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第八十章 枯れ木令嬢と真実 7


 ハーディスに妻子がいることを何故教えなかったのだと、バージルは侍女頭達に詰め寄った。

 しかし、彼女達は本当に何も知らなかった。それほどハーディスは実家と関わってこなかったのだ。

 

 

 それを知ったバージルは彼の事情を察した。

妻子がいると当主は言ったが、その事実がまだ世間に知られていないということは、彼らはまだ内縁関係なのだろう、と。

 それならその女が本妻になる前に始末をすればいい。ハーディスは引き継ぎで超多忙だ。今直ぐ妻子を呼び寄せることはできないだろう。

 こっちは既に一人殺しているのだ。あと二人殺したって変わりはしない。

 最初バージルはそう思っていた。ところがシンディーは、ハーディスに結婚を拒否されるとバージルにこう言った。

 

「私は夫に見向きもされないお飾りの妻でいるのにうんざりしていたの。

 だからハーディス様に内縁の妻がいるのだったら、無理矢理その人を追い出してまで妻になんかなりたくないわ。

 お願いだから、私とカークをここから連れ出して。

 実家の父に頼めば何とか三人で暮らして行けるように助けしてくれるわ」

 

 シンディーにはもう、ウッドクライス家を乗っ取ろうなどという気力は残っていなかった。

 それを感じた取ったバージルは、ハーディスの妻子を亡き者にするという過激な計画は諦めた。シンディー本人に本妻になる気がないのならどうしょうもない。

 しかし、シンディーにはこの屋敷に留まってもらわないと困るバージルは、彼女にこう言った。

 

「申し訳ありませんでした。貴女にまた辛い思いをさせようとしてしまうなんて。まさか、ハーディス様にそんな想い人がいらっしゃるとは思わなかったものですから。

 私だって、無理に貴女とハーディス様を結婚させたいと思っていたわけではないのですよ。

 私は貴女を誰よりも愛しているのですから。ただこの先平民の私と結婚するよりも、伯爵夫人でいらした方が貴女にとって幸せなのではないかと思ったのです。

 貴女は元々高貴な侯爵令嬢でいらしたのですから。

 それに、カーク様のことを考えると、私の息子になるよりも、ハーディス様の保護下にいた方が身分が保証されて、未来が開けると思ったのです」

 

「ああ、そうね、カークのことを考えると、ここを出るのは得策ではないわね。私達はあの子の幸せを一番に考えないといけなかったわね」

 

「そうですとも。それで、私に一つ考えがあるのです。協力して下さいますか?」

 

 バージルは愛を囁いて、シンディーをコントロールするのは得意中の得意だった。

 この後バージルは、あのウッドクライス伯爵家偽装家族の構想をシンディーに告げたのだった。

 

 そう。ハーディスには本妻シンディーとの間に、カークを筆頭に四人の子供がいるというあの設定だ。

 

 そしてその後、直ぐ様昔の商会時代の伝手を使って、バージルはハーディスの妻子の居場所を突き止めたのだ。

 


  *



「どうか子供達から父親を奪わないで」

 

「お願い、私達からお父様を奪わないで!

 今でさえお父様は滅多に家に帰ってこないから、三歳の一番下の弟のケントは父親の顔を覚えていないのよ。

 それなのにもしこのままお父様に捨てられたら、父親の顔を知らないまま別れることになってしまうわ」

 

 シンディーに続いてリンダがこう懇願した時、ケントが激しく泣き出した。

 シンディーに抱っこされていたケントを、隣にいたリンダがこっそりつねったのだ。

 そしてその泣き声を聞いて、ハーディスの妻は罠に落ちたのだ。

 

「ハーディス様が結婚していたとは知りませんでした。皆さんから夫や父親を奪ってごめんなさい。

 あの人とは別れます。この家からもすぐに出て行きます」

 

 ハーディスの妻はそう言ったのだった。

 そして、バージルが強硬手段を取らずとも、彼女は娘を連れて数日後には港町の家から出て行った。彼らが呆れるほどあっさりと。

 しかもシンディー達の言葉を素直に信じたらしく、シンディーや子供達に関することなど一切触れずに、


「私はウッドクライス伯爵家には相応しくありません」


とだけ書いたメモを残して。

 

 

 ✽✽✽

 

 

 ハーディスはベンチに座ったまま、謁見の間のある建物の方を見ながら、十年前のことを思い返していた。

 

 まだ三十になったばかりの兄が死んだと聞いて、ハーディスは信じられない気持ちで、新人教育を施していた地方の演習場から急遽屋敷に戻った。

 兄は過労による突然死だと診断されていた。悲しみの中、父親も部下達もこの死因に納得していた。

 ハリスがこの二ヶ月、南の国との小競り合いの対策に奔走していて、ろくに休めなかったことを皆分かっていたからだ。

 

 しかし、兄ハリスは『緑の精霊使い』だ。そして彼の相棒である緑の精霊は回復力が使えたのだ。

 黄色の精霊ほどではないが、緑の精霊の回復力も植物だけでなく、人間にも効く。

 しかも、ハリスの相棒の回復力は黄色の精霊に匹敵するほど大きかったはずだ。

 それなのに何故兄を助けられなかったのだ? と、ハーディスはハリスの死因に疑問に思った。

 だから、兄の死因を調査したいと父親に訴えた。しかし父のゴードンは、

 

「死んだ者は帰らん。お願いだからこれ以上騒ぎ立てずに、ハリスをゆっくり眠らせてやってくれ!」


 と言って、ハーディスの話など一切聞こうとしなかった。父親は素直で優しくて優秀な長男を溺愛していた。だからその突然の死にショックを受けて、彼はもう何も考えられなくなっていたのだろう。

 

 ハーディスは、そんな父親をとても説得できるとは思えなかった。そこでその足で王城へと向かい、国王との謁見を求めた。

 そして謁見の間で国王に、兄の死因の原因究明がしたいので解剖して欲しいと申し出た。

 ところが、父親と妻がそれを望まないのであれば無理だと、弟の主張はあっさりと退けられてしまった。

 

「この国の防衛統括大臣が不審死をしたのです。それなのに死因を確かめなくてもいいとおっしゃるのですか!」

 

「いや。防衛統括大臣ともあろう者が不審死するわけがないだろう?

 もしそんな噂が流れたら、貴族達が不安になる。それに国の威信にも関わる。 

 第一君はそんなことに関わっている暇はないだろう? 今すぐにでも君はウッドクライス伯爵家を継ぎ、防衛統括大臣とならねばならないのだから。

 今この国が緊張状態にあることはわかっているのだろう」

 

 ハーディスは国王に抵抗したかったが、国の防衛に穴を開けたままにはしておけなかった。仕方なく彼はすぐさま家督を継ぎ、防衛統括大臣に就任したのだった。

 

 あの時国王は、国が責任を持って兄の死亡原因を調べると約束をした。しかしその報告は未だに聞いていなかったなと、ハーディスは今更のように思った。

 もちろん、さすがにハリスに続いてハーディスにまで何かあったら大変だとは思ったらしく、その後ハーディスには国からの護衛だとか影が何人も付けられた。

 しかし彼らは屋敷内にまでは入ってこなかったのだから、結局何の意味もなかったなと、ハーディスは苦笑いを浮かべた。

 

 なにせあのウッドクライス邸こそが伏魔殿だったのだから。

 兄を殺した悪の張本人である執事のバージル=ハントこそが、あの屋敷を好き勝手に取り仕切っていたのだから。

 自白剤を飲まされたバージルとマリアが、自分達がしてきた悪事を全て白状したのだ。

 あの悪魔は、当主であったハリスに西の国から入手した特殊な飲み物、つまり緑の精霊が苦手とする、黒の精霊のパワーが込められた毒を飲ませて暗殺したのだ。

そしてその薬を融通したのがシンディーの母親マリアだった。

 彼女の実家が付き合っていた、例の肥料詐欺に関わっていた不動産屋に頼んで、その毒を手に入れたのだ。たらればを言っても虚しいが、もしもそれがもっと一般的な毒薬だったならば、ハリスは彼の精霊の持つ回復力によって助かっていたかもしれない。

 

 取り調べ室で全て吐き出した後で、バージル=ハントは最後にこう喚いた。

 

「お前みたいな馬鹿な女にちょっと同情してやったのが失敗だった。

 しかも侯爵の娘なんかじゃなくて、西の国の犯罪者の娘に、奥様奥様とへりくだっていたかと思うと反吐が出るわ!

 くそっ! お前なんかと関わって、無謀な高望みをしちまった結果がこのざまだ!」

 

 茫然自失となって、何の感情もなく、愛人を見つめるシンディーの代わりに、ハーディスは渾身の一発をバージルの顔に叩きつけた。

 バージルは座っていた椅子ごと尋問室の石壁に激突した。

 前歯は全て吹っ飛び、恐らく顔と背骨の何本かは折れただろうが、ハーディスの相棒である緑の精霊フィラムによって力を抑えられていたので、バージルは取りあえず生きていた。

 

 もしフィラムがいなかったら、バージルは即死というか、塵になって原型を留めていなかっただろう。

 もっともどうせその男は死罪を免れないだろうが、ハーディスまで人殺しにするわけにはいかないと彼の親友は思ったのだろう。

 

 それ故頼まれもしないのに、バージルに軽く回復魔法をかけたフィラムだった。

 そう。緑の精霊の王であるフィラムは、植物だけでなく他の生き物に対しても回復魔法が使えたからだ。

 

 それをハーディスは余計なことをするな!と思いつつ、苦々しそうにバージルを見つめた。この男が自分のたった一人の兄を殺し、最愛の妻子と自分を引き裂いたのだ。

 この男のせいで兄は、愛するケントが実の息子だと気付くことなく死ぬことになり、唯一愛した女性を不幸にしてしまったのだ。

 そしてこの男のせいで、自分もまた妻を失くし、他人から枯れ木令嬢と揶揄されるほど娘を苦しめてしまったのだから。

 

 

 ハーディスはウッドクライス伯爵家の当主になった時点で、結婚も自分自身で決定することができるようになっていた。

 それ故に父親から兄の妻だったシンディーとの結婚を求められても、冗談ではないと彼はそれを即座に一蹴した。

 ハーディスには籍こそ入れられなかったが、最愛の妻マーガレットと、愛娘のジュリアがいたからだ。

 彼は一連の引き継ぎが終わって一段落着いたら、すぐに妻子を迎えに行くつもりでいた。しかし……

 

 いくら寝る間もないほど忙しかったとはいえ、ハーディスはたった一通でいいから手紙を出しておくべきだった。

 さもなければ、親友のジャイド=ルードルフ侯爵にでも頼んで、現状を伝えてもらい、王都へ住居を移す準備をしておいて欲しいと伝えておけばよかった。

 それをしなかったことを、その後ハーディスは、死ぬほど後悔することになったのだ。

 




 読んで下さってありがとうございました!

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