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28.聖女と呼ばれた

 次の日、学校に行ったら、何か今までと違った。

 理由はすぐ分かった。周囲から向けられる視線の種類が、今までの蔑むようなものではなくなっていたのだ。


「あ、聖女様! 聖女マレン様! 本日は登校されたのですね!」

「は?」


 真っ直ぐ私を見て呼びかけてきたのは、あの日毒に侵されて、私が治療した男子生徒だ。人違い……と言いたかったけど、マレンと呼ばれたし、私を見ている以上それは違うだろう。


「僕はベーターと申します。あの時は、助けて下さってありがとうございました。そして、これまでの僕の態度も謝罪いたします。申し訳ありませんでした」


 私の反応も待たず、そのベーターという男子生徒は頭を下げた。


「今後は聖女様のお側にあって、お力になりたく存じます。どうぞ何でもご命令下さい」

「……は?」


 疑問符が頭を占める。

 とりあえず、浮かんだことを口にした。


「あの、聖女って……?」


「もちろん、マレン様のことでございます。回復魔術に造詣が深く、あれだけいた重症者を治してみせました。そして、我らのような愚鈍な者にも優しく諭して下さる、そのお心。すべてが聖女に相応しいものでございます!」


 ……ええっと、何のこと?

 最後は感極まったように叫ばれたけど、頭を占めるのは、やっぱり疑問符だけだ。


「何言ってるのよ! 聖女はあたしでしょ!?」


 その怒鳴り声に首を動かした。

 声だけでも分かったけど、やっぱり妹だった。


「あたしが聖女なの! お姉様みたいな低能が名乗っていい称号じゃないわよ!」


 ビシッと私を指さした妹に、ベーターという男子生徒が言い返した。


「お言葉ですがね、ピーア嬢。あの時あなたは何をしていましたか。教室の隅で震えていただけではないですか」


「そうですわよ。しかも話じゃ、ファルター殿下の大怪我を見て怖くなって逃げ出したとか。そんな方が聖女を名乗るなんて、恥ずかしいと思いませんの?」


「マレン様のお力を認めることすらできないとは、あなたの方こそ低能ではございませんか?」


 いつの間にやら女子生徒が二人入ってきていて、輪が出来上がっている。私と一緒に重症者の治療をした二人だ。

 けど、何がどうして、こうなったんだろうか。何も話が分からない。


「ふざけんじゃないわよ! 誰が低能ですって!?」


 ますますヒートアップする妹。

 誰か私にも分かるように説明してくれないかな。



 *****



 その願いが叶ったのが、昼休み、ハインリヒ様とともに回復室を訪れた時だった。


「つまり、私が回復魔術をかけた人たちが、なんでか私を聖女と言い出した……?」

「そういうことね」


 リスベス先生が笑いながら説明してくれた内容を復唱するのが精一杯だった。


「……えーと、なんでですか?」

「身体的にも精神的にも追い詰められていた人たちには、あなたがそう見えたんでしょ」

「えー……」


 全く理解できない。私は辺境にいたときと同じく、回復術士としての役目を果たしただけなのに。


「昨日、学校に来たら大騒ぎだったんだ。『聖女様がお休みされるなんて!』ってな。それで俺も、マレンが聖女って呼ばれていることを知った」


「マレンが回復魔術の使いすぎで、疲労で寝込んでしまっているんじゃないかって、ほとんどの人は思っていたようよ。それはないと思ったんだけど、実際にあなたは来ないし、妹ちゃんの話す理由はバカバカしすぎるし」


 妹の話す理由って、アレだろうか。私が怖いって言って部屋に引きこもっているとか何とか。

 ハインリヒ様とリスベス先生が信じるはずないとは思ったけど、他の人もその理由は信じなかったのか。


 リスベス先生が、チラッとハインリヒ様を見る。


「面白かったのよ? あのベーターって子がハインリヒ君に『聖女様親衛隊長として命じる! 聖女様のご様子をお伺いして来い!』って言っててね。ハインリヒ君、ずいぶん憮然としていたわね」


「当たり前です。何でマレンの様子を見に行くのに、命令されなきゃならないんですか」


 親衛隊長って何。え、親衛隊なんて、そんなものができてるの? 監禁されていた間に、学校じゃずいぶん訳分かんない事態になってるんだけど。


「で、妹ちゃんが怒って、怒鳴り散らしてたわね」

「どこでもかしこでも、あのキンキンした叫び声が聞こえてたな」


 妹はどうでもいいけど。

 だけどそんな話になっていたから、妙に聖女にこだわりを見せていたのか。


「そんなに聖女なんて呼ばれたいのかしらねぇ……」


 聖女はその力を失ってから、そう呼ばれるようになった。だから、そんな風に呼ばれていたら、いずれ自分も力を失うことがあるんじゃないか、なんて思ってしまう。

 そう考えると、聖女と呼ばれたいとは思えない。


「しょうがないわよ。聖女の真実を知る人なんてほとんどいないんだから」

「……そうなんですけど」

「聖女の真実?」


 リスベス先生の言葉に、私の呆れ混じりの返答と、ハインリヒ様の疑問が重なった。

 あれ、と一瞬疑問に思い、次の瞬間気付く。


「……あ、そっか。ハインリヒ様だって、聖女のことは伝説の話しか知らないんだ」


 聖女が存在していたのは、かなり前のことだ。これは本当に、真実を知るのは私たちくらいな可能性が高いかも知れない。

 そんな事を考えつつ、ハインリヒ様に説明する。


「本当の聖女はね、単に貴賎関係なく多くの人を治療し続けたってだけ。死者を蘇らせたりはしてないの。ただ、魔術を使い続けた結果、力を無くしちゃってね。彼女に助けられた人たちが、感謝を込めて聖女と呼ぶようになったのよ」


「そうなのか。いや、死者を蘇らせるのは無理だろう、とは思っていたが。……だけど、なぜマレンはそんな事を知ってるんだ?」


 聞かれて、ちょっと笑う。

 口元に人差し指を当てた。


「秘密」

「なんでだよ!? リスベス先生はご存じなんですよね!?」

「もちろん知ってるけど、聖女の件を勝手に話すわけにはいかないわよ」


 ハインリヒ様がちょっとムッとした顔をした。


「おい、マレン。教えてくれ」

「ヤだ、秘密だもん」

「……そうか、分かった。それなら俺にも考えがある」

「えっと、あの……?」


 一歩ずつ近づいてくるハインリヒ様に、何となく嫌な予感がして逃げようと思ったけど、遅かった。


「……………!!」


 抱き締められている。

 あまりの事態に固まっていると、「うりゃ」と声が聞こえて、脇腹辺りに違和感があるような……と思った途端。


「あはは……ちょっ……くすぐった……やだってば、ハインリヒさ……キャー!」

「ほれ、さっさと白状しろ。じゃないと、くすぐり攻撃続くぞ」

「やー!」


 服の上から脇腹をさすられているだけのはずだけど、それでも妙にゾクゾクする。


 別に、絶対話しちゃ駄目ってわけじゃないけど、あんまり言い触らす事でもない。それに、一度秘密と言った以上は、簡単には翻すのは悔しい。


 ……なんて思ったんだけど、ハインリヒ様から逃げられなくて、結局そう時間も経たず、私は白状したのだった。




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