッカルトは、大体一人で判断して決めてしまう。誰かの意見を求めるなんて、ほとんどなかった。
「僕、結婚も子育ても面倒でしょうがないんだ」
「は?」
その出だしは、唐突だった。
「だから姉さんが婿取って、その婿が家を継いで僕が補佐って形は結構理想だったんだけど、無理だからさ。だから姉さん、複数の子供を産んで、誰か一人養子に頂戴」
「……叔母様たちって、夫婦関係良くないの?」
エッカルトの母親は、私の母の妹である。仲良くしていると聞いた気がしたけど、そんな事を言うってことは違うんだろうか。
「いや、仲良いと思うよ?」
「じゃあなんで」
いともあっさり否定された。仲が良いと言われて安心したけど、ますますエッカルトの考えが分からない。
「別に両親は関係ないって。ただ面倒なんだよ。養子をとってもさ、僕は領主として必要な事を教えるだけだから、あとはよろしく」
「よろしくじゃないっ」
とりあえず、頭にチョップした。優秀だと思っていたエッカルトの、意外すぎてちょっと厄介な一面が判明した時だった。
「マーレーン、何を話してるんだ?」
「ぅひゃっ!?」
突然、後ろからハインリヒ様に話しかけられた。しかも耳元で。しかも、ハインリヒ様の両手が、私の肩に置かれている。
なんか近い気がする。
密着してる気がする。
「ハイン、後ろから抱きしめろと言っただろう。誰も肩に手を置けとは言っていない」
「初心者に無茶言うな! これで精一杯だよ!」
「情けない。そんな悠長なことをしていたら、他の男に掻っ攫われるぞ」
「なっ……!?」
いや、いいからとにかく離れて。近い。ハインリヒ様の手が触れてる場所が、なんか熱い。
助けを求めてエッカルトを見たら、いたはずの姿がない。
ちょっとーっ!?
「よ、よし、分かった。やってやろうじゃないか」
「ああ、頑張れ。それができたら、さらに先を教えてやる」
何をやるんだ。先ってなんだ。
背中のハインリヒ様の密着度が上がった気がする。肩に置かれた手が離れて、お腹の辺りに回されてきた……。
「まってまってまってまってまってっ!? ムリムリムリムリムリ!!」
慌てて逃げ出した。
すんなり逃げ出せた。
私の顔も赤いだろうけど、ハインリヒ様の顔も真っ赤だ。
シルベスト殿下が、ものすごくつまらなそうな顔をしている。
「ハイン、何をあっさり逃してるんだ。逃げようとしても、強引に押さえつけて腕の中に閉じ込めろ」
「……お前に教えてもらって良いのかどうか、不安になってきた」
私もコクコク頷く。いきなり接触が強すぎる。
「チッ、お子様どもめ」
お子様で悪かったですね。そっちこそ、王子殿下ともあろう方が舌打ちなんてしないで下さい。




