12.出現したダンジョン
「ダンジョンだと!? どういうことだ!?」
私のつぶやきに、シルベスト殿下が真っ先に反応した。大声のそれに、周囲にいた生徒たちの視線も集まる。
「シル。俺もマレンも、あの街でダンジョンが出現するのを見た。最初にああやって空が赤黒く染まって、それから五分もせずにダンジョンが現れたんだ」
「…………!」
シルベスト殿下が唇を噛んだ。
ダンジョン出現前の兆候はよく知られているから、シルベスト殿下が知らないなんて事はないはずだ。それでも、話で聞いただけと実際に見るのとは大違いなんだと思う。
「分かった。では、生徒や教師の避難を優先に。あとは、すでに軍も気付いているだろうが、連絡を……」
それでもすぐ気持ちを切り替えたシルベスト殿下は、すごいと思う。けれど、言いかけた殿下の言葉は、生徒の悲鳴にかき消された。
「ダンジョンっ!?」
上がった悲鳴は、連鎖していく。我先にと、逃げ出す生徒たち。それを見て、シルベスト殿下はわずかに顔を歪ませたけど、それだけだ。
「……まあいい。あの調子なら、すぐ全員に知れ渡るだろう。自分たちで避難してくれるなら、その方が手間が省ける」
「ですが、取り残される者も出るのでは……」
クラリッサ様が若干青ざめた顔で言ったところで、言葉が切れた。
ドォンっ!
地面を揺るがす衝撃が、走ったのだ。
「うそっ!?」
「早すぎる!」
さっきから一分くらいしか経っていない。
外を見る。校庭に見えたもの。あの街で私たちが見ていたモノとは違う。けれど分かる。
――ダンジョンだ。
「……ハインリヒ様。これって囲い込み型……?」
「ああ、だろうな。……これで、誰も逃げられなくなったな」
校庭に現れたダンジョン。まるでお城のようにも見えるけど、不気味な黒い霧が立ちこめている。
そして、そのダンジョンから壁が伸びている。
高さは五メートルくらいだろうか。全部が見える訳じゃないけど、おそらくこの広大な校舎は囲い込まれている。
これで誰も逃げられないだけではなく、外からの援軍も望めなくなった。
ダンジョンから魔獣が姿を現した。
校庭にいた生徒が、逃げ惑う姿が見える。
「俺は校庭に向かう。シルは、生徒たちを一箇所に集めて防御を固めてくれ」
ハインリヒ様が走り出した。その後を、私も追いかけた。
「おいっ!?」
後ろからの叫び声は、聞こえない振りをした。
「ハインリヒ様!」
「何でマレンついてくるんだ! 避難しろ!」
「怪我人がいたらどうするの!」
「……ああ、くそっ。怪我人連れて、すぐ引っ込めよ!」
もちろん、そうするつもりだ。私がいたって邪魔になるだけなのは分かっている。
校舎内では普段はしない全力疾走をしてもう間もなく校庭に出る、という所まで来たとき、聞こえた悲鳴に足を止めた。
「いやっ! むりよっ!」
妹の声だ。同時に、妹が走り去っていくのが見えた。妹が出てきたのは、出入り口にほど近い場所にある教室だ。
――血の匂いがする。
「ハインリヒ様、私はあっちに行く」
「分かった。俺は校庭に行く。――マレン、いつものだけ頼んで良いか?」
「うん、もちろん」
右手をかざす。ハインリヒ様は目を閉じた。辺境の地でやっていた、出動前の儀式だ。
「ご武運を。――《士気高揚》!」
右手から光が溢れ、ハインリヒ様に降りかかる。午前中に使った遊びみたいに軽くかけるんじゃなく、本気でかけた魔術だ。
ハインリヒ様が閉じていた目を開けたとき、その目には強い意志が見えた。辺境にいたときに、よく見ていた目だ。
「行ってくる」
去っていく後ろ姿を見送ると、私は意識を切り替える。
ここからが、私の戦いだ。




