25.報告
王宮に到着して、まず着替えた。ハインリヒ様は騎士として、私は回復術士としての正装だ。シルベスト殿下も血のついた制服から、王子様っぽい制服に着替えている。
着替えが済んだら、国王陛下の元へ連れて行かれた。連れて行かれた場所は、執務室だった。
*****
正直な所、謁見の間あたりに連れて行かれるんじゃないかと思ってた。だって、貴族の子息が大勢いる学校がダンジョンに閉じ込められたんだから、話を聞きたい貴族は大勢いるだろう。
だから、執務室は意外だったし、いたのが陛下と宰相閣下だけなのも意外だった。
「無事であったか」
陛下の第一声がそれだった。表情にも声音にも安堵がにじみ出ている。
もしかして、わざと他の貴族を呼ばなかったんだろうか。公式の場だったら、陛下は表情も感情も表に出さない。あくまでも、今この場は「父親」でいたかったのかもしれない。
「ファルターは?」
「大怪我を負ったようですが、マレン嬢が治療してくれ、大事ないようです」
そんな「父親」な陛下に対して、シルベスト殿下はどこか素っ気ない。
「ところで陛下、伺いたいのですが、学校の入り口でただ待機しているだけの軍人どもがおりましたが、あれは何でしょうか。陛下は、私たちを救おうとはして下さらなかったのでしょうか?」
素っ気ないどころか、皮肉まみれだった。
気持ちは分からないでもないけど、もうちょっとこう、言い方というかそういうのがあると思うんだけど。
そんな事を思いつつも口を挟めずにいたら、陛下の顔が歪んだ。なんか、泣きそうなんだけど。
「陛下、もう少し表情を取り繕って下さい」
「……息子に嫌われた」
宰相閣下のツッコミに、陛下はうつむいた。
「囲い込み型のダンジョンに囚われた王子殿下方を助けるための手を、何も打てずに終わったのです。嫌われてもしょうがないでしょう。私も娘から何を言われるものやら、今から考えただけで頭が痛いのに」
宰相閣下は言葉通りに頭を抑えている。うつむいた陛下は、グスグス泣きべそをかいているように見える。気のせいだと思っておく。
「つまり、陛下は私たちを救おうとして下さらなかった、ということでよろしいですね?」
「違うわいっ!」
追い打ちをかけるシルベスト殿下に、陛下が叫んだ。
「違うが、軍人のボンクラども、色々言い訳並べてダンジョンに入るのをごねおって! だったら儂が入ると言っても、皆がよってたかって反対しよる! 結局、辺境にいるシラー将軍を呼び戻すという話になって連絡をしたら、そなたらが自力で解決した、というわけだ」
最初は勢いよく吐き捨てていた陛下だけど、後半に行くに従って、声は小さくなっていった。
軍人のボンクラどもとは、つまりはあそこにいた将軍閣下を始めとする軍人たちだろう。
優秀な軍人の方々は、各地にあるダンジョンや主要都市に散っているから、王都に残っている軍人は腰抜けばかり……なんて陰口を思い出してしまう。
王都にダンジョンが出現したらどうするんだろうね、なんて冗談交じりに話したこともあったけど、冗談が冗談じゃなくなった。
王都という、一番重要であるはずの都市にボンクラしかいないのは大問題だから、誰かを呼び戻すことも検討している、なんて話を聞いたこともある。でも、どこも外すのが難しくて議論が進まないまま、ダンジョン出現を迎えてしまった、というわけだ。
ダンジョン内の偵察くらいしてよ、と思わなくもないけど、下手なボンクラどもに入られて、うっかり死んでダンジョンに成長されてしまうよりは、大人しく待機してくれていて良かった、という説もある。
まあそれはともかくとして、陛下がダンジョンに入るのは論外だ。賛成されるわけがない。何かあったらどうするんだ。
「なるほど、まあそんな所だろうとは思っておりましたが。……改めまして父上、ご心配をおかけして申し訳ありません。怪我人は全て治療し、死者は一人も出ていないこと、報告いたします」
シルベスト殿下が皮肉な口調をやめて、丁寧に頭を下げて話し出した。……そんな所だと思っていたんなら、最初からあんな皮肉、言わなくても良かったと思うけど。
「ダンジョンに乗り込んだのは、ハインリヒとこちらにいるミルコです。私も一緒に行きましたが、どうか二人に褒美を賜りますよう、お願い申し上げます。それから、マレン嬢も多数の重症者の治療をすべて担ってくれました。同じく、褒賞をお願い申し上げます」
「陛下。俺たち三人がダンジョンに乗り込んでいる間、魔獣の対応をしてくれていた者が五名おります。その者たちにも、どうか褒賞をお願い致します」
シルベスト殿下に続き、ハインリヒ様も続けて言って、頭を下げた。私とミルコもそれに倣う。
「面を上げよ」
陛下の声は、少し震えていた。
「そうか、シルもダンジョンに乗り込んだのか。皆が力を合わせたんだな。……何もできず、すまなかった」
力なく項垂れた陛下に、シルベスト殿下が近づいた。
「いえ、父上は私たちを助けるために、ダンジョンに入ろうとして下さったのです。そのお気持ちだけで嬉しいです。ありがとうございました」
「シル……」
慰めるようなシルベスト殿下の言葉に、涙目の陛下が顔を上げる。ここで親子でヒシッと抱き合えば、絵になったかも知れない。実際に陛下は抱き締めようとしたけど、シルベスト殿下がヒラリと躱していた。
「シルぅ」
「相手が父親であっても、男同士で抱き合う趣味はありません」
「……父は悲しい」
何とも締まらない陛下に、宰相閣下がオホンとわざとらしく咳をした。
「陛下。城へ集まっている貴族たちへの説明は、如何致しますか?」
「……あー、そうだったな。面倒だが、しょうがない」
やっぱり貴族たちは集まってるんだ。その貴族たちを無視して、ここで個人的な場を作るとか、それでいいんだろうか、陛下。
そう思ったのは私だけじゃないみたいで、シルベスト殿下も呆れた目で陛下を見ていた。
「あー……ゴホン。謁見の間に向かう。貴族たちにそう知らせろ。シルベスト、ハインリヒ、マレン、そしてミルコ、だったな。お前たちもついてこい」
「え……」
わざとらしく咳払いをした陛下は、その一瞬後には表情が「国王」になった。
言われた名前に真っ青になったのはミルコだった。
けど、さっさと陛下が歩き出して、シルベスト殿下も一瞥しただけで何も言わずに歩き出してしまえば、従わざるを得ない。
私も行きたくないなぁと思いつつ、後をついていったのだった。
*****
謁見の間では、概ね予想したような感じだった。
集まった貴族に事の次第を報告。ダンジョンを攻略したシルベスト殿下とハインリヒ様、ミルコが盛大に称えられた。
それで終わってくれれば良かったのに、多数の重症者を治療し、一人の死者も出さなかったとして、私まで称賛されたのは……必要な事だと理解はしたけど、いたたまれず逃げ出したかった。
*****
「先ほど学校より連絡がありました。本日、そして明日は学校を休校とするとのこと。各自自宅へ戻り休養するように、とのことです」
謁見の間で貴族たちから解放された後、宰相閣下からは学校からあったという連絡を知らせてくれた。予想通りというか、そうならなかったら文句を言っていただろうな、という内容だ。
シルベスト殿下はそのまま王宮に残り、私たちはそれぞれ自宅へと帰る。
「マレン。明後日にな」
「うん」
なんてことないハインリヒ様の挨拶と笑顔に、なぜか妙にドキドキした。
そして家に着いた私を出迎えたのは、目のつり上がった妹と義母だった。




