第六十六章 枯れ木令嬢の自己防衛対策
皆が鎮痛な面持ちで暫く黙り込んでいたが、フェルメールはふと疑問が浮かんだ。
王都に来てからは凄腕の護衛がいたにしろ、ジュリア嬢は父上であるウッドクライス伯爵に見つけ出される前は、市井で暮らしていたと聞いた。しかも孤児として。
一体彼女はどうやって己の身を守ってきたのだろうと。
いくら平民の格好をしていたとしても、愛らしくて品のあるこんなに目立つ少女を世間が放って置くはずがない。特に地方で暮らしていたなら尚更。
ジュリアの出自や経歴は、例の脚色されたストーリーが流布されていた。しかし、特殊部隊のメンバーは詳しい説明がなされていなくても、皆その事情をおおよそ察していた。
そしてフェルメールに至っては、昨日のうちに花男爵から彼女の生い立ちについて話を聞いていたのだ。
二人は出身学校は違っていたものの、同じ年で同じ爵位でもあったので一番仲が良かった。しかしこれまではプライベート、特に婚約者のことについて話し合ったことはなかった。
しかし助けを求めるのならロマンドしかいないと考えたフェルメールは、彼に大切な婚約者のことを打ち明けた。
すると、彼も婚約者の話を聞かせてくれたのだ。
自分が彼を信頼しているように、彼も自分を信頼してくれていたのだとわかって、フェルメールはとても嬉しかった。
「ジュリア様はシールドの存在をご存知なかったようですが、それではこれまでは無意識にシールドを張っていられたのですか?」
フェルメールがこうジュリアに質問すると、彼女はいいえと答えた。
「私の精霊様はおしゃべりが苦手だったので、シールドのことは教えてくれなかったのです。
ただ私が助けてと心の中で祈ると危険を防げていたのですから、恐らく精霊様が助けてくださっていたのでしょう。
しかしそれはシールドで身を守るというより、自然に同化することによって自分の存在を消し、それで急場を凌いでいたように思います」
それを聞いてフェルメールは目を丸くした。
「精霊使いにはそんな能力があるのですね。知りませんでした。というかジュリア様だからできるのかもしれませんね。凄い能力です」
「凄くも何でもありません。私は自分ではなんの努力もせずに、いつも精霊様と最強の護衛のルフィエさんに守ってもらっていただけなんです。
そして婚約してからは花男爵様やロバートさんからも。
それはとてもありがたいことなのですが、今になって私は思うのです。私が自分の能力についてもっと真剣に向き合っていたら、ラーメ様のように、自分で自身の身を守ることができたんじゃないかと。
それができていれば、長い間ルフィエさんの時間を全て束縛するなんてことはしなくて済んだし、ヴィオラさんをこんな酷い目に合わせなくても済んだのではないのかと」
するとヴィオラが叫んだ。
「そんなことはありません」
と。
「ジュリア様はいつもいつも頑張ってこられました。私とルフィエさんはそれを一番よく知っています。あれ以上頑張るなんて到底無理でした。
ただでさえ、他人と隔離され、閉ざされた世界で、どうすれば良かったというのですか!
私はジュリア様が助けて下さったからこそこうして生きてこられたのです。
ウッドクライス家で働くようになってから、私の体調は徐々に悪くなっていたのです。
家族のために倒れるわけにはいかないと、歯を食いしばって頑張っていましたが、限界に近かったのです。
そんな時ジュリア様がお花を下さいました。他のメイド達にわからないように隠れてそっと。
私は花屋の娘です。私自身は気付かなかったけれど、お花は私に元気を与えてくれるみたいなのです。
そしてご自分もお辛い状況なのに、私を気にかけてくれました。ジュリア様は私を守って下さっていました」
ジュリアとヴィオラは抱き合って泣いた。お互いがお互いを思い合い、助け合ってきたのだということがわかったからだ。
そして泣き終わった後、ジュリアはフェルメールとラーメ達に向かって謝罪した。
「みっともないところをお客様にお見せして申し訳ありません」
「いいえ。ウッドクライス伯爵家の内情は我々も少しは想像がついていました。閣下がご自宅へほとんど帰れないことはわかっていましたから。
お辛かったですね。そんな状態でよく頑張ってこられましたね。
花男爵がウッドクライス伯爵家の人々の犯罪を暴こうと、必死に証拠集めをしていたのも頷けます。
ジュリア様は愛されていますよね、花男爵に」
ジュリアはフェルメールの言葉に狼狽えながらもコクリと頷いた。すると、彼はこう言葉を続けた。
「ジュリア様は一昨日の夜会でマック隊長に、防御シールドの張り方を指導して欲しいとお願いされていましたよね?」
マック隊長とはマクシミリアン=サンドベック侯爵のことだろうとジュリアは察した。三十代後半くらいと思われる金髪碧眼の美丈夫で、物腰の柔らかそうな上品な紳士だ。
そう、その人物に防御シールドの訓練をして欲しいと軽々しくお願いして、後でジュリアはその軽率さを後悔したのだ。
この国、特に特殊部隊の方々はこれから大捕物をする緊迫した状況だというのに、知らなかったとはいえ、そんな図々しい申し出をするなんてと。
しかも、侯爵様はその後王都の森の看守の当番もすると言っていたではないか。
「はい。これからプラント男爵夫人となるのですから、自分の身だけではなく屋敷の皆さんも守れる術を身に着けられたらと思ったのです。
しかし特殊部隊の皆様の状況も顧みず、自分勝手なお願いをしてしまい、恥じ入ります」
ジュリアが俯くと、いやいやとフェルメールは首を横に振った。
「気になさることはないですよ。マック隊長はご自分でも望んでおられたのですから。統括閣下のために何かお手伝いしたいと。
閣下のもっとも大切なお嬢様のお役に立てるのなら、我が特殊部隊隊員にとってそれは僥倖ですからね。
そしてそれは私も同じです。ですが……う〜ん。
まあ大掛かりな防御シールドは後ほどマック隊長にお任せするとして、取り敢えずはご自身を守れるように、シールドはできるだけ早く使えるようになった方がいいですよね。
しかし私もこれから城へ向かわなければならないし……」
フェルメールはそこで一旦言葉を止めて、婚約者の顔を見た。そしてこう彼女に頼んだ。自分の代わりにジュリア嬢にシールドの張り方を指導してくれないかと。
「私がですか?」
思いがけない依頼にラーメは一瞬目を見開いたが、すぐに破顔した。
「私でも貴方のお役に立てるということですか?」
「君でも、ではなくて君だからこそできることだ。頼めるだろうか」
「もちろんですわ。お任せ下さいませ、旦那様」
初めて旦那様などと呼ばれて、年下の婚約者であるフェルメールは真っ赤になった。ああ、かわいい、と思ったのはラーメだけではなかったろう。
しかしフェルメールはすぐにまた落ち着いた顔に戻り、婚約者をどうかよろしくお願いしますと言ったので、ジュリアも慌てて頭を下げた。
こちらこそ色々とありがとうございました。これからもよろしくお願いしますと。
そして遠慮する二人に昼食を勧め、食事を終えたフェルメールは申し訳無さそうに、特殊部隊員として一人で城へと向かった。
そして残ったラーメによって、早速ジュリアは、シールドの張り方を習うことになったのだった。
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