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20.妹

「ヒッ!?」


 怪我をした生徒の元に駆け寄った妹は、僅かに悲鳴を上げたように聞こえた。でも、感心なことに、逃げ出すことなくその脇に膝をついて座る。


「《傷回復・高(クーア)》!」


 そして、上級の怪我治療の魔術を使った。でも、傷は治らない。


『普通に発動させただけじゃ魔術は何の意味もない、とっても意地悪なものなの』


 母にそう教わった事を思い出す。


『"術"というのはね、何でもそうだけど、自分で腕を磨かないといけないの。自分で努力して磨き上げなければ、何の意味もない』


 術とは、技であり、学問であり、学術だ。


 剣術を始め、医術や薬草学、戦いの戦術、政治学や帝王学。他にもあげればきっと無数に出てくるだろうそれらすべて、自ら学んで高めていかなければ、役には立たない。そして、きっとそこに"ゴール"なんてものはない。


 ただ、魔術は発動するだけなら、出来てしまうことが多い。上級になれば難しくはなるけど、それでも発動するだけなら、どうにかなってしまうのだ。


 だから"意地悪"なのだ。発動できたことで、それが"ゴール"だと思えてしまうから。


「なんで治んないのよっ!? 治れ! 治んなさいよ!」


 磨いていない魔術では、治せない。いくら上級の魔術を使えるようになっても、それだけでは駄目なのだ。


「どきなさい。あんたでは無理」

「――うるさい! あたしは聖女なのよ!? 治せないわけないじゃないの!」


 最初に私を突き飛ばしたときといい、やけに聖女に拘るな、とは思ったけど、それを論じている猶予はない。


「無理なものは無理。このままじゃ死んじゃうわ。……それとも、死なせたいわけ?」

「そんなわけないじゃない!」

「じゃ、どきなさい」


 強引に妹をどかす。

 本当なら《診断ディアグノーゼ》をかけたいけど、妹に割り込まれた時間が余計だった。のんきにそんな事をしていたら、毒の前に出血多量で死んでしまう。


「《傷回復・高(クーア)》」


 怪我を最初に治すと決めて、魔術を唱えた。妹が使った魔術と同じ、上級の回復魔術だ。


「……なんで、あんたが、そんな魔術を」


 妹がポツリとつぶやいた。


 わざわざそれを解説してあげる必要はないし、治療中にそんな余裕もない。邪魔してこないことを有り難く思いながら、私は治療を続けた。



 *****



 治療が終わる。幸い毒に侵されていることもなかった。


 何となく空を見上げたら、空が明るくなってきていた。

 そろそろ、朝だ。


「ふざけんじゃないわよ!」


 突如、視界に妹が入ってきた。


「なんなのよ、あんた! あんな魔術使えた癖して使えない振りして、何考えてるわけ!?」

「何って、別に……」


 使えるからといって、使わなければならない理由はない。

 魔力を無駄にするなと、散々教えられてきたのだ。学校の授業であんな人形相手に初級魔術を使っていただけでも、私としてはかなり妥協していたつもりなのだ。


「それになんで、あんたは治って、あたしは治んないのよ!? あんた、一体何をズルしたわけ!?」

「何もしてないわよ」


 さすがに、ズルの一言は聞き流すわけにはいかない。真っ向から言い返した。


「覚えときなさい。魔術はただ覚えて発動させるだけじゃ、何の役にも立たないの。そこから努力して磨かなければ、何の意味もないの」


「そんなの知らないわよ! すごいのはあたしなの! 偉いのはあたしなの! このあたしが、聖女の再来なの! 十四歳で上級の魔術を使った、あたしが天才なの!」


 何も通じないか。いくらそういう風にしか教わっていなかったとはいっても、見て聞いて変わった人たちだっているのに、妹は何も変わらない。

 とりあえず、妹の自慢を正面からぶち壊すことにした。


「残念だけど、私も発動するだけなら、十歳の時に上級魔術を使えていたわ」

「……………えっ……?」


 妹が目を見開いた。でもすぐ、驚いてしまった自分を恥じるようにして、私を睨み付ける。


「そんな人いるはずないじゃない! 嘘をつくなんて、最っ低!」


 叫んで、背中を向けて走り去っていく妹を見送る。やれやれと思いながら、ダンジョンの方を見る。


 そろそろ朝を迎える。何とか一晩乗り切れた。でも、この先はもう厳しいだろう。ほとんどの人が限界のはずだ。


 校庭の四人を見る。何とか四人でも魔獣を倒してたけど、かなり疲労している。

 ダンジョンから魔獣が出現してこないのを確認してから、彼らに体力回復の魔術をかける。ホッとした顔をしたけど、それでも疲労の色が見えるのは、精神的なものだろう。


 致命傷を受けた人は治っているけど、すぐに戦えるわけじゃない。これ以上長引けば、近いうちに決壊する。

 手を合わせて祈る。


「どうか……」


 ハインリヒ様が目的を達成して戻ってきますように。

 無事に戻ってきますように。


 そう思った瞬間だった。


 ダンジョンが、ブレた。疑問に思う間もなく、段々色が薄くなって、透明になっていく。そのまま周囲に溶けるようにダンジョンが消えた時、その場に三人の姿が見えた。


「ハインリヒ様!」


 堪えきれず、叫んで走り出す。私の方を向いたハインリヒ様の、笑顔が見えた。


「マレン」


 優しく私の名前を呼んだハインリヒ様は、抱き付いた私を優しく抱きしめてくれたのだった。




次回から二話続けて、ハインリヒ視点になります。

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