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第八十一章 枯れ木令嬢と王家の裏切り


 ハーディスは再び謁見の間の方を見つめた。するとまたもや無責任で図々しい王族達の顔と言葉が浮かんできて、(はらわた)が煮えくり返ってきた。

 悪魔はあのバージルだけではない。直接手を下していなくても、王族がこれまで我々にしてきた行いは、間違いなく悪魔の所業だ。

 今度ばかりはこのままでは済まさない。もし反省も改善もしようとはせず、このまま放置しようとするならば、目に物見せてやる。

 

 ハーディスがこう心の中で誓った時、部下が近寄ってきて、昼休憩の終わりを告げた。

 

 ハーディスは腰を上げると、再び地下への階段を下りて行き、最後の取り調べに立ち会うことにした。

 するとなんとその取り調べ室の前には、思いもよらない人物が立っていた。

 

「王太子殿下、このような場所にどうなさったのですか? 

 しかも変装までなさって」

 

 ハーディスの言葉に、スチュアート王太子は少し戸惑った表情を浮かべてこう言った。

 

「この国を、王室を本当に変えたいというのなら、現状をその目で確かめるべきだとロマンドに提言されたのだ。

 報告書だけを読んで理解しているつもりになっていては駄目だ。視認しないと実感できないとね」

 

「確かにその通りですね。私も己の罪を実感するために、これまで取り調べに立ち会ってきたようなものですからね。

 しかしそれはもうハードでしたよ。殿下にその覚悟がお有りなのですか?」

 

「正直あまり自信はないけれど、王家がこれまでウッドクライス家や『緑の精霊使い』をどのように扱ってきたのか……それを知ろうともせずに、ジュリア嬢を利用しようとしたことがどんなことなのか、それを知る義務があると言われたのだ。

 そしてそれを知るつもりがないのなら、今後一切付き合わないし、親友とは呼ばれたくないとロマンドに言われた。

 彼に見捨てられたら、私は心を許せる友が皆無になってしまう。そして、婚約者からも軽蔑されてしまう。

 だから逃げるつもりはありませんよ」

 

 王太子の言葉にハーディスは、そうですかと答えると、先に取り調べ室の中に入って行った。

 

 ✽

 

 使用人達の取り調べは予想通りだった。

 (ちょう)と名の付く者以外は全て、執事と侍女頭とメイド長、そしてリンダが悪いのだと言った。自分達は彼らの命令に従っただけだと。

 

 特に国から派遣されていた使用人達は、ウッドクラウス伯爵家の元々の使用人の指示に従っていればいい、そう命じられていたという。

 そして国から唯一厳命されていた事柄は、伯爵家の中でのことは見ざる言わざる聞かざるだということだった。

 それは、伯爵家の内情を外へ漏らさないという意味合いだけでなく、王家や王城にも知らせるなということだったらしい。

 つまり王家も国も一切関知しないということだ。

 ウッドクライス伯爵家の事は王家に任せ、任務に励めと言っていた国王達の言葉は、一体何だったのだろうか。

 

 おおよその予想をしていたハーディスとは違い、スチュアート王太子は眉間に深い皺を寄せた。

 自分の父親をなあなあでいい加減な国王だとは思っていたが、ここまで酷いとは思ってもみなかったのだ。

 

 

 そして部下に苛めを強いたと名指しされた侍女頭とメイド長は、今度は執事のバージルから依頼されたから、仕方なかったと供述した。

 

「シンディー様がハーディス様から蔑ろにされているので守ってやって欲しい」

 

 と言われたからやったのだと。

 

 彼女達は元々、夫であったハリスに放っておかれていたシンディーに同情していたのだと言った。

 だから前当主が死んでハーディスが新しい当主になった時、彼がシンディーを哀れに思って彼女と再婚するものだと思ったという。

 

 跡取り息子がまだ成人する前に夫が早世した場合、夫の弟と再婚することはよくあることだったからだ。

 しかも彼女は、夫の隠し子を三人も引き取った慈悲深い女性なのだ。

 それを鑑みても新当主は世間体を気にして、シンディーを見捨てたりしないだろうと思ったのだという。

 

 ところが驚くことに二人は結婚しなかった。それどころか、ハーディスはシンディーにこう告げた。

 

「ここに残りたいというのならそれは構わない。しかし、貴女にはこの家の家政を代行してもらいたいと思う。それが嫌ならカークとともに実家へ戻って欲しい。養育費は成人するまで支払おう」

 

 と。前当主の嫡男と共に前夫人を追い出そうとするなんてなんて酷いのだろう。可哀想な前夫人を何としても守らなければ、とそう思ったのだと彼女達は言った。

 まさかカークがシンディーとバージルの不義の子だとは思ってもいなかったと。

 それを聞いたハーディスは、ドスの効かせた低い声でこう言った。

 

「嘘を吐くな! 

 詮索好きなお前達が二人の関係に気付かない訳がないだろう。

 これまでお前達がシンディーに脅しをかけて、好き放題してきたのはわかっているのだぞ。他の者達からの証言は取れているだからな。

 

 今までお前達二人は、家政を全く顧みないシンディーのおかげで好き勝手ができていた。

 それなのに、別の者が屋敷の女主になって新たに家の中を取り締まることになったら面倒だ、そう思ったからバージルに便乗しただけだろう。

 それ以上自分達に都合のいい、いい加減なことばかり語るのなら、お前達に自白剤を飲ませるぞ」

 

 ハーディスのその一言に彼女達は震え上がり、その後正直に全てを白状したのだ。

 ジュリアを虐めて彼女自らウッドクライス伯爵邸から出て行くように仕向けろ、とバージルに指示されたのは事実だ。

 しかしその虐めが次第に楽しくてやめられなくなって、いつしか日常化していったのだと。

 伯爵令嬢を下女のように使役し、見下すことが気持ち良かったのだと。

 それは上の二人だけではなく、男の使用人や国から派遣された者を含めて全員がそう言った。

 

 そしてせっかくみんな一丸となって楽しんでいたのに、一人だけジュリアを庇ってその輪を壊し、雰囲気を乱したヴィオラがどうしても許せなくて暴力を振った。

 そうメイド長を含むその他のメイド達が呟いた時、それを聞いていたハーディスは、怒りで頭の血管が切れるかと思った。

 周りにいた王太子や取り調べ官達に取り押さえられなかったら、恐らく彼は彼女達を殴りつけていたかもしれない。

 

 

 裁判が行われれば、侍女頭とメイド長以下使用人全員が有罪となることは確実だ。

 罪状の書かれた立て看板を背中に背負って、王都中引き回され、最終的に懲罰房へ収監されることになるだろう。

 

 刑期まではわからないが、おそらくかなり長いものになるだろう。しかも刑期は収容所での労働態度も加味されるのだ。

 これまで散々怠けて楽をしていた者達が、厳しい労働刑をまともにやり遂げられるとは思えない。

 しかも、たとえ刑期を終えて出て来たとしても、もう二度とまともな所では雇っては貰えないだろう。

 主の命令に従わず、しかも主の娘を使用人のように働かせた者など、誰が雇うというのだ。

 

 今度のことは使用人達やその身内だけでなく、その雇い主のウッドクライス家の恥でもある。

 しかし、ハーディスはそれを隠すつもりはない。

 それは己自身の愚かさを罰したいと思うのと同時に、ウッドクライス家の実情を世間にも知ってもらいたいという気持ちがあるからだ。

 

「私や父にも使用者責任がありますからね、どんな罰でも受けますよ。 

 大体国際手配の詐欺犯罪者と関わりのあった使用人を雇っていた責任は重いですからね。私は今の職を辞任するつもりですよ。

 ああ、もちろん今回の事件が全て終わってからですが。

 すみませんね、我が家の件を優先させて頂いて。でも、詐欺事件の方も同時進行で進めていますから、間もなく解決するでしょう。そうなれば私は潔く責任を取りますからご心配なく」

 

 防衛統括大臣であるハーディスのその言葉に、スチュアート王太子は真っ青になった。

 彼が辞めたらこの国の防衛がどうなるか、それは火を見るよりも明らかだ。

 しかも後継者になる者がまだ見当たらないというのに。

 王太子の親友ロマンドは、ハーディスに匹敵する能力を持っていると言われているが、まだまだ力のコントロール技術に課題を抱えていると聞いている。

 その上、彼がその役目を拒否することは想像に難くない。

 

「防衛統括大臣閣下、貴方に責任などはありません。

 ウッドクライス伯爵家のことは王家に任せるように、と明言したのはこの国の国王陛下なのですから、責任を取るのなら陛下本人です」

 

 王太子の身分のままでは、国王に責任を取らせることは難しい。それをわかっていながも、スチュアート王太子は生唾を飲み込み、震える声でこう告げた。

 

 学生時代からずっと考えていたではないか。あのどうしようもない怠け者でやる気のない国王を引き摺り下ろして、自分が早期に即位することを。

 自分が覚悟さえ決めれば、きっと婚約者のエバーロッテとザッカード公爵家の面々は協力してくれるはずだ。そして親友ロマンドも……

 スチュアート王太子はそう確信していた。

 

 

 王太子の言葉を聞いたハーディスは、その真意を確かめるように、暫く目の前の若者を見つめていたが、やがてこう口を開いた。

 

「申し訳ありませんが、殿下の発言の真偽を確かめるまでは、それを鵜吞みにはできません。

 しかし、取り敢えず、王家から派遣された侍女達の罪状は包み隠さず公表します。それは構いませんよね?」

 

 と。

 

 市中を引き回される罪人の看板には、彼らのプロフィールが罪名とともに書かれることになっている。

 今回の罪人のうち、その半分の罪人の看板には、王家での勤務履歴が記載されることになるだろう。

 つまり、王家がまともに使用人を教育できていないこと。

 そしてそんな無能な人材を家臣に派遣し、家臣の家を崩壊させたその事実が国中に周知されるのだ。

 恐らく高位貴族も黙ってはいないだろう。その家というのが、建国時からずっとこの国を守り続けてきてくれた家だと知っているのだから。

 

 これはウッドクライス家当主としてのハーディスの、王家へのほんの細やかな意趣返しであった。

 


 これで一応、ウッドクライス家関連の断罪の話はおしまいです。

 次章からは少し視点が変わります。そして、国際手配されている西の国の詐欺師や、西の国反政府主義者、そして王家との戦いへと続いて行くと思います。

 楽しみにして頂けると嬉しいです!


 読んで下ってありがとうございました。


*そして、いつも、いいね!を下さる特定の読者様には特に感謝しています。

 アクセスがあまり伸びなくて落ち込みそうになった時の支えになっています。 

 いつも、本当にありがとうございます! 完結まで頑張ります。

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