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1.学校生活一ヶ月

「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」


 厳しくとも温かい地から、平和だけど冷たい地に戻り、モンテリーノ学校に入学して一ヶ月。私は早くも辺境の地に戻りたくなった。けれど、その気持ちはおくびにも出さず、指を差してきた相手に対峙する。


「突然どうされたのでしょうか、ファルター殿下」

「どうもこうも、貴様とは婚約を破棄すると言ったのだ!」

「いえ、ですから、なぜでしょうか?」


 大きくため息をつきたいのを堪えて、辛抱強く聞き返す。そうしたら、相手はなぜか得意そうに笑った。


「なぜだと! その程度も分からないとは、やはり貴様は低能だな! 俺の婚約者には貴様ではなく、ピーアが相応しい!」


「そうよ、ファルター様のお側にはあたしがいるから、お姉様は身を引いて下さいね」


 肩を抱かれている女性が、クスクスと私を馬鹿にするように笑っている。フウッと小さく息を吐き出すことで、ため息だけは堪えた。



 *****



 ファルター殿下。このブンデスリーク王国の第二王子だ。そして、私の婚約者でもある。私の家、メクレンブルク伯爵家に婿入りして、伯爵家を継ぐ予定の人だ。


 この婚約があったから、私は父からの学校入学の指示を素直に受けて、辺境を後にした。私の我が儘を終わりにする、良い機会だと思ったのだ。


 ファルター殿下が肩を抱いている女性は、ピーア・メクレンブルク。私の腹違いの妹だ。

 一体何で、急に婚約破棄なんて話になったやら……。


「心配するな! ピーアと結婚して、俺がメクレンブルクの当主になったときには、貴様もきちんと嫁に出してやる!」


「ファルター様ってば、お優しすぎですぅ。でもぉ、お姉様みたいな人をお嫁にもらってくれる人っているんですかぁ?」


「なぁに、探せばいるもんさ! 後妻を探してる年寄りジジイとか、貧乏で嫁の来手がない奴とかな!」


「なるほどぉ。ファルター様ってば、頭いいですぅ」


 目の前の茶番劇に頭が痛くなる。


 さて、どうしたものか。

 婚約が破棄されても全く構わないし、むしろこっちも大歓迎なんだけど、この婚約はファルター殿下の父親、つまりは国王陛下から打診された婚約だ。


 ファルター殿下の一存で決められる話じゃない。ついでにいえば、学校の昼休みの食堂でする話でもない。


「……とりあえず、お話は分かりました。続きは学校が終わってから王宮で、ということでよろしいでしょうか」


「ふざけるな! そんな事を言って、話を有耶無耶にするつもりか!」


 いや、だから王宮でと言ったのに。そう言おうとしたけれど、その前に割り込んできた人がいた。


「ファルター、何の騒ぎだ!」

「兄上……」


 ファルター殿下の苦々しい声がする。

 慌てて礼を取った。シルベスト殿下。この国の第一王子で、ファルター殿下の兄君。王太子殿下だ。


「よい、顔を上げろ。ファルター、答えろ。何の騒ぎを起こしているんだ」


 前半は私に、後半はファルター殿下に掛けられた言葉だ。

 騒ぎを起こしていると言われたからか、ファルター殿下は不満そうな顔をしているけど、間違いなくその通りだ。


「俺はマレン・メクレンブルクとの婚約を破棄して、ピーアと婚約する。あんな低能は俺の婚約者に相応しくない!」


「……マレン嬢との婚約は、王家から申し込んだことだぞ。お前は、父上の顔に泥を塗るつもりか」


「ピーアは聖女の再来と言われるほどに優秀なんだ! 低能の女と結婚するよりは父上だって喜ばれる!」


 シルベスト殿下が、額に手を置いている。分かります。大変ですね。


「……お前の言いたい事は理解した。したくもないがな。話の続きは、放課後に国王陛下も交えて王宮で行う。良いな」

「し、しかし……!」


 私が言ったことと同じ事を言ったシルベスト殿下に、ファルター殿下が食い下がろうとする。けれど残念ながら、シルベスト殿下とファルター殿下では役者が違う。


「良いな、ファルター」

「……はい」


 睨まれて少し怯んだようだ。けれど自分が怯んだことをごまかすように、最後はわざとらしく舌打ちをして去っていく。


「あ、ファルター様、待って下さいー」


 妹は、甘ったるい声を出して後を追いかける。その姿を目で追いかけることすらせず、私は頭を下げた。


「殿下、介入して下さり、ありがとうございます」


「礼を言われることではないし、むしろこちらは謝罪せねばならない立場だ。愚弟が申し訳ないな、マレン嬢」


「お気になさらないで下さいませ。私では、王宮で話をするという話に持っていくこともできませんでしたから」


 シルベスト殿下は、何とも言えない笑いを浮かべた。話を持っていくも何も、こんな所で話を始めたファルター殿下が問題だからだろう。


 放課後、迎えを寄越すとだけ告げて、シルベスト殿下も去っていった。


 その直後、いつの間にか静まりかえっていた食堂にざわめきが戻った。その話のほとんどが私やファルター殿下の話っぽいけど、私は構わず食事を続けたのだった。




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