11.戦場での必要性
「……学校、やめようかなぁ」
「いいんじゃないか? そうしたら俺もやめるから」
合同授業後の昼休み、またも四人で食事をしながら、私が漏らした言葉に真っ先に反応したのはハインリヒ様だった。
学校に入学したのは父に呼び出されてのことで、一応当主は父だからと従った。そして、ファルター殿下の婚約者として、辺境で回復術士をしていたいという我が儘を終わりにするのに、ちょうどいいと思った。
だけど、当主の権限のほとんどは従弟のエッカルトに移ってるし、婚約もなくなった。はっきり言って学校にいる意味がない。
「普通、こういう場合は止めるものじゃないのか。なぜ簡単に同意しているんだ。しかもお前までやめるとか」
「でも、お気持ちは分かりますよ。というか、私とて次期王妃の義務だとか言われて辺境に送られなければ、あれらの女生徒たちと一緒の考えだったでしょうけれど」
「……確かに、そうだがな」
呆れたようにツッコんだシルベスト殿下だけど、クラリッサ様の言葉に渋い顔をされた。
私が使った《士気高揚》。意味がないと言われた魔術。でも、あの魔術は戦場においてはどの回復魔術よりも重要視される。
怪我よりも、体力よりも。真っ先に気持ちがやられてしまうからだ。
ベテランになっていけば自分で気持ちを切り替えていけるものだけど、そのレベルまで到達するのは本当に難しい。だから魔術の力を借りて、魔獣に立ち向かっていくための気持ちを奮い立たせるのだ。
だけど、平和なこの場所では意味がない。だから、この学校でその魔術を覚えている人はほとんどいない。体力や怪我を回復させる魔術を覚えられなかった人が、数を増やすために覚える魔術だ、とされているのだ。
「クラリッサ様は使えるのですか?」
「戦地に行った時、真っ先に覚えたわ」
クラリッサ様は憮然としている。
「本当にね、一度は戦地に行くべきだわ。そうしたら、考えが一転するから」
「全くだな。今まで聞いていたことは何だったんだ、と言いたくなったぞ」
シルベスト殿下も憮然となって、さらに愚痴が続く。
「大体だな、危険がないようにしっかり護衛がつく、なんて言われて送り込まれたが、護衛なんかどこにもいなかったぞ。あの経験が有益だったことは認めるが、何かあったらどうするつもりだったんだ」
ハインリヒ様と顔を見合わせてクスリと笑った。
シルベスト殿下とクラリッサ様。次期王と次期王妃の義務と言われて、辺境の地に来ていたことがあるのだ。
最初は物見遊山気分だったっぽいけど、誰も何も世話してくれないし守ってもくれない。だから、シルベスト殿下は自分の身を守るために自分で剣を振るった。クラリッサ様も完全に放置されて、自分から動かざるを得なかったのだ。
「ちゃんといたぞ、護衛」
「は?」
「いましたけど、魔獣に瞬殺される事態にならない限りは、手を出さないようにしていたそうですが」
「……なんだと?」
唖然としたシルベスト殿下が珍しい。ついでに、クラリッサ様もポカンとしている。
「……護衛、いたんですの?」
「いましたよ」
「回復魔術で回復できる怪我なら問題ないと言われていた」
「「………………」」
ガクッとお二方が揃って項垂れた。ショックだったかな。
お二方が辺境の地にいらしたとき、私が対応に入ることはほとんどなかったけど、注意事項については聞かされている。本当に死の危険があるときは護衛が入るが、それ以外は何もしない。他の軍人と同じ扱いで構わない、と言われたのだ。
あのときは驚いたけど、今こうして学校に来て貴族たちの現状を見ると、次期国王夫妻だけでも戦地での経験をしておくのがどれだけ大切かが分かる。
「……とりあえず、分かった。今日帰ったら、父上に文句を言うことにする」
「シルベスト様、私も同行させて頂いてよろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだ」
……ありゃ。言ったらダメだっただろうか。でも、今さらだしなぁ。まあ頑張って下さい、国王陛下。
無責任にそう思ったときだった。
「あれ何だ?」
「空、おかしくないか?」
周囲がざわつく。同時に、私の背中にゾクッとしたものが走った。
「え?」
「今、のは……」
同じようにハインリヒ様も外を見る。そして、同時に窓際に走り寄る。
そこから見えるのは、校舎内の校庭だ。その上の空が、赤黒く染まっている。見覚えのある光景だ。
「まさか、ダンジョン……?」
ポツリと、私はつぶやいていた。




