22.ハインリヒ③
四肢は、太く短い。その爪は、鋭く尖っている。口には牙はないが、犬歯が長く尖っていて、噛まれれば無事じゃ済まないだろう。
「クマ系の魔獣だな。気をつけろよ。力は強いし、あんな足でも動きは素早い。後ろ足だけで立って前足でしてくる攻撃が一番強力だ」
とりあえずざっと注意事項を伝える。
そして続けた。
「俺が正面に立つ。二人は後ろから攻撃してくれ。攻撃石を使って、足を中心に攻撃してくれると有り難い」
俺の提案に、二人が黙り込む。が……。
「……分かった」
「……承知致しました」
渋々ではあったが、二人とも頷いてくれた。
純然たる事実として、一番危険な正面に立つには、二人の実力は足りない。自惚れるつもりはないが、それでもこの三人の中で一番強いのは俺だ。である以上、俺が一番危険な場所に立つべきだ。
剣を構えて、一歩前に出る。
「グルガアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!」
それが合図であったかのように、その魔獣が叫んだ。
戦闘の開始だった。
*****
叫び終わるなり、魔獣は四本足で突っ込んできた。二人が左右に散開するのを目の端で捉えながら、俺も右に体をずらして、前足目掛けて剣を振るう。
「グガアァァァッ!」
命中した。そんなに傷は深くないが、俺を敵と見定めたのだろう。威圧するように叫んでくる。
正直言って怖い。こんな大きい魔獣の正面に、一人で立っているのだから。
『怖いのは当然だ。相手は俺たちよりずっと強い存在なんだ』
父の言葉を思い出す。
初めて魔獣と対峙したときの記憶だ。
『一緒に戦う仲間を信じろ。お前が守りたいと思う人を思い浮かべろ。そうすれば、怖くても立ち向かえるから』
それを言われたとき、父の言葉の意味が分からなかった。一緒に戦う仲間もいなかった。守りたいと思う人もいなかった。だからそう言ったら、父は笑った。
『そうか。でもな、お前が剣を取って魔獣と戦う道を選ぶのなら、いつかきっと分かるときが来るさ』
その数年後、俺はマレンと出会った。
そして今、共に戦う仲間がいる。
ドォン!
魔獣の後ろ足の辺りが、突如爆発を起こす。火に包まれ、渦巻く風が切り刻んでいく。シルとミルコだ。攻撃石を投げている。
もう少し後ろに下がれ、と言いたいが、あまり下がってしまうと、攻撃石がきちんと命中しないんだろう。
「グルァァ!」
「こっちだ、魔獣」
後ろに逸れた魔獣の意識を、攻撃することでこちらに戻す。俺に気を引きつけておけばいい。そうすれば、後方のあいつらに意識を移すことはない。
先ほど命中した前足に対して、再び剣を振る……おうとして、魔獣が口を前に出してきた。大きく口を開ける。鋭い尖った歯が見える。
後方にステップしてそれを躱す。伸びた首に下から剣を振るい、命中させる。
魔獣の目が血走った。二度も傷つけられて、怒ったか。だが、俺に集中すればするほど後方に注意を向けることはなくなるから、好都合だ。
「来いよ、魔獣」
挑発するように言い放つ。魔獣に言葉は通じない。だが、言葉の雰囲気というのは通じるものだ。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
これまで四足歩行だった魔獣が、後ろ足二本だけで立ち上がった。
魔獣は挑発に対して冷静に対処する、なんてことはしてこない。挑発すれば素直にそれに乗ってくる。今回は元々怒り狂っていたから、なおさらだ。
クマ系の魔獣の一番怖い攻撃は、後ろ足二本で立って、前足二本で攻撃してくるときだ。鋭い爪と、特に力の強い前足に掴まれば、命はない。
だがそれは、チャンスでもあった。
「シル! ミルコ!」
ドガァン!
俺が名前を呼ぶのとほとんど間を置かず、後ろ足に攻撃石が命中する。
それまで四本の足で体を支えていた魔獣が二本足で立ったのだ。当然ながらバランスは悪い。そこにさらに足に攻撃を加えられれば、もうバランスを保てない。
たまらず、魔獣は前足を床につく。それでも倒れない。四本の足で立って、俺を睥睨してくる。
「……………!!」
叫び声を出すこともなく、魔獣が俺に突進してきた。やはり後ろ足のダメージが大きいのか、先ほどより動きが遅い。
俺は剣を構えた。
『ハイン、俺のとっておきを教えてやる。剣を使って攻撃するときのための魔術だ。国が秘匿している攻撃魔術じゃなく、俺が開発した魔術だからな。お前に教えても問題ない』
父の言葉が頭に浮かんだ。
口元に笑みが浮かぶ。
「《突撃》!」
唱えた瞬間、自分の足元に魔方陣が輝いた。俺の体が光りに包まれた、その瞬間、俺は向かってくる魔獣に向かって突っ込んでいた。
魔獣の目が、驚いたように大きく開かれる。だが、知ったこっちゃない。
剣にも光がまとわりついている。少し動きの鈍った魔獣の首に剣を振るう。狙い違わず、俺はその首を落とすことに成功していた。
*****
「やったっ!」
「……倒せたか」
ミルコが喜び、シルが安心したようにつぶやいた。俺は喜びも程々に、奥を見据える。
「核だ」
台座に置かれた球体。不気味な七色に輝く、不思議な球。
俺はその前に立つ。
剣を高く振り上げて……振り下ろした。
キィン!
軽い音をたてて、核が中心から真っ二つに割れる。
その瞬間、目の前のものが二重にブレて見えた。同時に、段々透けてくる。外の景色が見えてくる。そして、完全にダンジョンが溶けて消えたとき、俺たち三人は普通に校庭に立っていた。
「ハインリヒ様!」
俺の名を呼ぶ声が聞こえた。俺に向かって真っ直ぐに走ってくるのは、俺が誰よりも守りたい人。
「マレン」
飛び込んできたマレンを抱きしめる。暖かなぬくもりに、俺は確かにこの人を守ったんだと、実感したのだった。




