19.校庭での戦い
「リスベス先生!」
「マレン……!」
校庭に降りて声をかけると、先生が目を見開いた。
「大丈夫なの?」
「はい。みんな最上階の講堂にいます。重症者もたくさんいましたが、全員治っています」
「そう、さすがね」
先生がふわっと笑った。それにつられて、私も笑みを見せたけど、すぐに表情を戻す。
「先生は奥へ。後は私が引き受けます」
リスベス先生は車椅子だ。何かあっても、機敏に動けない。
そして、私も後ろにリスベス先生が控えていてくれると思えば、安心できる。多少の無茶をしても、先生がきっとフォローしてくれるから。
半分心配、半分打算からの言葉に、リスベス先生は苦笑した。きっと、私の考えている事なんかお見通しだと思う。呆れた顔をされた。
「じゃあ、そうするわ。一つ言っておくけど、お転婆娘の面倒は見たくないから、ほどほどにね?」
「お転婆娘なんて、どこにいるんですか?」
わざとらしく左右を見渡しながら、しれっと言い返す。お前のことだと言わんばかりにジト目で見られたけど、サラッと受け流した。
「本当に気をつけなさい。分かってるわね? 回復術士が倒れたら、誰も助けられないのよ?」
「はい、分かっています」
真剣な表情に、私も真剣に返す。
足をやられて、助けるどころか助けられてしまったリスベス先生は、ずっとそれを悔やんでいることを知っている。
回復術士は、まず自分の安全を第一に考えること。それができなければ回復術士失格なのだと、口を酸っぱくして言っていた。
母はクベントルの地で亡くなった。私と同じように怪我人を治療していたらしいけど、ある一人の女の子を庇って亡くなった。その子は私と同い年の、背格好がよく似た女の子だった。
その時の母がどう思ったのかは分からない。私だと思って庇ったのか、違うと分かっていながら庇ったのか。でもその子一人を助けるために、母はその命を投げ出した。周囲の大勢の怪我人よりも、たった一人の命を優先させたのだ。
リスベス先生がそのことで私に何かを言ったことはない。
でも、母が自分でリスベス先生に教えたことを、母自身が守らなかった事が許せないと話しているのを、聞いてしまったことはある。
私がそれを聞いてしまったことは、リスベス先生は知らない。でも、私の覚悟を込めた返事に満足そうに頷いて、リスベス先生は去っていった。
私は一つ息を吐いて、戦っている人たちに視線を送る。
重症者たちの治療で、だいぶ私の魔力も減っている。無駄にはできない。だから、よく見極める。どのタイミングで治療が必要かどうかを。
*****
ダンジョンから魔獣が出てきた。
さっそく五人が迎え撃っている。
五人の実力は、ハインリヒ様はもちろん、辺境の地で見た一般兵士よりも低いけど、それでもこの場に立つだけはあるんだろう。
決して一人で無理しようとはせず、五人で上手く連携を取って素早く倒している。多分、二体以上の相手は難しい。彼らもそれを分かっているから、素早く倒すことを第一にしているようだ。
だけど、まるでそんな状況を読んだかのように、さらにもう一体の姿が見えた。でも、魔獣と対峙している彼らは、気付いていない。
「ダンジョンの方を見て! もう一体出てきた!」
大声で注意喚起する。
あまり声を出すと魔獣の注意を引きつけてしまうから、やってはいけないんだけど、今の状況では彼らが気付かないことの方が問題だ。
「うそだろっ!?」
「はやくったおせっ!!」
動揺しつつも、一人が剣を振って、それが魔獣に命中する。致命傷、かと思われた。
「やったっ……!?」
その魔獣が、最後の悪あがきとでも言うように、その爪を振り上げた。そしてそれは、致命傷を与えた男子生徒に命中したのだ。
「……………!」
全員に動揺が走ったのが分かった。どう見ても致命傷だ。
私は足を一歩踏み出そうとしたけど、新たな魔獣が目に入る。
「……っ…………! 魔獣を、彼から離して!」
「うおおおおおおおおおおおおっ! よっしゃあー! 魔獣、こっち来いやー!」
私の言葉にどう思ったのか、突然一人が大声で叫びだした。
「うっしゃー! こんちくしょうめ!」
「やったるぜー!」
「かかってきやがれ、このヤロー!」
他の三人も大声で叫ぶ。
まあ確かにね、私もさっき大声で叫ぶと魔物の注意を引くとは言ったけど。実際、大声で叫ぶ彼らの方に魔獣は移動しているけど。
別にそんなガラ悪く叫ばなくてもいいと思うんだけど。
とまあツッコミはこのくらいにして、せっかく彼らが作ってくれた治療するチャンスを逃すわけにはいかない。
致命傷でも、今なら治せる。それだけの自信はある。
足を踏み出した瞬間だった。
「どきなさいよ! この低能!」
後ろから怒鳴られ、突き飛ばされた。
「……ぃ、つぅ……」
「低能は引っ込んでなさいよ! 聖女はあたしよ! あたしが治すんだから!」
姿を見なくても分かる。
妹だった。