2.婚約破棄に向けて①
そして、放課後。
王宮の会議室には関係者が集まっていた。
シルベスト殿下にファルター殿下。私と妹のピーア。ついでに、私の父と義母も。国王陛下はまだいらっしゃっていない。
けれど、私は関係者じゃない、お二人の姿に驚いた。
「ローベルト様、ハインリヒ様、お久しぶりです。辺境から戻られていたのですか?」
「久方ぶりだ、マレン嬢。帰還は一時的なものだ。少なくとも私はすぐ戻るよ」
この国の将軍閣下、辺境の軍をまとめていたローベルト様。ハインリヒ様の父君だ。
武神とも名高いローベルト様。軍隊の指揮もできないわけじゃないけど、どちらかと言えば、個人の武勇で地位を上げていった方だ。
だから、辺境の軍を実際に指揮していたのは他の人だけど、だからといってローベルト様がいなくていいはずがない。
「何かあったのですか?」
心配になって聞いたけど、ローベルト様は含みを持たせた笑みで、ハインリヒ様をチラッと見る。すると、ハインリヒ様も似たような笑みを見せた。
「マレン。これから何やら話をすると聞いた。その後に説明するよ」
そう言われてしまえば、それ以上聞くこともできない。というか、お二方はこれから何の話をするのか、ご存じなのだろうか。
「お姉様ばかり話をしてズルいです。その方たち、どなたですか?」
「そうよ、マレン。知り合いなら、まず紹介するのが筋でしょう?」
妹と義母だ。何がずるいのか分からないし、知り合いだからって絶対に紹介しなければいけないなんて事はない。これが普通の家族のように仲が良ければ別かも知れないが、正直なところあまり紹介したくない。
ローベルト様もハインリヒ様も、顔立ちがいい。はっきり言ってイケメンだ。そのイケメンを前にして、目がギラギラしている二人に、何が悲しくて紹介せねばならんのか。
「皆、集まっているな」
だが、ちょうどよく国王陛下が入室された。皆が礼を取り、雑談は終了だ。
国王陛下が頭を上げるように言って、重々しく話し始めた。
「さて、前置きは良かろう。さっそく要件から入る。ファルター、お主から何か話があるそうだな」
ズン、と腹に響くような声だ。思わずゴクッと唾を飲み込んでしまったけど、ファルター殿下は顔を真っ青にしていた。
「ち、父上、俺は……」
「父ではない。今余は国王としてこの場におるのだ」
「も、申し訳ありません、国王陛下」
出鼻からくじかれたファルター殿下だけど、それでもしっかり顔を上げた。
「国王陛下、俺……じゃなく、私はマレン・メクレンブルクとの婚約を破棄します。そして、ピーア・メクレンブルク嬢と婚約します!」
真っ青な顔で、若干声も裏返ってたけど、それでも最後まで言い切ったことだけは褒めても良いかもしれない。だけれども、致命的な間違いがある。
「ファルターよ。貴族の婚約は余が許可することによって初めて成り立つ。そのため、その解消や破棄にしても余の許可が必要。そなたができるのは、それを希望することだけだ」
「え、あ……」
ファルター殿下の顔色がさらに悪くなった気がする。
でも、国王陛下の仰る通りだ。婚約の破棄を希望します、婚約を希望します、という言い方をしなければいけないのだ。
些細なことでは済まない。ここが非公式の場だからまだいいけど、公式の場だったら陛下の職権を乱用したと言われてもおかしくない。
「ではファルターよ、理由を聞こう。マレン嬢との婚約破棄を希望する理由。そしてピーア嬢との婚約を希望する理由。述べてみよ」
「え、あ……は、はい」
完全に国王陛下に呑まれてる。もし私が普通に婚約者のままだったら、何かフォローするべく口出ししていたかも知れないけど、婚約破棄を告げられた身でそれは必要ないだろう。
ただ黙って殿下が口を開くのを待った。
殿下がゴクッと唾を嚥下するのが見えた。意を決したように話し始めた。
「へ、陛下もご存じかと思います。ピーア……ピーア嬢の回復魔術の成績はとても良いです。わずか十五歳で上級の魔術まで使えるようになり、聖女の再来とまで言われるほどです」
ファルター殿下の言葉に、妹が頬を赤く染める。それを無感動に見ていると、ファルター殿下の視線が私にも向けられた。
「それに対してマレンの成績は、地に落ちています。辺境の地で回復術士をしていたという話ですが、どこまで本当か分かりません。王子たる私は、能のないマレンより、優秀なピーアと結婚して子孫を残すことが、この国のためになると判断致しました」
おおっ、と拍手をしたくなった。陛下に怯みながらも、きちんと自分の言いたいことを言い切った。言葉遣いも話の持っていき方も悪くない。
場違いにも感動した私とは逆に、陛下は力なく肩を落としたようだった。