27.メクレンブルク次期当主
『4.婚約破棄に向けて③』に名前だけ出てきたマレンの従弟、エッカルトの登場です。
「ふぅん、マレン姉さんを監禁ね。何をしたかったわけ?」
私が監禁生活から脱出した、その一時間後。我が家には、次期メクレンブルク伯爵家当主のエッカルトが来ていた。
現当主の父も一応いるけど、隅で縮こまっているだけである。
課題は、私が三日間監禁されていた件だ。
エッカルトに睨まれた義母と妹は、"自分は悪くない"と言わんばかりにふんぞり返っている。そのふてぶてしさには、もう感心するしかない。
「監禁なんかしてないわよ。嘘をついたお姉様が悪いんでしょ」
「そうよ。嘘をついた子にはお仕置きをしないと」
つっけんどんに言い放つ妹と義母。
もう一度エッカルトは「ふぅん」とつぶやく。
「マレン姉さん、嘘の心当たりは?」
視線が私に向けられる。
ちなみに私の隣には、ハインリヒ様が座っている。
我が家の問題だから、部外者は立ち入り禁止。だけど、私を助けてくれたのがハインリヒ様だということで、口出ししないことを条件に、この場にいることをエッカルトが許可したのだ。
「魔獣の攻撃で致命傷を負った人を治療したときに、上級魔術を使ったの。その時に、私は十歳の時に発動できていたと言ったら、嘘つき呼ばわりされたわね」
エッカルトは、私の二つ下の十四歳。
まだ学校に入学できる年齢でもないんだけど、何というか年齢にそぐわない迫力がある。黙っていれば、可愛らしい顔つきなんだけど。
一応まだ当主ではないんだけど、父とエッカルトじゃ役者が違う。今や父は名前だけの当主で、実権は完全にエッカルトに移っていた。
「まだ言うの、お姉様ってば。分かったでしょ、とんでもない嘘つきだってことが」
「本当だわ。そして、ピーアに治せない傷をマレンが治したというのよ? 何か違法な事でもしでかしてるんでしょう? 白状させる必要があるわ」
「…………………うわぁ」
エッカルトは頭を抱えた。それをどう思ったのか、妹も義母もなぜか得意そうな顔で私を見る。
そんな二人の様子を見て、エッカルトは大きくため息をついた。次期当主って大変ね、と他人事のように考えた。
「とりあえず、両者の言い分は分かった。で、その上での僕の出した結論だ。悪いけど、武神様のご子息も関わっている以上、甘い処分はできないよ」
チラリとハインリヒ様に視線を向けた。
その視線をハインリヒ様は受け流しているけど、これでエッカルトの出した結論がハインリヒ様の納得できるものじゃなければ、この話はシルベスト殿下、そして国王陛下に伝わる。
そうなると、この問題は王家まで巻き込んだ問題になってしまう。
「まず、マレン姉さんは何もなし。何にも嘘ついてないしね」
「はあっ!?」
「思い出すなぁ、僕が八歳の時。この間発動に成功したって言って、ちょっと転んで膝をすりむいただけなのに、上級魔術を発動させたんだよねぇ」
「ちょっと、エッカルト。そんな思い出話はいらないから」
鬼の形相をしている妹や義母には効果がある思い出話かも知れないけど、私からしたらあれは黒歴史である。
人の治療はまだ駄目と言われていたのにやってしまったし、たかだか擦り傷に上級は不要、としこたま母に怒られたのだ。
「で、次はイーヴォ殿です」
「は、は……? いや、なぜ私が……」
イーヴォとは、父の名前である。
隅で縮こまっていた父は、突然名前を呼ばれて、動揺していた。
「なぜじゃないですよ。まさか、マレン姉さんが監禁されている事に気付いていなかったとか、言いませんよね?」
「し、知らなかった! 本当だ! 監禁されているなど、本当に知らなかったのだ!」
半分椅子から身を乗り出しかけて叫んだ。
エッカルトは目を細めて、父を見る。部屋の温度が下がったんじゃないかってくらい、醸し出される空気が冷たい。
「娘が姿を現さないのに、どうしたのか疑問に思わなかったんですか」
「こ、怖いと言って、部屋に籠もっていると聞いたので……」
「だったら、部屋まで行って声を掛けるとかするのが普通でしょうに」
エッカルトは冷笑を浮かべた。
「まあいいです。娘の扱いについて、論じるつもりはありません。問題は、あなたが自らの屋敷の中のことでさえ、管理することができていなかったという点です」
「ひえっ!?」
父が悲鳴を上げた。そんな父を、私は少し複雑な気持ちで見つめた。
義母と違い、間違いなく血の繋がった父。でも、私の記憶にあまり父との思い出はない。あるのは、母との思い出だけだ。
母が生きている頃は、ずっと母の後をついて回っていた。母が死んでからは、ローベルト様に誘われるまま、辺境に行って回復術士をしていた。
父と一緒にいることなんて、ほとんどなかったのだ。もう少し交流していたら、もっと違った関係になっていたんだろうか。
「イーヴォ殿は当主の座を僕に渡して、蟄居すること。クセニア殿も同様だ。最低限の支援はするが、王都へ来ることは許さない」
私が感傷に浸っていたら、エッカルトが話を先に進めていた。ちなみに、クセニアとは義母の名前である。
「ど、どうしてっ! 私までなぜ引っ込まなければいけないの!」
「マレン姉さんを監禁なんかするからだ。国王陛下、王太子殿下、そして将軍閣下からの覚えもめでたい姉さんに何してくれるんだ。下手すれば、メクレンブルク伯爵家ごと罰を受けるんだよ」
「どういうことよっ!」
叫ぶ義母に、エッカルトは処置なしとでも言うように、首を横に振った。続いて視線を向けたのは、妹だ。その妹は、なぜか偉そうな態度である。
「ピーア。本来であればあなたもイーヴォ殿、クセニア殿と同じく領地に引っ込ませたいんだけどね、一応ファルター殿下の婚約者だから、さすがにそれはしない」
エッカルトの言葉で、偉そうな態度は怒りの顔に変わった。
「待ちなさいよっ! なんであたしが領地に引っ込むのよ!? それはお姉様でしょ!?」
「だから、マレン姉さんは嘘なんかついてないって言ったでしょ。いい? 仮にも王子の婚約者を勝手に処分することはできないから、これまでと同じように過ごすことは許す。でも、次に問題を起こせばどうなるか分からないよ」
エッカルトが腹立たしさを隠そうともせずに、低い声で言い放った。
その迫力に、妹は怯んだようだ。
「我が家の恥を伝えたくはないけど、王家にも話をしておく。問題のある令嬢を、王家に嫁に出すわけにはいかないからね。場合によっては、婚約解消を申し出ることも念頭に置いておく」
我が家で問題を解決してしまえば、王家に知られても問題ないってことだ。
とは言っても、隠せるなら隠したいのだろうけど、ハインリヒ様には知られているわけだし、隠し通せる保証はない。
そして、私はつい最近、ダンジョン出現における功労者の一人として、陛下から称賛を受けたばかり。その私が監禁される事態になっていた事実を隠す方が、良くないと判断したのかもしれない。
「婚約解消って……!」
――パンパンッ!
何やら文句を言いかけた妹だけど、それを遮るようにエッカルトが手を叩いた。
「当主交代の件は、僕から陛下に伝える。手続きも僕がする。その手続きが済むまでに、イーヴォ殿とクセニア殿は領地に移る準備をしておくこと。話は以上だ」
うーん、問答無用。お見事だ。
自分が妙に迫力ある事を分かっていて、それを有効活用してくるんだよね。そのせいで、不満があってもなかなか言い返せない。
むしろ、言い返していた義母と妹は見事かも知れない。単に鈍いだけかも知れないけど。
そのエッカルトは、ハインリヒ様に頭を下げていた。
「ハインリヒ様、マレン姉さんを助けて下さり、ありがとうございました」
「俺はマレンを受け止めただけだ。脱出したのは、マレン自身だよ」
「その辺りは、姉さんのお転婆ぶりが健在というのが分かって、喜んで良いのか悩みどころですが。それでもハインリヒ様がいなければ、姉さんは脱出できなかったでしょう」
「誰がお転婆よっ」
リスベス先生に続いて、エッカルトにまで言われるとは思わなかった。
私の抗議にエッカルトは横目でチラッと見ただけで、ため息をついていた。どういう反応なのよ、それは。
「お転婆でも何でも、それでも俺はマレンが好きだからな。いずれは俺の妻としてもらっていくからな」
「どうぞ。武神様のご子息がお相手であれば、我が家は言う事はありません。というか、そんな宣言をするなら、さっさと婚約して下さい」
「……善処する」
だから、そういう話を私のいるところでしないで欲しい。
顔が赤くなるのを感じながら、私は切実にそう思ったのだった。




