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第九十四章 枯れ木令嬢と花男爵のやり取り


「クーデターだなんてそんな物騒な話じゃないよ。

 ただね、法に則り、通常通りに行政執行させて下さいと、当然のお願いをしただけみたいだよ。

 それなのに、お触れが出たり、王家が派遣した侍女が、罪状の書かれた立て札を背負わされて王都中引き回されたら王家の恥になる。それはけしからんってごねたそうだ。いい年をしてみっともなく。

 

 実は、判決の時に裁判長が異例の王家批判をしたらしいよ。

 

『国家国民の安全のために、身を粉にして尽くしてきた忠臣との約束を反故にする王家など以ての外だと。

 王家との約束がそんな軽くていい加減なものだとしたら、家臣どころか民は皆、今後王家や国との約束など誰も信じないし守ることもしなくなるだろう。

 そう、精霊契約でも結ばない限りね』

 

 ってね」

 

 精霊契約とは王都の森の中心にある聖堂にいる、とされる精霊王の前で結ぶ契約のことで、それを破ると精霊王の怒りを買って呪いを受けるらしい。

 それ故に滅多なことでは結ばれない契約だった。

 

 父親に付いている精霊フィラムが精霊王だと知っているジュリアは、父親が後継者になる時、国王に精霊契約させれば良かったのにと一瞬思った。

 しかしたとえそれを申し出ていたとしても不敬罪とか言われて、今度は母と自分を盾にして何か言ってきたに違いないとため息をついた。かつて国王が過去に精霊契約を結んだ例などなかったのだから。

 もっともそれは、先々代の国王まではずっと誠実な国王で、精霊契約など必要とはしていなかったからなのだろう。

 先代国王に現国王と、碌でもない不適切な人間が二代続いて国王になったのが不運だったのだ。

 なにせ才媛と評判だったという王妃でさえ、手に負えない人物だったのだから。


 

「裁判長の言葉は全てお触書に記されることになっているんだ。だから陛下はそれを必死に止めさせようとしたらしい。

 珍しいことらしいよ。ヘラヘラしている陛下が必死になるなんて。

 

 裁判長は閣下やルードルフ侯爵の学生時代からの友人で、普段から王家のウッドクラウス家へ対応に疑問を抱いていたらしい。

 そして検察側からの証拠を読んで、あまりにも酷いウッドクラウス家の境遇を知って、処罰覚悟で発言されたみたいだよ。

 

 ああ、大丈夫だよ、その裁判官は懲戒処分になんかなってはいないから。

 

 もし、国王陛下自ら法を曲げようとするなら、高位貴族は全員王城から去って、領地の警備を固めるために、二度と登城しないと皆様が宣言したそうだよ。

 今後特殊部隊に守ってもらえない状況になったら、自分達の身は自分達の手で守らなくてはならないからって」

 

「脅したのですね。十分物騒じゃないですか。

 でもまあ、私からすれば皆様、当然のことしか仰っていられませんけれどね」

 

「あはっ、そうだよね。

 それでもね、最初のうち国王陛下は焦りつつも往生際が悪く、まだなんとか誤魔化せると思っていたみたいなんだよ。

 

 だけど、王妃殿下が恐怖に怯えて大騒ぎをして、国王陛下に彼らの要求を呑むように命令したそうだ。

 その上、散々陛下を詰ってこき下ろし、陛下に暴力を振るった挙げ句、サッサと王太子に王位を譲って引退しろと喚いて、もう手がつけられなかったみたいだ。

 

 それで、その王妃殿下のあまりの剣幕にさすがの国王も度肝を抜かれて、みんなの要求に応じたんだって。もちろん精霊契約にサインして」

 

「王妃殿下が?」

 

 ジュリアは驚いた。

 三か月前の夜会の時に一度会っただけだったが、さすが王妃様だとうっとりするほど、気品に溢れた美しい方だった。

 あの王妃様がパニックを起こして、夫である国王に喚き散らすだなんて、とても信じられないと彼女は思った。

 

 するとジュリアはロマンドから、一般的には知られていない国王夫妻の実情を聞かされた。

 彼らは世間では夫婦仲が良いと評判なのだが、実際は長いこと仮面夫婦なのだという。

 

 その原因は国王の女好き、かついい加減でちゃらんぽらんな性格のせいだという。

 浮気を繰り返しても謝ることも、反省することもなく、かといって誤魔化すわけでもなく、ただのらりくらりとやり過ごす国王の態度に、王妃は疲れて果ててしまったのだという。相手にするだけ虚しいと。

 

 無視することでずっと心の安寧を保ってきたが、やはりその鬱憤は知らぬ間に積もり積もっていて、今回ついに爆発したらしい。

 国が危機的状況に陥ったというのに、それでもまともに取り合おうとしない国王に激怒し、そのせいでとうとう理性を失ったのだろうと。

 

「もしかして、王妃様が切れたのって演技でしょうか?」

 

 ジュリアの推理にロマンドは

 

「鋭いね、ジュリアは」

 

 と、微笑みながら頷いたのだった。

 

 

 王妃は元々見目麗しい上に才媛だと評判の侯爵令嬢だった。結婚当初は先代の国王の悪政で傾いた王家を立て直そうと、相当な努力をしていたらしい。

 ところが、傲慢で専制的な父親と違い、温和で真面目そうだと思っていた夫は、いざ結婚してみると父親より始末の悪い男だった。

 自分に都合の悪いことは全てスルーする人間だった。どんなに注意しても叱っても怒っても、微笑みながらやり過ごす。何の反応も示さない。

 

 結局王妃がどんなに努力をしても何一つ夫は変わらなかった。

 彼女は全てのことに無気力になっていった。何をしてもどうせ無駄なことだと。

 ところがそんな彼女に再び気力というか希望を与えてくれたのが、一粒種の息子のスチュアート王太子だった。

 

 息子の容姿は父親や祖父に瓜二つだったが、成長するとともに、父親を反面教師として、真面目で責任感の強い、立派な王族として成長していった。

 この子ならこの国を立て直してくれるかも知れない。きちんと国と国民のことを考えてくれるかも知れない。

 王妃はどん底の中でようやく光を見つけた気がした。

 それからは息子を支えてくれる良き伴侶を見つけるために、投げやりだった社交にも力を入れ始め、ついに素晴らしい令嬢を見つけ出した。

 それがザッカード公爵家令嬢のエバーロッテだった。

 

 もちろんご令嬢本人が才色兼備で性格が良かったことが、彼女を気に入った理由だったのだが、彼女の父親の存在も大きかった。

 大きな力を持つ公爵家が後ろ盾になってくれれば、これほど安心なことはない。

 しかもザッカード公爵は公明正大で国王とは正反対の立派な人物であったからだ。

 その上近衛騎士団団長でもあったので、国王の愛人達から生まれた庶子達が何か(はかりごと)をしようとしても敵う相手ではない。

 

 すぐさま王妃は王太子の婚約候補を探す名目でガーデンパーティーを主催した。すると、王妃が態々画策することもなく、スチュアート王太子とエバーロッテは一目でお互いに惹かれ合うようになった。

 しかしスチュアート王太子が正式な婚約は自分が学園を卒業してからにして欲しいと強く主張したために、エバーロッテの立場は筆頭婚約者候補になった。

 もちろん他の候補者はいなかったのだが、王太子はまだ学園にも入学していない彼女に重責を負わせたくなかったのだ。その時スチュアート王太子は十二歳でエバーロッテは十一歳だった。

 

 そしてその後、二人はお互いに思い合いながらもすれ違い思い違いを繰り返していたために、王妃は冷や冷やし通しだった。

 しかし花男爵のフォローもあって、一年ほど前に二人はようやくお互いの思いを確認し合うことができた。そして以前にも増して仲睦まじくなって無事に婚約をし、三月ほど前に結婚式の日取りを発表することができたのだった。

 そしてこの王太子殿下の成婚の日時が決まった直後に、王妃は早めに国王を隠居させようと考えていたようだと、ロマンドは王太子から聞いたという。

 

 というのも、悲願であった王太子の成婚がようやく決まったことでホッと一息ついていた王妃に、息子が現在の国の安全体制の不備を指摘したからである。

 つまり、この国の国防をほとんど一身に背負わされている、ウッドクライス伯爵並びに特殊部隊の隊員が、過酷過ぎる任務で皆疲弊しきっていている実情を知らされたからである。

 そしてもしこのまま改善されなければ、彼らが国家離反する確率はかなり高いものになる、というシビアな現実を突き付けられたのだ。

 

 

 国防の問題は女性が関与するものではないとされ、歴代の王妃はこの特殊部隊の存在さえ知らされていなかった。

 もし、王太子に教えられなければ、彼らの存在やウッドクライス伯爵家の悲劇を知らずに、成すすべもなく国の崩壊を目の当たりにするところだっただろう。ただ呆然と。

 王妃は一連のウッドクライス伯爵家の悲劇に涙し、その元凶である先王と現国王である夫に激しい怒りを感じた。

 

 そして密かにウッドクライス伯爵や既に馴染みとなっていたプラント男爵、そして特殊部隊の面々、そして高位貴族の当主達と何度も密会し、これからの国防のあり方、改編、改善について話し合ったのだった。

 もちろん、今後の国王の処遇についても。

 




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