21.ハインリヒ②
日本のお城みたいなダンジョンをイメージして頂けると、幸いです。
ダンジョンの中というのは、迷宮だ。
それは統一された認識だが、一言に迷宮と言ってもバラエティに富んでいることを知っている人は、意外と少ない。
床や壁の素材が色々で、石だったりレンガだったり、分かるものもあるが、何の素材だか分からないときもある。
その通路もクネクネ曲がりくねっているときもあれば、直線が続いていて曲がり角は全部直角で、どこも見た目が同じで分かりにくかったり。
そしてここは。
「これ、木、ですよね?」
「そうだな。そして、こっちの部屋は……なんだこれ?」
「藁を編んだものか?」
何というか、不可思議だった。床も壁も木で出来ている。
そして、近くにある部屋を覗くと、その床は……説明がしにくい。シルが言ったように、藁を編んだものを並べてくっつけたようなものが敷き詰められている。
「こんなダンジョン、初めてじゃないか?」
「この藁の床は分からんが、木で出来ていたのは初めてじゃないぞ。それに、あれもだ」
シルが指さしたのは、木枠で出来た引き戸だ。大きな木枠の中に、格子に組んだ木の枠があり、薄い紙が貼り付けてある。
「昔のダンジョンの話だが、中にあんなのがあった、という報告書は読んだことがある」
さすが王太子。無駄に知識がある。
「その報告書にあったのは、迷宮は迷宮でも比較的分岐は少なく、攻略しやすかったということだ。報告書と同様であれば、不幸中の幸いかもしれないな」
「そうだな。先へ進もう」
ダンジョンの考察に来たわけではない。ある程度特徴を掴めたなら、後は前に進むだけだ。
「……重症者の方々は大丈夫でしょうか」
ポツリとミルコがつぶやいた。確かに気になるが、俺は心配していない。
「大丈夫だ。マレンがいるんだから」
マレンの回復の腕は、一級だ。マレンで治せないなら諦めろと言われるくらいに。
「ハインリヒ様、なぜマレン様は低能などと呼ばれることを甘んじているのですか?」
「ん?」
唐突な質問に、聞き返した。
「マレン様の魔方陣が小さいのは、実力がないからではなくて、凝縮しているからでしょう。ですが、わざわざ凝縮しなくても、普通に使えば低能などと言われることはないと思うのですが」
「……なるほど、そういう事か」
魔術の凝縮のことを知っているなら、それも当然の疑問か。
学校じゃ先生方でさえ凝縮のことを分かっていないから、面倒なことをする必要はない。それなのに、わざわざ凝縮していた理由は。
「……使えないんだよ、マレンは。普通に魔術を発動することができないんだ」
「えっ!?」
ミルコの驚く声を聞きながら、意識はあの時に遡っていく。
俺とマレンの初めての出会い。観光地クベントルで、魔獣にやられた父を助けるために、飛び込んできたマレン。
魔獣の出現で大混乱に陥って、母親とはぐれてしまったというのに、マレンは母親を探すのではなく、目の前の怪我人の治療を優先させた。
まだ未熟で、上級魔法を上手く扱えない、と聞いたのは後になってからだったが、それでもマレンが大怪我を負った父を治してくれたのは、確かで。
そして、あの場には沢山の怪我人がいた。魔獣の出現で、大怪我を負った人たちだ。
あの場で父の怪我を治してみせたマレンの存在は、大怪我を負った人や、その人と親しい人たちには奇跡にも等しかっただろう。この人も治してくれ、こっちも治してくれ、とどんどんマレンの元に怪我人が送り込まれたのだ。
あの当時、わずか十一歳の少女に過ぎなかったマレンの元に。
それでも、マレンは逃げなかった。唇を引き締めて涙を流しながら、マレンは皆を治してみせたのだ。
「それが仇になったんだろうな。まだ未熟な十一歳の少女が、ずっと集中して凝縮した魔術を使い続けた。そのせいなのか、普通に魔術を発動させる事が出来なくなってしまったんだよ」
「それは……」
一言つぶやいただけで、ミルコは絶句している。俺は、静かに言葉を続けた。
「マレンが回復術士として本領を発揮できるのは、戦いの場しかない。凝縮された魔術は強力だ。街中では必要ない」
父もマレンの事を気にしていた。
母親が魔獣に殺されて取り残されたマレンに、父が声をかけた。元観光地で、ダンジョンが現れたために"辺境"と呼ばれることになったクベントルに、回復術士として一緒に来るか、と。
子供のうちから戦場に来ている子供はいるけど、親と一緒であることが当たり前だ。だから、母親を失ったマレンが来ることには周囲の反対もあった。
回復隊の隊長のウラ様が親代わりとして面倒を見ると言ってくれ、マレン自身にも十分すぎる能力があったから、最終的には認められたのだ。
*****
時間をかけて、ダンジョンの最奥にたどり着いた。
ここまで来るのに確かにあまり分岐はなかった。ただし、迷わせるための仕掛けは満載で、勘弁してくれというのが感想だ。
出現してさほど時間が経っていないから、最奥と言っても二階だ。これだけで済んだことに感謝だ。というか、これだけしかないからぶっつけ本番で挑むことができた、とも言える。
「この奥に、核があるんですね」
「あるのは確かだろうが、その前に魔獣がいないといいけどな」
ここに至るまでにも何体か魔獣に遭遇しているが、思ったより数は多くなかった。そういう場合は、核を守るために最奥に数多くの魔獣がいる場合だ、とは父に教わったことだ。
「二人とも、絶対に無理するな。怪我をしてもいいが、死んだらマレンでも治せない」
「こういう場合、普通は怪我するなと言うものじゃないのか」
俺の言葉に、シルが呆れて言い返してくる。ミルコは無言だ。緊張はしているようだが、それ以上に戦う強い意志が見える。
それを確認して、しつこいがもう一度だけ言った。
「本当に死ぬな。治せないだけじゃない。ダンジョンの中で人が死ねば、それを糧としてダンジョンが成長してしまう」
時間と共に成長するダンジョンだが、もう一つ成長してしまう要因がある。それが、ダンジョンの中での人間の死だ。
死ぬとあっという間にダンジョンの中に遺体が飲み込まれて、鳴動と共に成長する。時間経過の成長に比べて、その成長度は大きい。ダンジョンが成長すれば、核も移動してしまう。
だから、ダンジョンに乗り込むときは、少数精鋭で乗り込むのだ。できるだけ死を避けられるように。ダンジョンを成長させないために。
「分かっているさ」
「分かってます」
二人の返答に俺は笑みを持って返す。そして、奥の部屋への扉を開ける。
そこで見たのは、一体の魔獣。
ただし、自分たちの倍の高さはあろうかという、巨大な魔獣だった。