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第六章 枯れ木令嬢の好き嫌い

 

 バーディス=ウッドクライスという人物は天才だった。

 貿易商としてとても有名だったが、実は国の高官だった。国の重要な任務に当たっていたために、国内外を絶えず飛び回っていた。

 

 彼が『一を聞けば十を知る』という頭の持ち主だということは、付き合い始めてすぐにロマンドとロバートは気が付いた。

 しかしそれと同時に、自分が理解できることは相手もそうだとばかりに、説明を端折る癖があることにもすぐに気が付いたのだ。

 

 ロマンド達のように頭の回転が早く察しのいい人間なら大して問題はないのだが、並の人間には説明が不十分な所がある。

 

 彼から生き別れになった妻子との経緯を聞いた時、他人事ながらこれは駄目だと思った。奥さんが出て行くのもわかると。

 たとえ夫である伯爵に何の悪気も無かったと理解していたとしても。

 

 そんな大失敗をしたにも関わらず、彼は大切な娘に対してもまた同じような失敗をしていた。

 ようやく会えた娘にも、その娘の為に護衛として付けた男にも、彼は充分な説明をしていなかったのだから。

 

 ロマンドは、婚約契約書と共に現在のご息女の様子を綴った長文を、超高速便で義父となる伯爵に送った。

 そして昨日、やはり超高速便で返信がきた。もちろんサイン済みの婚約契約書と共に。

 

 だからロバートも、その後彼の視点から見た令嬢の現況を改めて詳細に手紙を認めた。それを彼の元に超高速で送ったのは昨日のことだった。

 できるだけ早くジュリア嬢の待遇改善をしてもらうために……

 

 

 ✻ ✻ ✻ ✻ ✻ ✻ ✻ ✻

 

 

 いつの間にかロバートは、ルフィエからウッドクライス伯爵へ思考を飛ばしていた。

 しかしジュリアによって再びルフィエに話題が呼び戻された。 

 

「……それで急にルフィエさんの態度が変わったので、私、ちょっと戸惑っているんです。

 まあ、裏がある人ではないので、何か悪いことを企んでいるわけではないと思うのですが」

 

「どう変わったんですか?」

 

「まめに私に食べ物を持ってきてくれて、それを食べることを私に強要してくるんです」

 

 何故かジュリアは眉間に皺を寄せているので、ロバートは彼をフォローした。

 

「貴女がその……お痩せになっているのを心配しているのではないですか」

 

「その気持ちはありがたいのですが、彼から手渡される物がちょっと食べづらくて……」

 

 ジュリアが口籠ったので、何をもらったのかと尋ねると、旅人が携帯する保存のきく食料のようなものだという。

 ビーフジャーキーとか、石のように硬いクッキーとか、甘過ぎるドライフルーツとか……

 

「甘過ぎだったり、しょっぱ過ぎたり、反対に味がなかったり……

 そしてどれも硬すぎて私の歯では噛み切れないんです。歯が欠けそうで怖いし」

 

『まだまだ教育が足りないな。

 何か補助的な食べ物を準備しろと言って金を渡したんだが、まさかそんな物を買ってくるとはな』

 

「すみません」

 

「何故サントス卿が謝るんですか?」

 

「いやあ… ところでその食べ物はお捨てになったのですか?」

 

「まさか。そんな勿体ないことをする訳がないじゃないですか! 水でふやかしてちゃんと頂きました」

 

「申し訳ありません」

 

 しょぼくれて謝罪するロバートに、ジュリアは訳がわからない顔をしたのだった。

 

 

 そして間もなくして馬車が停まったのは、まだ新しそうな建物の、とてもお洒落なカフェの前だった。

 

「ここのモーニングは今王都でも人気なんですよ」

 

 先に馬車から降りたロバートに手を取られ、ジュリアが店の前の通りに降りに立つと、その店の扉が開いてロマンドが姿を現した。

 

「おはようございます。

 早朝にお呼び立てして申し訳ありません、ジュリア嬢」

 

「おはようございます。ロマンド様。誘って頂きまして誠にありがとうございます」

 

 ジュリアは軽く片脚を下げてカーテシーをして、男爵を見てニッコリと微笑んだ。

 彼女の愛らしさに一瞬目眩を起こしそうになりながらも、ロマンドは必死で気を引き締めた。

 

 中庭を望む窓辺の席に腰を下ろすと、ロマンドはメニューをジュリアに手渡してこう尋ねた。

 

「モーニングのメニューはいくつかあるのですが、好き嫌いや、食べられないものはありますか?」

 

「いいえ。アレルギーなどはありませんし、好き嫌いは基本ありません。ただ……」

 

「何でしょう?」

 

「味の濃い物や、硬い食べ物は当分の間は避けたいと思っています」

 

 ジュリアの答えにロマンドはただそうかと頷いたが、隣のテーブル席にいたロバートは下を向き、ルフィエは「あっ!」と思わず声を上げたのだった。

 

 そして結局ジュリアが頼んだのは新鮮なグリーンサラダと生ハムエッグ、ライ麦ロールパン、そして野菜と果物のフレッシュジュース。


 男性三人組も同じ物を選んだ。

 ルフィエは目の前に置かれた可愛らしいプレートに目が点になっていた。

 

「君には量が足りないのではないか? 追加注文して構わないよ」

 

 ロマンドはルフィエを気遣ってそう声をかけたが、ルフィエはブルブルと頭を横に振った。

 彼は自分のやらかしたことに気付き、目を泳がせた。そしてこわごわとロバートの顔を見た。

 

「君はもっと周りの状況に注意を払う必要があると思うよ。今流行っているものだとか、若者や女性が何が好きなのかとか… 

 君には興味がないことでも、取り敢えず色々と関心を持つようにした方がいい。そうしないと、君は一生独り者だよ。


 ほら、男爵様がせっかく言って下さっているのだから、今人気のパンケーキセットも食べてごらんよ。フワフワでとっても食べやすいから」

 

 笑っているが本気で笑ってはいないロバートの言葉に、ルフィエは今度は縦に何度も頭を下げて頷いた。

 そしてやがて目の前に置かれた追加のパンケーキを食べて、彼は衝撃を受けた。

 口の中に入れると噛まないうちに消えてしまい、食べた気が全くしないけれど、女の子って、こんな物を好んで食べるのかと。

 

 ジュリアは初めて食べるモーニングに、それはもう幸せそうな顔をしていた。

 そして何度も美味しいですと言うジュリアに、ロマンドは心が痛くなった。

 せっかく本来の伯爵令嬢に戻ったというのに、こんなモーニングメニューで喜んでいるなんて。

 きっと、農園にいた頃の方が、今よりずっと良い物を食べていたに違いない。

 

 二年前に彼女を見つけた時は、今のようなガリガリではなかった。

 決して太ってはいなかったが、日に焼けてハツラツと農園で働いていたジュリアは、遠くからでもとても健康そうに見えたのだから。


 読んで下さってありがとうございました!

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