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第五章 枯れ木令嬢の父と婚約者


 馬車が市場の前を通った。そこは既に人の姿がまばらになっていた。

 

「朝市へは毎日行かれるのですか?」

 

「金曜日以外は毎日行きます」

 

「金曜日は礼拝に行かれるのですか?」

 

「私は行きませんが、護衛のルフィエさんが教会に通っているんですよ。ご両親が亡くなった後、一時期お世話になっていたそうで」

 

 とジュリアはルフィエの身の上話をした。

 

 ルフィエは十歳の頃に続けざまに胸の病気で両親を亡くした。

 兄弟も身寄りもいなかった彼は教会の附属の孤児院に引き取られた。そこで初めて読み書きや最低限の躾を教えられた。


 そしてその三年後、修道騎士団に目をかけられて、その見習いになったのだという。

 彼は騎士団と共に世界中を移動しながら鍛えられ、戦闘と護衛の技術を学んだらしい。

 

 ところが二年半ほど前にこの国から遠く離れた異国の地で、異教徒同士の争いに巻き込まれて大怪我を負い、彼は仲間から置き去りにされてしまった。


 そんな時、たまたま商売でその地に訪れていたウッドクライス伯爵に、同郷のよしみで救ってもらったのだ。

 そして新しい仕事まで与えてもらったのだが・・・

 

「命の恩人に対して恩知らずのことをしてしまった。お嬢様、本当に申し訳ありませんでした」

 

 数日前、屋敷を出た直後に道の端でルフィエに土下座をされて、ジュリアは仰天した。彼が謝る意味がわからなかった。

 

 確かに逃げ出そうとして何度か彼には邪魔をされたが、それが彼の役目なのだから仕方のないことだと理解していた。

 彼女からすれば彼に何か酷いことをされたという意識はなかったのだ。

 

 

 ジュリアの話を聞いてロバートは納得した。

 

『なるほど、修道騎士団にいたのか……だから、あんな武骨者になったんだな』と。

 

 それにしても、何故あんな気の利かない男を愛娘の護衛にしたんだ。

 人柄と護衛能力を気に入ったのかも知れないが、もっと細かな指示を与えなければ、あの屋敷では使いものにならんだろう。

 彼はウッドクライス伯爵のことを思い浮かべて嘆息した。

 

 実は伯爵と最初に知り合ったのは、主のロマンドではなくロバートの方だった。

 そして伯爵の人となりは、主よりも年上の彼の方が把握していたのだ。

 

 

 ✻ ✻ ✻ ✻ ✻ ✻ ✻ ✻

 

 

 三年ほど前、プラント男爵家で運営している農園では、とにかく高級鉢植えの生育が順調すぎて、出荷量を減らさないと国内の価格が暴落する事態に陥っていた。

 だからといって、せっかく立派に成長した鉢植えを処分する気には到底なれなかった。

 

 園芸担当の農民が精魂込めて育てた鉢植えだ。それに緑の精霊様のお力だって頂いている。それを破棄するだなんて恐れ多いことだ。

 しかし、一体どうすれば……

 

 その当時まだ学院の学生だった主と共に、ロバートがあれこれと思案していたある日、彼は所用で出向いたホテルである有名な人物を見かけた。

 それが多種多様な分野の貿易で名を馳せていた、飛ぶ鳥を落とす勢いのウッドクライス伯爵だったのだ。

 

 ロバートは図々しいと思いつつもその場で伯爵に声をかけ、頭を下げ、必死に教えを請うた。

 すると伯爵は、名も知らない若者の相談に快く応じてくれた。

 

 ウッドクライス伯爵は高位貴族で、王族からも一目置かれていると評判の人物だったが、とても気さくな人柄だった。

 しかも各国の花の卸業者までロバートに紹介してくれたのだ。

 

 そのおかげでプラント男爵家は、せっかく育てた鉢植えを処分することなく、他国へ全て売り捌くことができた。

 そしてその後、多くの国に伯爵のおかげでコネが出来て、農産物の販路を拡大することが出来たのだ。

 

 プラント男爵家は、ウッドクライス伯爵には感謝しきれないほどの恩を受けた。

 しかもそれ以来ずっと主共々懇意にさせてもらっているのだ。ありがたいことに。

 

 それなのに今回の縁談の申し込みである。

 

 ロマンドが伯爵にお嬢様と結婚させて欲しいと言った時には、さすがにロバートも主を図々しいと思った。

 恩を仇で返すというか、厚顔無恥というか。

 

 しかし、ロマンドは必死だった。

 なんとジュリアは彼の初恋の相手であり、ずっと探し求めていた相手だったのである。

 

 

 ロマンドとジュリアが出会った頃、ロバートは二人とは少し離れた別棟に住んでいて、担当していた仕事も違っていた。

 だから、ジュリアのことを知ったのは、彼女が母親と共に前男爵に追い出された後だった。

 

 しかも農園の土地が浄化され、再び作物が育つようになったのも、借金返済期間を延期してもらえたのも、全てその少女のおかげだったという事実も。

 


 ロマンドはジュリアとの関係を必死に説明をした。

 そして、ジュリアが伯爵に引き取られるまで世話になっていた農園の名前をロマンドが口に出した時、伯爵はようやく彼の言葉が真実だと分かってくれたようだった。

 伯爵は令嬢の過去は秘密にしていたからである。

 

 ロマンドはジュリア嬢とのことを許してもらえるのならどんなことでもすると訴えた。

 すると伯爵は言った。

 

「もし娘が了承するならば許してやってもいい。しかも婿でなくて嫁に出しても構わない。

 ただし、君には私の仕事を継いで貰わないと困る。それが出来ないのならこの話は断る」

 

「もちろん伯爵様の命じる通りに致します。ですからどうかお許し下さい」

 

 ロマンドは即答した。

 

『おいおい、伯爵の仕事内容の詳細も分からずに勝手に返事をするな!』

 

 と秘書であり親友であるロバートは心の中で叫んだが後の祭りであった。

 

 主にとって、初恋の相手であるジュリアとの結婚は、彼の最大の願望であり、それ以外は些細なことだったのだろう、とロバートは悟った。

 

 それにしても伯爵が格下の男爵からの申し込みを何故ああもあっさりと受け入れたのか、ロバートは不思議だった。

 いくらロマンドが優秀で今の貴族社会の中で一番の注目株だとはいえ。

 

 しかし、その理由はすぐに分かった。伯爵はロマンドのある能力に目を付けていたのである。

 なんと貿易商とは仮の姿で、伯爵の本業は国の役人だった。

 しかも高級官僚で、この国の安全を管理する部署の長であったのだ。

 そして彼の本業にはロマンドの持つ力が必要不可欠だったのだ。

 

 

 しかもウッドクライス伯爵家とプラント男爵家は遠い親戚関係だという。

 伯爵の祖父の妹が男爵の曽祖父のところへ嫁いでいたのである。

 もっとわかりやすくいうと、伯爵とロマンドの父である元男爵は又従兄弟になるのだ。

 

「限りなく他人に近いですね」

 

 とロマンドは笑ったが、伯爵は真面目な顔でそうでもないよ、と言った。

 何故なら主のロマンドの持つ特殊能力はウッドクライス伯爵家の血の流れに起因するものらしいのだ。

 

「この能力は必ずしも直系に現れるというわけではないのが問題なんだ。ここ何代かはたまたま直系にその能力が出たが。

 そう、父、兄、そして私にも。

 でもそれはとても珍しいことなのだ。その証拠に兄の四人の子供達には誰一人出なかったしね。

 この能力は国の防衛にとってかなり重要なんだ。

 だから自分の家の血筋の者達の中から能力持ちを探し出し、彼らを教育するのも私の大きな役目の一つなんだよ。

 君にも前から目は付けていたんだ。まあ、ロバート君との出会いは本当に偶然だったがね」

 

「どうやってその能力を持つ者を見つけ出していらっしゃるのですか?」

 

「君のように植物に関係する仕事をしている人を探すと結構見つかるね」

 

「なるほど。

 でもそれでは何故、伯爵はその貴重な能力のあるご自分の娘を手放されたのですか?」

 

「・・・・・

 妻とは正式な結婚はしていなかったのだ。彼女が平民だったために父からの許可が下りなかったのでね。

 もしジュリアが男であの能力持ちだったら、きっとすぐに許されたのだろうがね。

 あの力は男子に現れるのがほとんどなんだ。

 女子であの力を持つ者は珍しい。『緑の手』の持ち主くらいはたまにいるけれどね。

 

 私は父からの許しを得ようと父から与えられたミッションを必死にこなしていたよ。

 しかしいつまでもはっきりとしない私に愛想がつきたのだろう。

 突然妻は娘と共に姿を消してしまったんだ」

 

 『緑の手』とは花や木を育てるのが上手な人のことだ。

 

「私がジュリア様に会った時は既にあの能力をお持ちでしたが、伯爵様はご存知なかったのですね」

 

「わからなかった・・・というより、滅多に娘に会えなかったからな。

 娘と別れた時彼女はまだ七歳で、まさかあの能力は発動しているとは思ってもいなかった。

 普通能力が開花するのは十歳前後が多いからな。

 もちろん今後開花する可能性はあるとは思ってはいたが・・・」

 

「それであの農園に行かれたんですね? 

 うち同様に急成長している農園に、『緑の手』を持つ少女がいるという噂をお聞きになって……」

 

「そうだ」

 

 と伯爵は頷いた。

 ロマンドもその噂を聞いて伯爵よりも先にジュリアを見つけていたのだ。

 それなのに行動を起こすのが遅れたせいで、彼女は姿を消してしまった。

 そして彼女を見つけ出すのに更に一年半以上の時間を要したのだ。

 

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[気になる点] 感想欄を見るに、父親には何か事情があるのだろうけど、虐待していることに変わりはないので、読む気が失せてしまいました。 まだ婚約者がとっととこんなクズ揃いの家から主人公を連れ出してくれて…
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