15.回復術士
「クラリッサ様、私があの場所にいるってご存じだったんですか?」
走りながら、質問した。
教室に飛び込みながら、迷うことなく私の名前を呼んだのだ。あそこに私がいると知っていた、と判断した方が早い。
けれど、クラリッサ様は首を横に振った。わずかに表情に嫌悪感がにじむ。
「知っていたというよりは、推察したというべきかしらね。ピーア様から話を聞いてね」
そういえば、妹が何か叫んで走り去っていったんだった。
すっかり忘れてた。
あの場所で何が起こっていたかは、何となく想像がつく。ファルター殿下方の傷に恐怖して、逃げ出したんだろうなと思う。
クラリッサ様たちが妹と遭遇したのは偶然だったらしい。遭遇時、妹はかなり混乱状態だったらしいけど、話からあの教室に怪我人が運び込まれていた事は何とか分かったらしい。
私たちが校庭に向かった以上、当然ながらあの教室の近くを通るわけで、であるならば私はそこで治療をしているだろう、と判断したということだった。
「妹はどうしているんですか?」
「隅で縮こまっているわよ。治療を頼んでも『何でそんなことをしなきゃならないの!』と叫ぶだけ」
突き放した言い方に、私は目を細めた。
怖いのは分かる。逃げたくなるのも分かる。それでも、私たち回復術士が逃げてしまったら、助かるはずの命だって助からない。
震えてもいいし、泣いてもいい。それでも立ち向かわなきゃいけない。
妹は、一番やってはいけないことをやったのだ。
*****
クラリッサ様に案内された場所は、校舎の最上階にある講堂だ。強い血の匂いがする。
「なんでよっ!?」
「治ってっ、治ってよっ!」
聞こえたのは、悲鳴のようにも聞こえる声。涙を流して半狂乱になりながら、それでも回復をしている生徒たちがいることに、安堵を覚える。
妹は……いた。クラリッサ様の言葉通りに、隅にいる。耳を手で塞いで背中を向けて、すべてから逃げ出すように。
「マレン嬢! 来てくれたのか!」
「シルベスト殿下……!」
体が血だらけだ。慌てて駆け寄ろうとしたら、制止された。
「大丈夫だ。ほとんど魔獣の血だから。多少の傷は負ったが、大事ない。それよりも頼む」
「はい」
重症者のいる方を目で見たシルベスト殿下に頷く。治療を始めようとして……大切な事を思いだした。
「殿下、今ハインリヒ様が校庭で魔獣と対峙しています。ですが、ハインリヒ様にはダンジョンの中に入って頂くべきと愚考致します」
「……そうだな」
大きく息を吐きながら、言葉を吐き出した。
「ハインに頼むしかないな。だが、だからといって、一人では無謀だ。……魔術師がいれば本当は良かったんだが、無い物ねだりだな」
魔術師は、回復術士の上位だ。回復の魔術の他に、敵を攻撃できる魔術を使用できる人のことを言う。
攻撃できる魔術というのは国に徹底的に秘匿されていて、そんなものがあること自体、知らない人の方が多いだろうと思う。
それを教えてもらえるのは、国に仕える回復術士の中から、その人の能力はもちろん、人格や思考・家族構成・国や王族への忠誠心。そういったものすべてが審査され、認められた人だけが教えてもらう事ができるのだ。
当然ながら、学生に過ぎない私たちが教えてもらえるはずもない。
「マレン嬢、ダンジョン攻略については考えている。任せてくれ」
力強い言葉に私は一礼して、今度こそ治療を始めるために動いた。クラリッサ様が一緒についてくる。
それを確認しながら、まずは泣いて半狂乱になりながら回復を続けている女生徒たちのところに向かった。




