第七十八章 枯れ木令嬢と伯父の結婚 2
では何故『緑の精霊使い』であるゴードンが、嫁のシンディーに対してそれ程不快感を抱かなかったのかといえば、シンディーが『黒の精霊使い』の血を引いていたとはいえ、それがかなり薄まっていたからだろう。
彼女は単に『黒の精霊使い』の孫だったに過ぎないのだから。
ただしゴードンが直接シンディーを屋敷の薔薇園へ連れて行き、手入れの方法でも教えてさえいたら、彼女が『赤い手』の持ち主で、女主には適さない女性だということはすぐに分かっただろう。
彼は全て妻に任せ切りで、本来のウッドクライス家の当主としての自覚が足りなかった。そのことがそもそもの悲劇の始まりだったのだ。
ゴードンは『緑の精霊使い』を統括する者だったが、その実力は二人の息子達より劣っていた。
同じ仲間である『緑の精霊使い』や『緑の精霊』を見分ける力はあったのだが、それ以外の精霊を感知するまでの能力はなかったのだ。
それに比べて、ハリスとハーディスは『精霊使い』としての能力が高く、緑の精霊以外の精霊や精霊使いの気や血の匂い、しかも薄まったものまで感知することができたのだ。
もっともハーディスの方は、さすがに義姉であるシンディーとは親密な関係になることがなかったので、その血の匂いまでは感じ取ることはできなかったのだが。
つまり『緑の手』の持ち主で『緑の精霊使い』であるハリスと、『赤の手』の持ち主で『黒の精霊使い』の血を引くシンディーが、そう簡単に上手く行くはずがなかったのだ。
それでも夫婦として関係を構築したいとお互いが強く願い、絶えず努力を続けていたのならば、もしかしたらそれなりの夫婦にはなれたのかも知れない。政略結婚をした他の貴族夫婦のように。
しかし、ハリスは国命による任務を全うするために、滅多に屋敷には帰れなかった。
それでも彼は忙しい中でどうにか時間を見つけ出し、できるだけ手紙や贈り物を送ってコミュニケーションを図ろうとはしたのだが、それくらいでは夫婦の絆は結べなかった。
ハリスは自分の正体を明かすことができなかったので、シンディーの不満は増大するだけだったのだ。
本来はハリスの事情を知る父親のゴードンや王族が何かしらフォローすべきだったのだ。
しかし、結局彼らは何もしなかった。それ故に二人の間にできた溝は深くなる一方で、いつしか手の施しようがない状態になり、結局最悪の事態を招いたのだ。
そしてヘンドリクス侯爵に至っては、愚痴を言いにくる娘に対してこう言い放った。
「ウッドクライス家は特別だと最初から説明しておいただろう。
お前はあの家の奥方になるということは大変だとわかった上で、それでも自ら望んで嫁いだのだから、不満など漏らすな。伯爵夫人としてしっかり励め!」
と。冷たいようだが、実際彼の言ったことは正論だった。
二人は仮面夫婦にすらなれない程他人行儀な関係だった。ただハリスは、妻に対して愛情はなくてもちゃんと情は持っていた。
だから、シンディーが女性として子を望むことは当然のことだと思っていたので、執事との間に子供を作ったことも知らぬ振りをしていたのだ。
そして会うことはなかなか叶わなかったが、それでも父親としてできるだけの愛情を持ってカークに接していたのだ。
まあ、ハリスはそんな風に情のある人間だったので、あちらこちらの恵まれない子供達に援助していた。
そのせいで彼は、各地に女性を囲って子供を作っているなどという、不名誉な噂を立てられてしまったわけだが。
そしてその後始末を、弟のハーディスが全て背負い込む羽目になったのだ。
それにしてもそんな鷹揚なハリスを、何故執事のバージルが殺したのかといえば、
「カークはこのウッドクライス家の跡を継げない。それ故、もし貴族としてこの先も暮らして行きたいのならばどこかの婿養子になるか、何か自分で功績を上げて自ら爵位を得るしか道がない。
それ故、今のうちからそれに向けて努力するように」
カークの八歳の誕生日に、ハリスがこう言ったからだったという。彼はカークのためにそう言ったというのに。
ウッドクライス一族の血を継いでいないカークには、『緑の精霊使い』になる可能性はゼロだ。つまり彼は絶対に当主にはなれない。
だから、カークが将来自立できるように早めに準備を整えてやろうと、ハリスは考えたのだ。
カークが跡目を継げないということは、シンディーも承知していると舅であるヘンドリクス侯爵から聞いていた。だからこそ、ハリスは念を押すためにそう言ったのだ。
ところがシンディーの頭の中からは、結婚前に父親から聞かされていた跡取りに関する決まり事の話など、とうの昔に消え失せていたのだ。
そのため彼女は、その事実をバージルには話していなかった。
それ故に二人はこの話を聞いた時、カークが不義の子だとハリスに知られてしまったのだと思った。だからたった一人の嫡男なのに、ハリスはカークに跡を継がせてくれないのだと。
しかし二人はハリスが死んだ後になって、何故彼がカークを跡取りにできないと言ったのか、ようやくその理由を知ったのだった。
シンディーとその母親のマリアは、ハリスの息子であるカークを当主とし、息子が成人になるまでは当主の弟だったハーディスに代理人として補佐してもらいたいと主張した。
そしてもしハーディスがそれを拒否するなら、別の代理人を立てることを認めて欲しいと。もちろんそれはバージルのことだったのだろう。
彼女達はウッドクライス伯爵家の存在理由を知らなかったので、自分達の主張が通るものだと信じて疑わなかった。
しかし、その嘆願は国王によってあっさり排除された。そしてその場でハーディスがウッドクライス伯爵家の当主に決定したのだ。
それは当然のことだった。
ウッドクライス伯爵家の当主になること、それはすなわち、国の防衛統括大臣の職に就くことを意味していたのだから。
たとえ万が一カークが「緑の精霊使い」だったとしても、まだ九歳の子供が務まるわけがなかったし、ましてや無関係な代理人を置くことなどできるはずがなかったのだから。
納得がいかずに食い下がろうとした妻子に、ヘンドリクス侯爵は厳しい顔をしてこう言った。
「ウッドクライス伯爵家の当主を決めるのは国王だと、結婚前から話してあっただろう?
今更異議を申し立てて何になる。愚かな真似をするな。王族と高位貴族を敵にして、お前達はこの国を追い出されたいのか?」
と。
王城から戻ってきたシンディーからその話を聞いたバージルは、思いも寄らない展開に驚愕した。
そしてそれと同時に内心怒り狂った。何故そんな大事なことをシンディーは忘れていたのかと。
『ウッドクライス伯爵家の当主は国王陛下がお決めになり、嫡男だからといって後継者になれるとは限らないだと?
そのことを知っていたら、俺はカークを無理矢理当主にしようなどとは画策しなかった。
そしてあのばばあの話に乗ってハリス様を亡き者にしようだなんて、そんな恐ろしいことは考えなかった。
財産分与をしてもらえるのなら、それだけで御の字だったのに』
と。
今更だがもし彼らがそこで引き返せていれば、ハリス暗殺もカークの出生の秘密も露見せず、親子三人で人並みの生活ができていたかも知れない。
ウッドクライス伯爵家やヘンドリクス侯爵からも、多少なりとも援助してもらえただろうから。
しかしバージルは、主がほとんど帰らない伯爵邸において長いこと頂点に立ち、自由気ままに過ごしてきた。
それ故に人を操り采配する楽しさ、そしてそれで得られる優越感を手放したくはなかった。
そこでバージルはシンディーをハーディスの後妻にして、これまで同様にどうせ留守がちになるであろう当主の代わりに、ウッドクライス家を支配しようとした。たとえそれが砂上の楼閣だろうと。
そのためにハーディスの同情を買おうと、ハリスが支援していた子供を引き取ることにしたのだ。
しかしハリスが育児支援金を送っていたのは二十人ほどだったが、簡単に自分の子を養子に出すと言ったのはリンダとキャシーの母親だけだったのだ。
そしてケントが引き取られたのは、母親が息子をシンディーに渡したからではない。彼女の意志を無視したとある不可抗力のせいだった……
第七十一章の中でのシンディーの実の父親に関する内容を、一部変更しました。
シンディーの実の父親は、西の国の『黒の精霊使い』となっていましたが、それを、その『黒の精霊使い』の息子に変えました。
つまりシンディーは『黒の精霊使い』の孫ということになります。
申し訳ありません。
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