プロローグ
「マレン、実家から手紙が届いているわよ」
「手紙、ですか?」
差し出された手紙を受け取る。差出人を見ると、確かに私の実家メクレンブルク家からだった。
嫌な予感がした。
「………………………」
手紙を開けて、中を一読。大きなため息をついた。
「ウラ様、申し訳ありません。実家より、家に戻ってこいとのお達しです」
「あら、何かあったの?」
「……モンテリーノ学校に入学しろと」
「あら、いまさら?」
全くだ。なんで今さら。
私はもう一度大きなため息をついた。
*****
「マレン!」
「ハインリヒ様」
帰り支度をしている所に訪れたのは、私より一つ年上の男性だ。
「王都に行くと聞いたんだが」
「正式に言えば、王都にある実家に帰って、そこからモンテリーノ学校に通うことになるんだけどね」
気分的には「行く」に近いけれど、そこに家がある以上は「帰る」という表現の方が正しいと思う。
「そんな細かいところは、どうでもいい。……本当はマレンにいてほしいんだが」
「ごめんなさい。私も本音を言えば、まだこの辺境の地にいたかった。でも、形式だけでも当主の父に逆らうわけにもいかないし。……ちょうど良かったんだと思う」
ほんの少し笑ってみせると、ハインリヒ様の表情は逆に歪んだ。
と同時に、緊急を知らせる鐘がカンカンと鳴り響く。この地では珍しくもなんともない音だけれど、もうこれからは聞くこともないんだなと思う。
「悪いマレン、行ってくる。……あんな学校に行くために、マレンがいなくなるのは残念だ。また会おう。元気で」
「ハインリヒ様こそ、元気でね。この地では難しいかもしれないけど、体には気をつけてね」
「ああ、ありがとう」
名残惜しそうにしながらも、ハインリヒ様が去っていった。
ハインリヒ様は、この辺境の地にある軍隊のトップ、将軍のご子息だ。その名に恥じない実力の持ち主だし、それなりの地位にもついている。緊急事態に、私と長話はしていられない。
*****
この地は、辺境の地だ。というか、正確には辺境になってしまった、というべきかもしれない。
世界の各地にはダンジョンと呼ばれる迷宮のような遺跡があって、その中には魔獣と呼ばれるものが闊歩している。
ダンジョンは、ある日突然出現する。その場所は、山奥の場合もあれば、街中である場合もある。
なぜダンジョンが出現するのか、一体どこから現れているのかなどは一切分かっていない。ただ言えるのは、ダンジョンが現れると、その周辺の環境が激変するという事だ。
ダンジョンは、ただ出現するだけじゃない。中から魔獣が出てきて、人や街を襲うのだ。
山奥に出現すると、そもそも出現に気付かないままに魔獣の大群が出来上がる。街中に現れると、たとえ一体相手でも死傷者が量産されてしまうし、街が滅ぼされてしまうこともある。
今私たちがいる場所は、まさに元は街だった場所だ。逃げられた人もいるけど、そうじゃない人もいる。どちらにしても、一般人がいられる場所ではない。辺境となってしまうのだ。
軍が派遣され、そこで魔獣との戦いが始まった。私は回復術士として参加していたのだけれど、それも今日までだ。
「ありがとうございました」
厳しい戦いの地ではあったけれど、人同士の絆が強い温かい場所だった。
私は頭を下げて、この地を後にしたのだった。