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17.ハインリヒ①

 久しぶりに父が取った長い休暇。


 普段だったら剣の稽古を頼んでいたけど、たまには違うことを父としてみたかった。だから言ったのだ。観光地として有名な街、クベントルに行ってみたいと。


 王都から馬車で三日の道のりだけど、父の馬に一緒に乗せてもらったら、一日で到着した。


 父と一緒の観光地は、とても楽しかった。だけど、あんな事になるなんて思っていなかった。誰が想像しただろうか。観光地にダンジョンが出現するなど。


 そして、自分を庇った父が魔獣の攻撃を受けて、大怪我を負うなど。


「父上っ!!」


 叫んで喚いた。流れ出る血を必死に手で押さえても、血はどんどん流れていく。


「私が治す!」


 そう叫んで飛び込んできた少女の姿は、忘れられない。自分よりも年下に見える女の子。一つだけ年下だと知ったのは、後になってからだ。


 その少女の使った魔術は、少しずつだけど確実に父の傷を癒やしていった。それを俺は信じられない思いで見ていた。近づいていたはずの父の死が遠ざかるなんて、まるで夢のようだった。


 魔術の光に照らされた少女の真剣な目からは、涙が落ちていた。この子も怖いのかと思った瞬間、俺はこの子を守りたいと思ったのだ。



 *****



 俺は魔獣を一刀のもとに斬り捨てる。わずかに乱れている呼吸を整えながら、辺りを見回した。


「とりあえず、一段落か」


 校庭にいた魔獣は、残らず倒した。ダンジョンからは、新たな魔獣が出てくる様子はない。


 このダンジョンというのは、本当に謎だ。どんどん成長していく、というのもそうだが、魔獣も何体も連続して出てくることもあれば、まったく出ないまま何日も経過することもある。


「ハインリヒ様、この後はどうしますか?」

「できればダンジョンに乗り込みたいが……」

「……………!!」


 俺に話しかけてきたのは、剣術科の生徒だ。


 父親が騎士の称号を持っているけれど、騎士は世襲できない。歴とした平民の彼だが、基礎の大切さを知って、きちんと学んでいた。


 それを見て分かったので、俺から話しかけたのだ。とはいっても、あまり仲良くしていると、彼の方が周囲からやっかみを受けることは分かったので、必要以上に話したりはしなかったが。


 緊張で硬くなった彼に、俺は笑いかけた。


「ミルコ、いくら何でも二人で乗り込むのは無茶だ。それに、ダンジョンに乗り込んでいる間に魔獣と戦う奴だって必要だ。いったん戻って今後の方針を決めよう」


 時間が経てば経つほどダンジョンは成長してしまうけれど、だからといって無策に飛び込んでも無駄死にするだけだ。


 戦える人は少ない。今校庭にいるのは、俺たち二人だけ。他にいた奴らには怪我人を運ぶだけやってもらって、あとは引っ込んでてもらった。


「話をするなら、シルか」


 というか、他に選択肢がない。どこにいるか分からないシルを探そうと思った時、後ろに五人くらい引き連れて、あちらから来てくれた。制服が血だらけで、一瞬驚く。


「シルベスト殿下!?」

「大丈夫だ、ミルコ。魔獣の血だろう」


 慌てふためくミルコを制して、シルに声を掛けた。


「校舎に魔獣が入り込んだのか。……大丈夫か?」


 魔獣を倒したのか。怪我人はどれだけいるのか。死者は出なかったのか。

 色々な意味を含んだ「大丈夫か?」を、シルは違わず察しただろう。


「ああ、何とかな。重症者は多数出たが、マレン嬢が来てくれた。きっと助けてくれるだろう」


 重症者、のくだりで血の気が引いた気がしたが、マレンの名前にホッとする。マレンがいるなら、何とかしてくれる。


「それでハイン、こちらの状況は?」

「出現した魔獣は全て倒した。今は出現も落ち着いている」


 俺の言葉に、シルは少し考える様子を見せた。


「お前の目から見て、魔獣の強さはどのくらいだ? 彼らに相手は可能か?」


 指で示したのは、シルが後ろに引き連れてきた五人だ。剣術科の生徒たちの中で、ミルコほどではないが、俺がマシな方だと思っている奴ら。そういえば、いつだったかシルに聞かれて答えたこともあったな。


「……相手が一体なら可能だと思う。まだダンジョンが成長していないから魔獣もそこまで強くないし、出現も大体一体ずつだ」


 少し考えてから答える。そして、シルがそんな事を聞いてくる理由は、たった一つだ。


「ハイン。マレン嬢から、お前をダンジョンに送り込むべきだと話があった」


 シルの言葉は、大方予想通りだった。マレンの名前が出てきたのは意外だったが、俺のことを信じてそう言ったのだと思うと、嬉しい。


「ああ、俺もそのつもりで、お前に話をしようと思っていた」


 この囲い込み型のダンジョンから脱出するには、それしか方法がない。もしかしたら、すでに外から誰かが乗り込んでくれているかも知れないが、そんな楽観的希望に任せるつもりは欠片もない。


 俺が言うと、シルは黙って頷いた。その目は、今まで見た事がないくらいに真剣だった。


「私も一緒に行く」

「……いいのかよ、王太子サマがそんなことして」

「何もしなければ、死を待つだけだ。であるならば、自分の力で生き抜く道を選ぶ。無論、お前に足手まといだと言われれば諦めるが?」


 俺は苦笑して、首を横に振った。この学校内で、一番頼りになる奴だ。そして、二番目に頼りになる奴を振り返る。


「ミルコは? 一緒に来てくれるか?」

「もちろん、参ります!」


 元気な返事に、ホッとする。これで三人。いくら少数精鋭が基本のダンジョンと言っても、少々心許ない。

 情報も何もないのだ。贅沢を言えば魔術師が欲しいし、せめてもう数人はほしいところだが、これ以上は無理か。


「よし。シル、ミルコ、この三人で乗り込むぞ」

「ちょっと待って頂戴」


 かけられたのは、女性の声。向かってくるのは、車椅子に座った女性だ。


「リスベス先生! 危ないから中に……」

「ダンジョンに乗り込むんでしょう?」


 言いかけた言葉は、先生に遮られる。先生は、手の平サイズの袋を取り出した。


「こんな足だから一緒には行ってあげられないけど、これをあげる」


 受け取って中を覗いてみれば、赤とか青とか緑とか、色とりどりの石が見える。


「これはっ、まさか攻撃石ですか!?」


 言ったのは、一緒にのぞき込んできたシルだ。驚愕して先生を見ている。


「そうよ。攻撃用魔術を凝縮・固めて石にしたものよ。持っていきなさい。魔獣にぶつければ、魔術が発動するから」

「……先生、魔術師だったんですか」


 驚きすぎて逆に冷静になった俺がつぶやくと、先生は曖昧な顔で微笑んだ。


「足を駄目にしちゃった、役立たずの魔術師だけどね。それがあれば、三人でも何とかなるでしょう?」


 確かにそうだ。

 魔術師が剣士と違うのは、遠方から攻撃できること。攻撃石があれば、それが可能になる。三人でも十分だ。


「さて、三人とも魔獣と戦った後だからね。――《体力回復エアホールング》」


 先生が魔術を唱えた。怪我を治すのではなく、体力を回復させるための魔術だ。


「さ、これでいいわ。いってらっしゃい」

「ありがとうございます。必ず戻ります」


 心から言って、頭を下げた。


 向かう先のダンジョンは、どこかの城のような形をしているが、まだ高さは大したことはない。

 入り口はまるでこちらを誘うかのように、大きく開いていた。




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