35.妹の行き先
私たちが屋敷に戻ってから少し経って、兵士二名に連れられて妹が王宮から送られてきた。後ろ手に拘束されたまま、馬の背にうつ伏せになっていた。
その妹を、屋敷の中に入れることなく、エッカルトは玄関で迎えた。私はその横に立つ。妹の後ろには、連れてきた兵士二名が立っていた。
「なんなのよ! さっさと中に入れなさいよ!」
「やれやれ、元気だね。なんで平民を屋敷に入れなきゃいけないんだよ」
「誰が平民よ!」
「お前だよ、ピーア。さっき国王陛下から言われたこと、もう覚えてないの?」
妹が歯ぎしりした。
ギリッという音が聞こえてきそうだ。
「このっ……! あんたが……!」
私を睨んで飛びかかりそうな妹に、エッカルトが剣を突きつけた。鞘に入ったままだけどね、それでも動きは堂に入ってる。
「武神様のご子息には敵わないけど、それでも多少は嗜んでる。いい加減にしろ、平民。貴族への無礼で、ここで手打ちにしたってどこからも文句は出ないんだよ」
ギリッと歯ぎしりの音が聞こえそうだけど、一応妹は大人しくなった。
顔はすごいけどね。その視線だけで人を殺せそうだけどね。
「さて、お前をたとえ使用人としてでも、この屋敷に置く気はない。だからといって、野放しにするつもりもない」
エッカルトは、最初は父と義母と一緒にいさせることも考えたそうだけど、裁判の時のやり取りを見てやめたそうだ。父たちにどんな悪影響が出るか分からない。あの思い込みは危険だと思ったようだ。
「君には、南の辺境の地に行ってもらう」
それが、エッカルトの出した結論だった。
南の辺境の地。それは、海に浮かぶダンジョンがある地を指す。
場所が海だけに、なかなか手を出せないまま時間だけが経過して、国内最大のダンジョンとなってしまっている。
魔獣の被害も相当にひどいらしく、できるだけ多くの人手を欲している。
だけど、場所が王都から遠く、行きたがる人がほとんどいない。
そして、クベントルという王都からさほど離れていない地にダンジョンが出現してしまったせいで、そちらの対応の方が優先されてしまっているのが現状だ。
人が少ないから本当にこき使われるらしいし、南のダンジョンに行くまでの道のりは相当に過酷だから、一度行ってしまえば帰ってくるのも困難だ。
そんな場所に送り込まれると聞いて、妹は真っ青になった。
「ま、待って、待ってよ。謝るから、だからやめて」
「なに、そんな口調で謝るわけ? って言いたいけど、いいや。どういう口調で謝罪されても、決定は変えないし」
「待ってよ、い、いえ、待って下さい。ごめんなさい、じゃなくて、申し訳ありません。だから、許して下さい……!」
「言ったでしょ、決定は変えない」
顔を横に振った妹は、エッカルトは意見を変えないことを悟ったんだろう。
今度は私にすがりついてきた。
「お姉様、お姉様はあたしを助けてくれるよね? たった一人の妹だもの。お姉様は、あたしを見捨てたりしないでしょ?」
「………………」
ここまで心に響かない言葉ってあるんだな、って思う。そのたった一人の妹のせいで、私は複数の男に犯されるところだったのだ。
「行ってらっしゃい。南で回復術士として頑張れば、もしかしたら聖女って呼んでもらえるかもしれないわよ」
「そんな……! いや、いやよっ……!」
妹が悲鳴を上げる。
その様子を見て、エッカルトが声をかけたのは、妹の後ろにいる兵士だ。
「すみませんが、この女を外の納屋まで連れて行ってもらっていいですか? 侍女が案内しますので」
「承知しました」
兵士二名が妹の両脇を抱える。
近くに控えていた侍女が、兵士を先導するように外に出た。
「いやっ、離してよっ、いやっ」
妹の悲鳴が遠ざかる。
納屋は外からカギがかかるようになっている。あの兵士さんたちが、今晩一晩は交代で見張りをしてくれるらしい。
食事はきちんと届けるから、問題ないだろう。そして、明日朝、妹を南へと送り出す。傭兵が護衛として一緒についていくらしい。
「南のダンジョンに行く場合、国から旅費が支給されるんだ。それを足して傭兵を雇ったんだ。ちゃんとした奴らだから大丈夫だと思う」
妹が一人で行けるはずもないから、そこはメクレンブルクのお金で人を雇ったらしい。護衛もつけずに送り出すこともできるだろうに、きちんとするエッカルトは偉い。
「あの執念がねぇ、怖いんだよ。一人で放り出して、執念で生き残って逆恨みの復讐なんかされたらたまらない。ちゃんと南に到着してもらわなきゃ」
「あ、なるほど」
妙な説得力に、頷いてしまった。
そして、翌日の朝。妹は南に向けて出発した。
妹だ。半分だけ血の繋がった妹。そういえば、ろくに名前すら呼ばなかったな、と思ったけど、それを全く残念とも思えなかった。
自分の部屋の窓から妹が乗った馬を見送りつつ、私はそんな事を考えていたのだった。
これで妹の話は終了です。
残りあと六話になります。




