30.呼び出し
「ファルター殿下からの手紙?」
ハインリヒ様が訝しげな声を上げた。気持ちは分かるけど、確かに差出人はファルター殿下になっている。
殿下から、少し話をしたいからこの場所この時間に来てくれないか、という手紙が私に届いた。さて何だろう、とは思うけど、最近の殿下は様子が変わってきている。話をするくらいは別にいいかな、と思うのだけど。
「駄目だ。男と二人きりなんて、禁止」
「密室の中で二人きりは問題だろうけど、ちょっと外で会う分には問題ないよね?」
指定された場所は、外だ。人気のない場所ではあるけど、問題があるほどじゃない。だけど、ハインリヒ様は渋面だ。
「なんで分かってくれないんだよ、マレン。お前が、俺以外の男と、二人きりになるのが駄目だと言ってるんだ」
わざわざ強調されて言われた部分に、顔が赤くなる。何かを言おうと思うのに、言葉が出てこない。「あー」とか「うー」とかを繰り返す私に、ハインリヒ様は大きくため息をついた。
「分かった、しょうがない。じゃあ、条件付きで許可する」
「……条件?」
そして、ハインリヒ様が出した条件を呑んでその場に向かったところ、そこにいたのはファルター殿下ではなくて、妹だった。
*****
状況が掴めなくてボケッとした私を、妹はバカにしたように笑った。
「ざんねんでしたー。呼び出したのは、殿下じゃなくて、あ・た・し」
「………………ああ、そう」
一瞬でなんか色々どうでも良くなった。待ってるのが妹なら、ハインリヒ様にも来てもらえば良かった……違うか。来なくて良かったか。
「で、何の用?」
殿下の名前を騙って呼び出すのは大問題だ。王家にバレたら、シャレにならない。知ってるのが私と妹だけなら、何とか内々に済ませることもできるかな?
家でも会うのに、なんでわざわざ問題あることをしてまで、学校で呼び出したのか。話を促すと、妹の顔はひどく歪んだ。醜い笑顔だ。
「あんたみたいな低能が、いつまでもハインリヒ様にくっついてるのが悪いのよ。ずっと騙されちゃって、ハインリヒ様可哀相」
「はあ」
いい加減聞き飽きたフレーズに、まともな返事も出てこない。
「だからね、あんたに分からせてあげようと思って。あんたみたいな低能の立場をね!」
何をどうやって。
そう思った時、死角になっていた場所から現れた、数人の男子生徒たち。
上級生だけど、顔くらいは知ってる。この学校の問題児で、いわゆる甘やかされて育てられた「我が儘お坊ちゃん」たち。
家が侯爵や伯爵位を持っているのを良いことに、下級貴族の人たちに命令し放題らしい。先生の言う事さえ、聞かないこともあるとか。時々シルベスト殿下が間に入ることはあるそうだけど、その場限りの対応しかできないらしい。
噂を聞いたことはあるけど、なんでそんな人たちが妹と一緒に?
「へぇ、なかなか美人じゃん」
「いーのぉ、ピーアちゃん? お姉ちゃんなんでしょ?」
「後で文句言われても、困っちゃうよぉ?」
三人の男子生徒が、代わる代わる妹に話しかけている。
嫌な予感がする。
「構わないわよ。姉って言っても、聖女を騙る低能の姉。傷物になったら、さすがにハインリヒ様だって目が覚めるでしょ」
「ヒャッハッハッ、そりゃあそうだ」
「そんじゃあまあ、楽しませてもらおうか……って、逃げんじゃねぇ!」
逃げるに決まってる。
妹の傷物発言が出た時点で、私は逃げ出した。
ついにこんな手段まで取ってくるなんて、もう正気じゃない。だけど、ここで逃げられなければ妹の思う通りだ。
逃げてものんきに話を続けてくれていたから、このまま逃げ切れるかと思ったけど、やっぱりそういう訳にはいかなかった。
「待てやコラー!」
後ろから追いかけて来る。
そっちを気にしていたから、前を見ていなかった。
「いらっしゃーい。つかまえたー!」
いつの間に先回りしていたのか。さっきの男子生徒の一人が、私の前に立っていたのだ。
「……………!!」
腕を掴まれた。
解こうとしても、解けない。力が強い。
「おー、ナイス」
「良くやった」
後ろから声が聞こえたと思ったら、もう片方の腕も掴まれた。
そのまま力尽くで後ろに引き倒される。
「いたっ!」
背中を思い切り打ち付けた。けれど、悲鳴を上げる私を気にもせず、そのまま地面に強く押しつけられる。腕も足も、押さえられた。全く動けない。
「いいザマね、お姉様。やっちゃって」
「あんた……」
妹を睨み付ける。
でも、フフンと鼻で笑われた。
「いつまでその強気が持つかしらね」
「ピーアちゃん、その強気な女の子がねぇ、泣いてすがる瞬間がさいっこうに気持ちいいんだよ」
「さてさて、お姉さんはどのくらい強気でいられるかなぁ」
「できるだけ長くオレたちを楽しませてくれよぉ?」
好き勝手なことを言う男たちの手が、服にかかった。