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第七十一章 枯れ木令嬢と真実 2  

 


「お母様に恋人がいたとはどういことですか?」

 

 驚愕したようにシンディーが父親を見た。するとヘンドリクス侯爵は冷たい目で娘を見ながら、淡々とこう告げた。

 

「私は酔った勢いでマリアと関係を持ち、その時彼女が妊娠したからと責任を取る形で後妻としたのだ。

 しかし、どうやら私はマリアに薬を盛られたらしい。そして、あの時あの女は既に恋人との子供を孕んでいたそうだよ」

 

「そんなの嘘よ。陰謀よ。私はお父様の子よ」

 

「残念だが、マリアに自白剤を飲ませた。その結果判明したことだから間違いないよ。

 それに、隣のお前の愛人に確認してみればいい。その男も自白剤を飲まされて白状したぞ。

 西の国の商人の手助けをして、この国を裏切ったのは、その男がお前の実の父親の仲間だったからだと。

 真実をばらすぞと脅されたマリアから依頼されて、それを断われなかったからだと」

 

「どういうこと? 意味がわからないわ」

 

「お前の父親は西の国の反政府運動を指導している人間だ。マリアの実家は西の国と貿易していた。それでその男と知り合って恋人同士になったらしい。そしてお前ができたんだ。

 ところがその恋人が仕事でこの国を離れている間に私と結婚したんだ。

 しかも結婚直前までその男と関係を持っていたというのに、妊娠したことをきっかけにあっさりその恋人を捨てたようだ。普通は子の父親との結婚を望むだろうに、マリアにとって恋と結婚は別物らしい。

 どうやらマリアは最初から私に目をつけていて、私との間に子供ができたということにしたかったようだな。私に責任を取らせて結婚を迫るために。

 ただ子種だけが欲しくてお前の父親と関係を続けていたようだ。

 

 さすが母娘だね。全く同じ事をするだなんて。

 だが、その男は偶然街でお前を見かけて、すぐに自分の娘だとわかったそうだ。それで、マリアを脅迫したそうだよ。自分の言う事を聞かなければ、夫だけでなく娘の婚家にも自分との関係をばらすぞと」

 

 シンディーは極限まで目を見開いて、ずっと父親だと信じていた男の顔を凝視した。


 ヘンドリクス侯爵は、そんな彼女から一切目をそらさずに言葉を続けた。

  

「お前の実の父親は、西の国の『黒の精霊術使い』ヘイゼス=シュナウザーの息子だ。ドナルド=ジーザスと名乗っている。

 西の国の反政府主義者で、父親と共に国家転覆罪で国外追放になったお尋ね者だ。

 そして今では世界各国で犯罪を犯している指名手配犯だ。もちろん我が国でも様々な大罪を犯している。

 よりにもよって我が国の誇りであるウッドクライス家に、そんな大罪人の娘を嫁がせるとは、不覚であった。

 そもそもウッドクライス家には高位貴族からの縁組はしてはならないという不文律があったのに」

 

「侯爵のせいではありません。我が父が悪いのです。父が侯爵に無理に頼み込んだのですから。

 シンディー夫人。

 あなたは我がウッドクライス伯爵家の妻の最大の仕事は何なのかを知っていたか?」

 

 ハーディスが義姉に尋ねた。すると悔しそうにシンディーはこう答えた。

 

「跡継ぎを産むことでしょう。だから私はなかなか子に恵まれずに苦しんだのですもの」

 

「残念ながらそれは違う。我が家の跡取りとなるための条件は、血の繋がりなどではないからだ。

 何故なら後継者に選ばれるためには、とある特殊な能力が必須だからだ。

 しかしそれは必ずしも実子に現れるとは限らない。だからそもそもカークが兄の子だったとしても、その能力がなければ当主にはなれなかったのだ。

 

 我がウッドクライス伯爵家は大昔からその能力を持つ者が跡を継いできたのだ。直系かどうかは関係なくね。

 ところが近年父、兄、私と偶々特殊能力持ちで養子をとらなかったせいで、それに気付かない者もいたかも知れないが。

 つまりあなた達はジュリアやケントを虐げる意味などなかった。ましてや、兄を殺す必要性もね」

 

 ハーディスの言葉が終わらないないうちにバージルが口を挟んだ。

 

「それではその特殊能力とは一体何なのですか!」

 

 するとそれに対してハーディスは冷たい目を向けた。

 

「それは国家秘密だ。お前達などに教えるわけがないだろう」

 

 その言葉でようやく二人は、ウッドクライス家が特殊な家であることに気付いた。そしてそんなとんでもない家の乗っ取りを企んでしまった愚かさを。

 

「リンダやキャシーの母親はあなたの口車に乗って兄の子だと言って私に子供達を押し付けてきたが、兄の子ではないことくらい百も承知だった。

 しかし、人助けのつもりで面倒をみたんだ。元々お人好しの兄が一度は手を差し伸べた子供だったからな。

 まあ、その結果恩を仇で返され、実の娘を苦しめることになって、悔やんでも悔やみきれないがね。結局私も兄同様お人好しだったというわけさ。

 

 ああ、少し脱線してしまった。話を戻そう。それでは我が家は何を女主に求めていたかというと、一つは多忙な夫の心を支えること。

 そしてもう一つは屋敷内にある薔薇園の世話をすることだ。父も兄もそのことはあなたに説明したはずだよね」

 

「薔薇園ならちゃんと世話をしていたわ。その証拠にいつも綺麗に咲いていたでしょう?」

 

「ああ。確かに手入れはされていたな。だが、それはあなたではなく庭師と、最近ではジュリアがしていたのだろう?」

 

「あんな広い薔薇園を私一人で世話できるはずがないでしょう」

 

「そうだな。だが、あなたは薔薇園の中に一歩も足を踏み入れたことがないだろう? 

 いや、入ろうと試みたことがあったとしても、入れなかったというのが正直なところかな」

 

「・・・・・」

 

「あそこへ入れる人物は特殊なんだ。純粋に植物を愛する者しか入れない。でも、あなたは植物が嫌いだよね? その理由はあなたが触れると草花が枯れてしまうから。

 しかしそれは致し方ないことだ。あなたの体の中には『黒の精霊使い』の血が流れているんだから。

 兄があなたを受け入れられなかったのはそのせいだ。でも、この不幸は兄のせいでもあなたのせいでもなく、父のせいだ。

 相手をよく確かめもせずに家の家格だけで選び、無理矢理息子の結婚相手に決めてしまったのだから。

 

 私の妻と娘にしたことは許し難いが、あなたに関しては多少なりと温情ある沙汰がおりるように助言しておくよ。

 兄殺害やその後の西の国の闇の商人との取引にもあなた自身は関与していなかったようだからね。

 ただし、娘にした罪は絶対に償ってもらうよ」

 

 ハーディスの口からも信じられないような事実が次々と語られて、シンディーはそれらを全て受け止めて理解することは到底できなかったようだ。

 自分が侯爵である父の娘ではなく、浮気相手の子であったこと。

 しかも実の父親が国外追放になった西の国のお尋ね者だったなんて。

 

 それに薔薇園のこと。

 確かに彼女は物心付いた頃から草花が嫌いだった。だって草花をかわいい、綺麗だと思っても、触れるとそれらはすぐに枯れてしまったから。

 そのことを彼女は誰にも話さなかった。母親にさえ。こんなことを人に話したらとんでもないことになると、本能的にわかっていたのだろう。

 だからシンディーは、不自然にならないように意識しながら、普段からできるだけ植物には近づかないようにしてきた。

 

 それなのに何の因果なのか、彼女が自ら望んで嫁いできたウットクライス家の広大な庭園は、年中草花で覆われていた。

 しかも夫の体からは、結婚式の時にはしなかった甘い薔薇の香りまで漂っていた。

 初夜、夫は必死に己の感情を消し去ろうとはしていたが、完全にはその不快さを隠すことができずにいた。そしてそれは妻も同じだった。

 

 シンディーは本当は可憐で綺麗な花が好きだった。だけど草花の方から拒否をされたから、彼女も拒否したのだ。それは夫のことも同じだったのだ。

 しかし、悪いのは花でも夫でもなかった。ただ運が悪かったのだ。

 浮気をした母親が一番悪いのは当然のことなのだが、ウッドクライスト家などに嫁がなければ、自分は平凡でももっと幸せに暮らせたかも知れない。

 熱烈的な愛情がなくても、もっと穏やかで普通の家庭生活が送れたかも知れなかったのだな、とシンディーは思った。

 

 もっともこんな結末を迎えることになったのは、結局自分のせいなのだと、ようやくシンディーは悟った。

 バージル=ハントの甘言に騙されたとはいえ、彼を選んだのは間違いなく自分の判断なのだから。

 それにしてもこうやって他人に知らされるまで、自分は彼に愛されているのだと信じて疑わなかったのだから、なんておめでたいのだろう。

 

 子供ができたと気付いた時、一緒に逃げてとバージルに言った。しかし彼は、子供は夫の子かも知れないのないのだから早まるなと言った。

 確かにその通りだったが、バージルの子に間違いないだろうと彼女は思っていた。そして生まれてきた子供を見た時、それは確信に変わった。

 

 それでもバージルは、彼女と息子のカークを連れて逃げようとはしなかった。カークのことを大切にはしていたが、あくまでも執事として接していた。

 そして夫が死んだ後もハントの態度は変わらず、目論見が外れて次の当主が夫の弟に決まった時も、シンディーをその後妻になるように画策した。

 

 ああ。あの時が分岐点だったのだ。あの時はっきりとバージルと決別してあんな策略に乗らなければ、たとえ表舞台にはもう立てなくても、実家に戻りカークと穏やかに暮らせただろう。

 ハリス=ウッドクライスの未亡人と息子として。そしてヘンドリクス侯爵の娘と孫として。たとえそれが偽りだったとしも。

 

 シンディーの実の父親に関する内容を一部変更しました。

 元々の文章ではシンディーの実の父親は、西の国の『黒の精霊使い』となっていましたが、それを、その『黒の精霊使い』の息子に変えました。

 つまりシンディーは『黒の精霊使い』の孫ということになります。


 申し訳ありません。

 

 読んで下さってありがとうございました!

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