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34.裁判

 妹の件で王宮から招聘されたのは、その翌日だった。

 エッカルトと共に王宮へ向かえば、ハインリヒ様も来ていた。


 ちなみに、メクレンブルク伯爵家の当主は、厳密に言えばまだ父だ。けれど、すでに交代を前提とした手続き中ということで、エッカルトが当主として出席する許可が出ているらしい。


 その父と義母の出席は、エッカルトが認めなかった。私を監禁した件で蟄居を言い渡している以上、すでにその権利はないとはっきり二人に言っていた。


 通された場所は執務室だった。

 そこにはすでに国王陛下、シルベスト殿下、ファルター殿下が揃っていて、宰相閣下もいらっしゃる。私たちが入ると、椅子を勧められて座る。


「離しなさいよ!」


 その叫び声と共に、妹が兵士に連れてこられた。牢に入れられていたはずなのに、元気だ。後ろ手に拘束されていて、私のことを見つけるとギロッと睨んできた。



 *****



 妹が椅子に座ると、代わりに宰相閣下が立ち上がった。


「これから、ピーア・メクレンブルクの裁判を始めます。まずは、今回の経緯について」


 宰相閣下が進行するようだ。


 貴族の裁判と言えば、もっと大きなホールで多数の貴族が集まって行われる事もあるけど、今回はごく少数の関係者のみしかいない。まだ妹が学生だということで、考慮されたんだろう。


「マレン・メクレンブルクに、ファルター殿下のお名前で話したい事があるとの手紙が届いた。指定された場所へ行くと、そこにいたのは殿下ではなく、ピーア・メクレンブルクだった」


 その場には三人の男子生徒もおり、地面に強引に押し倒された所でハインリヒ様が助けに入ったこと。

 ハインリヒ様が三人の男子生徒を倒した上で連行し、事の次第をシルベスト殿下とファルター殿下に伝えたこと。


 宰相閣下が淡々と説明する。

 私はあの時の恐怖を一瞬思い出したけど、ハインリヒ様の顔を見たら落ち着けた。


「以上ですが、ピーア・メクレンブルク、ここまでの話に……」

「あたしは何もやってないわよ!」


 宰相閣下の問いかけを最後まで聞くことなく、妹は叫んだ。果たして、妹はこれが裁判だという事を分かっているんだろうか。


「何もやっていないとは、具体的にどの部分のことでしょうか?」

「やってないったらやってないの! 悪いのは、嘘をついて周囲を騙しているあの女でしょ!」

「話になりませんね」


 私を睨む妹に、宰相閣下はあくまでも冷静だった。


「では、確認しましょう。マレン・メクレンブルクがファルター殿下のお名前で手紙を受け取った。指定された場所へ行ったら、いたのはあなただった。心当たりはございますか?」


「あるわよ、当たり前じゃない。あたしが手紙を出したんだから」


 そんなのも分からないの、と言いたげな妹の言葉に、私は頭を抱えたくなった。

 いともあっさり認めた。それはまあ良いんだろうけれど……、何というか、なんだろう。この状況を妹は何も思ってないのだろうか。


「なるほど。それはつまり、何もやってないとは言えませんね」

「なんでよ! 手紙を出しただけじゃない!」

「ファルター殿下のお名前を使ったのです。王族の名を騙ることが、問題ではないと?」

「あたしは婚約者なのよ! 何の問題があるのよ!」

「問題しかありません。では次の質問です」


 問題だと思っていない妹がすごい。ここまで常識がないと、逆に感心してしまう。


 婚約者という立場だと、場合によっては殿下の代筆をすることなんかもあるかもしれないけど、それだって殿下の指示があって最終的に殿下が了承するという過程は、絶対に抜かせない。


 宰相閣下は問題のなんたるかについて説明するつもりはないようで、淡々と話を進めていく。


「三人の男子生徒をけしかけて、マレン・メクレンブルクを襲わせた。その真意は?」

「その女が、いつまでもハインリヒ様にまとわりついているからよ!」


 私を指さしつつ、妹が叫ぶ。

 ……まとわりついてる、かなぁ?


「それの、何が問題だと?」

「問題に決まってるでしょ! 嘘つきの低能がハインリヒ様を騙してるのよ!」

「嘘つきの低能とは、具体的に?」

「嘘つきは嘘つきよ! 十歳で上級魔術を発動させたとか、できるはずないことを言ってるのよ!?」


 ここで、宰相閣下が少し「ほお」と感心したような様子を見せた。


「ようやく具体的な内容が出てきましたね。マレン・メクレンブルクが十歳で上級魔術を発動させたと言った。それが嘘だということですね?」

「そう言ってるじゃないの!」

「証拠はございますか?」

「はあっ!? あんたバカ? そんなの不可能に決まってるでしょ! あたしでさえ、十四歳でやっと発動できたのに」


 ……どうしよう。これ、裁判なんだけど。本当に分かってないわけじゃないよね?


 チラッと隣のエッカルトを見たら、ものすごい目が据わってた。椅子に浅く腰掛けて、微妙に前傾姿勢。いつでも飛び出せます、って体勢だ。


 気持ちは分かる。私も妹を物理的に沈めたい気分でいっぱいだけど、裁判中にそれをやるのは駄目である。


「マレン・メクレンブルク」

「は、はいっ!?」


 そんな事を考えていたから、名前を呼ばれて慌ててしまった。


「あなたの方に、十歳で上級魔術を使えていた、という証拠は?」


 そこまで話を細かく詰めなきゃならないものなんだろうか。こんなことをしていたら、いつまでたっても話が終わらない。

 そう思いながらも、口を開く。


「証言で良ければ、こちらのエッカルトが可能です。他には、母の弟子の、辺境にいる回復隊の隊長ウラ様、そしてモンテリーノ学校にいるリスベス先生は知っています」


「すべて身内ですね。他には?」


 面倒くさい、と思いながら、少し考える。


「十歳の時点で発動した事を知っているのは、身内だけです。一年後の十一歳で良ければ、ハインリヒ様や父君である将軍閣下、当時辺境にいた兵士の方々も知っている方は多いと思います」


 答えたら、宰相閣下はなぜか満足そうに頷いた。

 そして、再び妹に視線を向ける。


「ピーア・メクレンブルク、具体的な返答とはこういうことを言います。あなたは何の証拠もなしに感情論だけで"嘘"と言った。対するマレン・メクレンブルクは、様々な証人の名前を出した。どちらが信じられるかと言えば、それはもちろんマレン・メクレンブルクです」


「なんでよ! なんであの女を信じるわけ!? あんた一体何して、みんなを騙したの! そんなにあたしが聖女って呼ばれてるのが、気にくわないわけ!?」


 私に話しかけてきたのは、サラッと無視する。今は裁判中なのだ。指名もなしに、勝手に話はできない。

 そう思って、宰相閣下を見る。私か妹に質問するかと思ったけど、どちらでもなかった。


「国王陛下、これ以上は無駄と思われます。ピーア・メクレンブルクには自らが信じる真実があり、その真実が事実であると思い込んでおります。議論を重ねたところで、何一つ進展はないと、判断せざるを得ません」


「……そうだな」


 疲れた様子で、国王陛下がこの場で初めて口を開いた。うつむいているファルター殿下に少し視線を向けて、妹に呼びかけた。


「ピーア・メクレンブルク」

「はいっ」


 妹の表情に暗さはない。

 この期に及んで、自分は何も問題ないと信じているのか。


「罪状を言い渡そう。そなたから、貴族の身分を剥奪する」

「…………え?」


 妹がポカンとした顔をした。

 何のことか分からない。そういう顔だ。


「王族の名を騙るのは極刑となってもおかしくないが、ファルターの婚約者でもあるし、姉の呼び出しに使っただけだからな。そこは考慮しても良かろう」


 重々しく、陛下が続ける。


「だが、マレン嬢の事は、ダンジョン出現の功労者として、我が名において褒め称えたばかり。だというのに、先日の監禁事件に続き、さらに男子生徒をけしかけ襲わせるなど、迷惑千万。これ以上は見過ごせぬ」


 陛下が自らの名において称賛した人を散々貶める行為は、陛下の名を汚してるにも等しい行為だ。

 自分のことだから私はあまり気にしてなかったけど、陛下からしたら放っておくのももう限界だったんだろう。


「自動的にそなたは平民となる。そして、平民と王族の婚約など認められぬからな、ファルターとの婚約も当然なかったこととなる」


「え?」


「モンテリーノ学校に平民が通うには、貴族からの推薦が必要。推薦があった上で余が判断し認めれば、学校に通うことが許される。誰からの推薦も得られぬ場合、そなたは学校の在籍資格もなくなる」


「え?」


「余からは以上だ」


 淡々と陛下が続けて、妹が多分何も理解できないままに話を終わらせた。

 一言も話すことのなかった王子殿下方は、と言えば、シルベスト殿下は無表情。ファルター殿下はうつむいていて、その顔は見えない。


「かしこまりました」


 宰相閣下は、冷静に国王陛下に頭を下げる。

 最後に視線を向けたのは、エッカルトだった。


「エッカルト殿。メクレンブルク伯爵家当主として、今であれば国王陛下の裁定に異を唱えることが許されます。何かございますか?」


「いえ、何もございません。メクレンブルクの罪ではなく、ピーア一人の罪として下さったことに、感謝致します」


 妹がファルター殿下の名前を騙って、しかもそれがすでに王族にも話が伝わっていると知った時、エッカルトはかなり青ざめていた。


 詳細を聞いて、加害者が妹で被害者が私と知って少し安堵した様子を見せたのは、それなら家の罪にはならないと判断したからかなと思う。

 それでも、実際にそう聞くまでは、本当の意味では安心できなかったと思う。


「ですが一つ伺いたいのですが、平民となったピーアを我が家でどう扱うかについて、何かご指示はございますか?」

「好きにしろ。今まで通りでも良し、侍女として働かせるも良し、追い出すも良し。任せる」


 国王陛下は興味なさそうに言い捨てる。エッカルトは、黙って一礼した。

 宰相閣下が頷いた。


「他に何もなければ、これにて閉会とする」

「待ちなさいよ! どういうことなの!」

「では、終了とする。その平民を外に連れ出せ」

「はっ」

「ちょっと! さわんないで! ねぇ、ハインリヒ様! 助けて!」


 妹が連れ出された。

 最後の最後まで、何も理解しないままだった。


 国王陛下が退室し、その後をシルベスト殿下が続く。ファルター殿下も続いたけど、退室する前に私を見たのは、何か言いたいことでもあったんだろうか。


「僕たちも行こう、マレン姉さん」

「そうね」


 妹が自分のやったことを反省して心を入れ替える、なんてことを期待していたわけじゃない。だけど、やっては駄目なことをやったんだ、ということすら理解できないって何なんだろうなって思うと、心のモヤモヤが消えなかった。



 *****



 王宮を出てすぐ、それぞれに用意された馬車に乗り込む前にハインリヒ様がエッカルトに声をかけた。


「こんな裁判のあとで申し訳ないが、今度、俺とマレンは正式に婚約する」

「おや、やっとですか」

「……少しは驚いてくれ。陛下に婚約願いを出すのには当主がいなければならないから、父に連絡をしている。戻ってきたらそのつもりでいてくれ」

「承知しました。予定を空けておきます」


 貴族の婚約は、家と家の繋がりでもある。だから、陛下に婚約を願い出るときには、当主が願い出るのが一般的とされているのだ。


 ハインリヒ様の言葉に、エッカルトは笑った。エッカルトの笑顔は、珍しい。


「マレン姉さん、おめでとう」


 その一言に、何とも言い難い感情が浮かぶ。

 婚約は、ローベルト様が戻ってきてからじゃないとできない。だから、他の人には正式に婚約してから話そうと思っていたから、話したのはエッカルトが初めてだったのだ。


「――ありがとう、エッカルト」


 妹の件での後味の悪さがなくなったわけじゃない。

 でも、何だかすごく胸がいっぱいになった。



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― 新着の感想 ―
[一言] コレを育てるには日常生活の中で色々な常識に触れないように懇切丁寧に育てる必要がありそうなんだが、両親も育てるのに苦労したろだろうに
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