第七十三章 枯れ木令嬢と真実 4
「確かにあなたは気の毒だと思う。だから兄はあなたに手を差し伸べたのだろう。
しかし、たとえまだ精神的に立ち直っていなかったとしても、恩人である兄の名誉も考えずに、兄の未亡人に兄の娘だと偽り自分の子を手渡すとは許されることではない。
あの女に利用されることはわかり切っていたのだから。
そのせいで息子だけでなく娘も罪人にしたのだぞ」
「許して下さい。あの子は何も知らないのです。本当にハリス様を父親だと信じていたのです」
「兄の子だと思っていながら、平然と私の娘だと偽って、私の実の娘をいたぶり続けたというわけか? なおさら悪質だな。
あなたは私の娘がリンダに何と呼ばれていたか知っているか?
『枯れ木娘』だぞ。執事やシンディー達と一緒になってあなたの娘は、私の娘にまともな食事を与えないようにしたせいだ。そのせいであの子は栄養失調で何度も倒れたんだ。
もしあの子が死んでいたら、私がこの手であいつらを殺していただろう!」
ヒュッ!と息を呑んだのはリンダの母親だけでなく、その場に立ち会っていた者全員だった。
どんな厳しい状況においても冷静沈着で、いつも穏やかな紳士であったウッドクライス伯爵の意外な一面を知り、皆は驚いた。
しかし彼らもすぐにそれは当然なことだと思い直した。自分の子が同じ目に遭ったとしたら、とても許せるとは思えなかったからだ。
「その上、リンダは私が娘に贈った装飾品を盗み出し、兄に渡していた。そして窃盗団のリーダーだった兄はそれを裏で売り捌いていたんだよ。
愚か者の私とは違って娘の婚約者は優秀でね、屋敷の者達を信用していなかったんだよ。だから、娘への贈り物には位置が特定できる装置を付けておいたんだ。
だから私が娘への贈ったはずのネックレスが、まずリンダの部屋に移動し、それから屋外へ持ち出され、窃盗団のアジトへ運ばれ、そこから何処へ売り飛ばされたかまで、全て記録されていたんだよ。
そうやって盗み出された貴金属は一つや二つじゃなかった。あなたの息子と娘の犯罪の証拠には我が家の物だけでも十分くらいだったよ。
しかしこれから調べが更に進めば、もっと多くの窃盗の事実が立証されるだろうね。被害額は相当大きいだろう。恐らく一生働いても返せないだろう」
伯爵の言葉にリンダの母親はもう諦めの表情で、それでは息子達は一生労働刑務所から出られませんねと呟いた。しかし、
「さあ、それはわからない。私は裁判官ではないからね。
だが、いくらか年数は短くなるだろう。あなたの元夫も賠償金を払うことになりそうだからね」
と続けられた伯爵の言葉に、彼女は目を見開き、安堵したような、スッキリしたような顔をしてから、フッと笑った。
しかし、伯爵はそんな彼女にこう言った。
「ただし、娘のリンダまで刑期が減るとは思うな。
今回の取り調べでジュリアの虐待の原因となった指示役は、執事のバージルとリンダだということが判明したのだからな。
特に使用人に直接指示を出していたのはリンダだった。
使用人まがいのことをさせてこき使ったり、暴力を振るったり、食事を抜いたり、腐った物を食べさせたり……」
リンダの母親は喫驚した。それから信じられないという顔をしてから、その後酷く顔を歪ませた。
そして嗚咽を堪えながら、無言のまま何度も何度も伯爵に頭を下げ続けた。
まさか自分の娘がそんなに冷酷無比なことをしていたとは思いもしなかったのだろう。さぞかし彼女も辛いことだろう。
しかし、それを知らされた時の自分の苦しみはそんなものじゃない、とハーディスは思った。
娘の受けていた残虐な虐めの、その詳しい内容を改めてメイド達の口から聞かされた時、ハーディスは激しい怒りと哀しみで、死ぬのではないかと思うほど胸が苦しくなった。
そして娘のために自分の思いを込めて作らせたドレスが引き裂かれた怒りもさることながら、それを止めようとしてくれた忠義のあるメイドまで大怪我をさせたことも、絶対に許せないと彼は思った。
目の前の母親を哀れだとは思ったが、シンディー同様にこれ以上同情する気も助ける気もなかった。ハーディスはもう二度と彼女達に関わるつもはなかった。
✽✽✽
「ウッドクライス伯爵様、ジュリア様のこと、本当に申し訳ありません。謝って済むことではありませんが。どんな罰でも受けるつもりです」
ハーディスの顔を見るなり、キャシーは真っ直ぐに相手の顔を見つめながらそう言った。
いきなり媚びたり縋ったりしてきたリンダやカークとは対照的だった。
取り調べ室に連行される時から、キャシーは一切抵抗せず、素直に受け答えをしていたと担当者から聞いてはいたが、まさしくその通りだった。
「悪いことをしたと本当に思っているのか?」
「はい。私を拾って面倒をみて下さった先代様や現当主様を裏切る行為をして本当に申し訳なく思っています。
それに当主様の大切な一人娘であるジュリア様に姉だと嘘をつき、小間使いのように扱うなど、万死に値することをしました。
しかも、食事を抜かれたり、暴力を振るわれていることを知りながら見て見ぬふりをしました。
人として許されないことをしたと思っています。ですからどんな罰も受けるつもりです」
まだ十七だというのに、キャシーは淡々とこう話した。この子はこんなに大人びていただろうかと、ハーディスは最近までもらっていた手紙の内容をつい思い浮かべてしまった。
「こんなに早く反省できるのなら、何故こんなことになったのだろうな」
「夜会の時、捕まる前には既にもう自分の行いを反省して、ジュリア様に謝罪しようとは思っていたんです。王太子殿下の婚約発表が始まってそれは叶いませんでしたが。
信じてもらえないでしょうが、これは本当です」
「何故そんな気になったのかな?」
「花男爵様が私に忘れていたことを思い出させて下さったんです。実の親から愛されずに無視され見捨てられていた私にも、ちゃんと気にかけて下さっていた方々がいたんだってことに」
キャシーは少し微笑みながらそう言った。そう云えば昔は本当に笑わない無表情な子だったなと、ハーディスは昔のことを思い出した。
彼女は飲んだくれの平民の母親からシンディーが引き取ったのだという。
夫を亡くしてその悲しみからお酒に逃げた、哀れな母親とその娘だと思ったハリスが、同情して面倒を見ていたようだ。
ところが、今回調査をしてみたら、元々キャシーの両親はまともに働かないろくでなしで、子供の世話さえしないクズ親だった。
そう。キャシーは育児放棄をされていたのだ。そしてハリスが亡くなったために、養育のための支援金を得られなくなった母親によって、あっさりと捨てられたのだ。
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