第六十七章 枯れ木令嬢の魔術レッスン
今年最後の投稿をします。
よろしくお願いします!
「ジュリアさま、凄いですわ。天才ですわ。さすが防衛統括大臣閣下のご令嬢ですわ」
シールドの張り方を習い初めて一時間後、ジュリアは興奮したラーメからこう絶賛された。しかも、
「これでもう花男爵様がお留守でも、お屋敷は安泰ですわ。この広いお部屋全体にシールドが張られるんですもの。ねぇ、執事さん!」
そう言われてジュリアは嬉しくなった。自分が望まれていることとは多少方向性は違うかも知れないが、それでも少しでもプラント男爵家の役に立てるなら嬉しいと思った。ロマンドにとって大切な人達を守れるのなら。
しかし、執事のハイドと侍女のシャリー、そしてメイドのヴィオラが訳が分からずポカンとしていることに、二人の精霊使いは気が付かなかった。
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「ジュリア様。まずはヴィオラさんのことを思い浮かべて下さい。そして強く念じて下さい。彼女を守りたい。守って下さいと……」
一番最初にラーメにそう言われたジュリアは、客間の隅に控えていたヴィオラの方を見た。そしてこう思った。
これからは私が絶対にあなたを守る。二度とあんな酷い目に遭わせないわと。
そしてそれから強く強く念じた。
『彼女を守りたい。どうか力を貸して下さい、精霊様。お願いします!』
するとモスグリーンの淡い光がジュリアの体から放出された。そしてそれが一筋の光になって、ヴィオラの方に向かったように見えた。しかし、一瞬でその光は消えてしまった。
「凄いですわ。初めてでシールドを噴射させられるなんて。フェルメールと同じモスグリーンの綺麗な光でしたわ」
ラーメが驚嘆した。そう言えば、彼女は光を出すだけでまる二日を要したと言っていた。
しかし、それは彼女がまだ幼かったからだろう。それに指導したのが彼女より年下で、しかもそれが彼女とは違う精霊の使い手であるフェルメールだったというのだから。
「ありがとうございます。確かにサンドベック侯爵様の作られた防御シールドと同じ色でした。
でもこれはラーメ様のシールドの色とは違うのですか?」
ジュリアの問にラーメは頷いた。
「私は淡いレモンイエローです。もしかしたら、精霊使いの名称って、このシールドの色からとったのかも知れませんね」
「確かにそうかも知れませんね。でも『モスグリーンの精霊使い』じゃ長いから単純に『緑の精霊使い』になったのかも」
ジュリアとラーメは笑いながらそんなことを話していたが、彼女達の周りにいた執事と侍女とメイドは、ただただ呆然としていた。
しかしやがてヴィオラがおずおずと口を開いた。
「あのぉ、そのシールドというの魔法は成功したのでしょうか?」
「えっ?」
ジュリアは思わず瞠目した。そしてすぐに夜会の日のことを思い出した。
サンドベック侯爵がドーム状の大きな防御シールドを張った時、ジュリアは驚愕したが、彼女以外の人々は皆平然としていたのだ。
そう言えば、そもそもジュリアが精霊使いだということを、花冠の光を見ていなかった特殊部隊の方々にも知られたのは、彼女がそのシールドに気付いたからだった。
普通の人には見えないんだわ。この精霊様の力は。それじゃあ……
「それでは先程のラーメ様の回復魔術も私以外の者には見えていなかったのですか? あんなに黄金色に輝いた美しい光を……」
「ええ。精霊使いの使う術は精霊使いにしか見えないようですよ。
だから自分自身もそうですが、私が精霊使いだとは家族もずっと気付かず、フェルメール様と婚約してから彼に指摘されてようやくわかったのです。
精霊様とはいつも心の中でお話しをしていましたが、それは普通のことで特別なことだとは思っていなかったのです」
「それはわかります。私も精霊様とは幼い頃からの仲良しで、最初にできた親友だと思っていました。
でも私は口に出して会話をしていたので、母は割と早いうちに精霊様のことには気付いたみたいなのです。
母は農家の出だったので、『緑の手』や『緑の精霊使い』に対する知識は持っていたようです。父の能力は知らされていなかったようですが、薄々は察していたみたいですし」
ジュリアの言葉にラーメは少し悲しそうな顔をした。
「お母様はお亡くなりになったとお聞きしております。お父様とも滅多にお会いできなかったとも。
誰にもご自分の能力についてご相談できずにお辛かったでしょう? この力を他人に悪用されるのを避けるために、極秘にしなければならなかったでしょうし」
「ええ。でも、私と母は呑気であまり深く考えてはいなかったのです。それで悪用されそうになったところをロマンド様のお母様に助けて頂きましたの。そのお陰で今こうして無事に暮らせておりますのよ」
「まあ、それでは花男爵様とは子供の頃からのお知り合いだったというお話は本当のことでしたの?」
「はい。ロマンド様は私の初恋の方ですわ」
「まあ! それでは巷の花男爵様のロマンスって真実だったのですね。素敵だわ。花男爵様って小さな頃からお美しかったのでしょうね。美少年だった頃のお姿も拝見したかったわ」
ラーメは両手を組み、うっとりしならこう言ったので、ジュリアは恥ずかしくなった。
お互いに初恋だったのは事実だったのだが、あの噂は父のウッドクライス伯爵の作った脚本なのだから。
しかも、ジュリアの初恋の相手はそばかすだらけので小太りの愛らしいロードであり、再会した時は名前も容姿も変わっていたので、ロマンドが初恋のロードと同一人物だとは全く気付かなかった……なんていう真実はとても明かせなかった。
ジュリアと真実を知っているハイドは目を合わせて、お互いに引きつった笑みを浮かべた。
そこへ再びヴィオラが口を挟んだ。
「申し訳ありませんが、結局その魔法の方はどうなったのでしょうか?」
ジュリアとラーメはハッとして見つめ合い、ようやく落ち着きを取り戻した。そしてラーメがそれに答えた。
「はい。まだ完全ではありませんがシールドは発せられました。これはとても凄いことです。初めてでできる方はおそらくいらっしゃらないと思いますわ。
きっと貴女を守りたいというジュリア様の思いが強かったから可能だったのでしょうね」
それを聞いたヴィオラは思わず涙ぐんだ。そして心の中で、自分こそが何があってもお嬢様を守るんだと強く誓ったのだった。
それからラーメはジュリアにこう尋ねた。
「ジュリア様はご自分の精霊様のお名前をご存知ですか?」
「はい」
とジュリアは答えた。するとラーメはこう言った。
「では次にお願いをする時には、最後に精霊様のお名前を呼び掛けて下さい。そうすれば精霊様は、ご自分がお願いされているのだと明確に認識されるでしょう」
と。そこでジュリアはより具体的に願い事を念じて、最後に自分の精霊の名前を呼んだ。
「扉の近くにいるヴィオラを守るためにシールドを張って下さい、お願いします、スパティ様!」
するとジュリアの体からまたもやモスグリーン色の光が飛び出し、まっすぐにヴィオラの方へ向かって行った。そして今度はその光が彼女の全身を覆ったのだった。
ほんの二時間程度のレッスンでジュリアはシールドを自由に張ることができるようになった。しかも、部屋全体を覆えるほどに。
ジュリアのこの特殊能力を知る特別な三人にも、目に見えないこのシールドを理解してもらおうと、ヴィオラの後でシャリー、ハイドと順番にシールドをかけた。
シールドの中にいると、他の者達の姿は見えるのに、声が聞こえなくなる。反対にシールドの外にいるとその中にいる人物が見えなくなるというか、不思議なことにその存在が気にならなくなる。
自分が体験したことにより、三人はようやく魔法というか魔術の存在を認識したのだった。そして、自分達の大切な女主の秘密は絶対に他の者には漏らさないと、改めて誓い合ったのだった。
最初の投稿から一年経ちました。途中間が空いたりして、完結できませんでした。
しかし、ようやく話の終わりに目処が立ってきました。お待たせしているウッドクライス伯爵家の面々に対する断罪も、第七十章あたりから開始できそうです。あと少しお待ち頂けると嬉しいです。
ここまで読んで下さってありがとうございました!




