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第四十四章 枯れ木令嬢と七つの精霊

 ジュリアの婚約が決まった頃の、父親ハーディス視点の話です。


 ホテルから数百メートル先の砂漠に、まるで巨大隕石が落ちたかのような巨大な穴が空いた。爆音と共に。

 しかもその後、シュッシュッシュッ、ボコボコボコボコッ、という聞き慣れない音が暫く続いたかと思った途端、突然黒い液体が噴水のように勢いよく吹き上がった。

 以前火山の多い、東の国で見た温泉の間欠泉に似ていた。もっともこっちは真っ黒だが……

 

 ()()()()()()()


 油田を掘り当ててしまった。『黒の精霊使い』ができなかったこと、いや、わざとやらずにいたことかも知れないことを。これはまずいと、ハーディスはすぐさまクールダウンして思った。

 

 油田開発に投資をしてたのだから、掘り当てたことは本来非常に喜ばしいはずだ。この国の現政府にも、経済状態の悪化に苦しむ国民にも、そしてその地下資源を欲している、自国を含めた隣国諸国にとっても。

 

 だがしかし、それを掘り当てたのが私なのはまずいだろう。

 どうやったのかと尋ねられても、極秘情報である『緑の精霊使い』の力の話をするわけにもいかないし。

 まあ、緑を守る『緑の精霊使い』が、国防まで担っているとはわかりはしないだろうが……と、ハーディスは思った。

 

 ホテルは中も外も大騒ぎになっていた。ハーディス=ウッドクライス伯爵は、それに乗じてサッサとホテルを抜け出して帰国した。

 そしてその途中で王城に待機していた特殊部隊の部下に、精霊便を送っておいた。

 

 もし油田を掘り当てた人物が自分だと確定された場合は、

 

【ハーディス=ウッドクライスは我が国の大魔法使いであり、貴国のために力を貸した。

 しかし、彼の存在は我が国にとって最重要秘密事項であるため、極秘として処理して欲しい。

 もしこの情報が漏れることがあれば、即刻貴国との関係を見直す必要があるだろう。恩を仇で返すような真似だけはされないことを希望する】

 

 こう返答して欲しいという旨を伝達した。本来ならば、西の国の『黒の精霊使い』が仕事をした、ということで解決してくれるのが一番いいのだが。

 

 結局一週間後に、ウッドクライス伯爵の経営している貿易会社宛に、西の国から礼状が届いた。

 

【貴殿の融資によって無事に新たな油田が開発されたことに感謝の意を表します。

 今後この油田で採掘された『黒い精霊の涙』は貴殿の国を最優先に決まった量を輸出することをお約束致します。

 今後とも長い付き合いを望みます】

 

 この手紙の内容は、王城宛に届いたものとほぼ同じだった。

 ただ今回の採掘に関する後日談として、こんな説明が補足されていたらしい。

 

【お陰様でようやく自国の『黒の精霊使い』が新しい油田を開発してくれました。

 貴国の忠告を受けて、『黒の精霊使い』に感謝の意を表し、長い間の不敬を国王並びに上層部の人間が皆で頭を下げ、詫びたことにより、どうにか事無きを得ました。

 

 二年もの間『黒の精霊使い』がなかなか採掘を進めてくれなかったのは、彼らを蔑ろにし、ただ地下資源発見のためだけに利用としたことに対する抗議でありました。


 反体制派は彼らの憤りを利用して、油田開発などの地下資源の採掘事業をさせないように唆していました。

 それによって国民の不満を募らせて、国への反旗を翻させようとしたようです。


『黒の精霊使い』の本来の仕事は、需要一辺倒にならず、自然のバランスをよく考慮し、地下資源の開発をすることです。

 しかし地下資源は無限ではない。そのために搾取するだけではいけない。

 我が国の国王及び政府は、養資源(地下資源を精霊の力で産み出し、増やすこと)も重要な仕事だ、という認識を失っていました。


 それ故に『黒の精霊使い』の反感を買ってしまっていた。全くもって慙愧の念に堪えない。このことを思い出させてくれたことに感謝の意を表します】

 

 国王や宰相は何も言わなかったが、恐らく西の国から自分について問い合わせがあったのだろう。


 あの砂漠のホテルの最上階は、油田開発の視察に訪れていた()の国の要人ばかりが泊まっていたのだ。

 ハーディスがロマンドの手紙を読んだ直後に叫び声を上げ、その直後に爆発音がしたのだから、両隣の部屋にいた者達は彼を疑っただろうことは予想できた。

 ホテルで宿泊者名簿を確認すれば、一目瞭然のことだったのだから。

 

 そして宰相は、自分の指示通り回答したのだろう。

 それに対して西の国からは礼状だけではなく、内政の厳しい状況まで包み隠さず説明してきた。違和感を覚えながら読み続けると、次にこんなとんでもないことが書かれてあったので、宰相は恐れ慄いた。

 

【今回のことで、国家転覆を狙っていた者達と『黒の精霊使い』の一部が、自分達の計画が失敗したのは、ハーディス=ウッドクライス伯爵のせいだと逆恨みしている者がいるようです。

 こちらも全力で捜索していますが、大魔術師殿にも身辺をご注意下さるよう是非ともお伝え下さい】

 

 これを態々(わざわざ)宰相宛に送ってきたのは、大魔術師ことハーディス=ウッドクライス伯爵をそちらの国でも守って下さいよ、と親切に言ってきてくれたのだろうと、彼は推察した。

 油田開発の礼のつもりだろうか?

 しかしできれば不穏な(やから)は、あちらで捕まえてくれると助かるのだが。 

 

 

 己が防衛統括大臣にも関わらず、国の重責を担う貴重な暗部に守ってもらう羽目になるとは。

 本来は、王族や宰相閣下などの主要ポストを陰で守る役目なのに。

 以前のハーディスならお断りをしていたことだろう。自分の身だけなら自分で守れるからだ。

 

 しかし、己より、いやこの国よりも大切な娘に何かあったら取り返しがつかない。それ故にハーディスはジュリアの身辺警護を国に依頼したのだった。

 

 

 それにしても、とハーディス=ウッドクライス伯爵はため息をついた。


 今までの人生、色々なことがあった。長年病床についていた母親の死、父親との確執、兄の突然死、『緑の精霊使い』としてのハードな仕事、そして最愛の妻と娘との別離……


 どれも耐え難いものだったが、それでもこれまでの彼なら、自分の理性をきちんとコントロールできていた。

 それが精霊の使い手として、偉大なる力を手にした者の有り様であり、矜持だと思ってきた。

 それなのに怒りで我を忘れてしまった。ハーディスはまるで禁忌を犯したかのような罪悪感を抱いた。

 


「なんで私を抑えてくれなかったんだ、フィラム? 君ならできただろう?」

 

 八つ当たりだとわかっていながら、長年の親友に向かって、ついつい恨み言を呟いた。

 

『いやぁ〜。君は非常に、いや異常に我慢強いから、一度ガス抜きをさせないとまずいと前々から思っていたんだよ。

 怒りや悲しみや後悔の念が溜まり過ぎていたから、突然爆発したら危ないとも思っていたんだ。だから、砂漠なら丁度いいかなぁ〜と思ったのさ。

 これに懲りたら、これからはこまめに少しずつ吐き出すのことを覚えた方がいいと思うよ」

 

『緑の精霊王フィラム』はあっさりとこう言った。最初からハーディスを止める気などなかったらしい。

 

「それにしても油田を掘り当てるなんて……これって本当に偶然なのかい? 君が誘導したんじゃないのかい?

 もしかして『黒の精霊』以外でも、たとえば君達『緑の精霊』にも、地下資源を見つけることが可能なんじゃないか?」

 

『うん。たとえば僕達『緑の精霊』は、『黒の精霊の宝石』なら多少は感知できる。

 あれは元々、植物が長い時間をかけて変化したものだからね。まあ、『黒の精霊』の力とは比較にならないけど。

 同じ理由で『黒の精霊の涙』は『水色の精霊』でも感知可能だ。元々海の生物が原料だからね』

 

 フィラムからもたらされた精霊についての新たな情報に、ハーディスは目を丸くした。

 

「精霊って、同種族としか交わっていないのかと思っていた」

 

『まさか! 人間と同じだよ。異種族だって意思疎通ができるし、たまには交流だってしているよ。

 できることは多少かぶっていても、得意分野はそれぞれにあるから、我々は互いに尊敬し合ってる』

 

「えっ、そうなのか?」

 

「うん。時々作物が豊作過ぎて困る時、安く買いたたかれはするだろうけど、それでも西の国が全部買い上げてくれているだろう? 

 反対に不作で、とてもじゃないが口にはできないほどで農産物の出来が悪い時なんかも。

 あれね、西の国の国民が食べているわけじゃないんだ。もちろん食糧難の時は別だろうけど。

 西の国はあれを『黒の精霊の宝石』を作るための原材料にしているんだ。

 もちろん作っているのは『黒の精霊使い』だ。

 彼らがその植物を腐らせて、砂地の地下へ送り込んでいるんだ。『黒の精霊の宝石』を作るためにね。

『黒の精霊使い』って、植物を枯らしたり腐らす力があるんだ』

 

 それって……

 これまで数多の巨大な敵と戦ってきた怖いもの知らずのハーディスも、サァーッと青褪めた。

 

「ねぇ、フィラム。凄いと褒めてるが、それってまずいんじゃないか? 『黒の精霊』って『緑の精霊』の天敵じゃないか」

 

『大丈夫だよ。僕達七つの精霊は持ちつ持たれつの関係で、そこそこ仲がいいんだ。全面戦争になったら五分と五分だし、精霊はそんな無駄なことはやらないよ。

 ただし、どこにもはぐれものはいるからさ、そいつらの対処は確かに面倒だよね。

 僕達もハーディス達使い手も一致団結して立ち向かわないとね。

 一応西の国の『黒の精霊』(おさ)には話をつけておいたよ』

  

「さすがだな、親友! 頼りになるよ!」

 

『いやいや、親友の娘は僕にとっても宝物だ。一緒に守るよ。

 まあ、彼女にはスパティがついてるから、大丈夫だとは思うけどね』

 

 スパティとは初めて聞く名前だが、恐らくジュリアと契約を結んでいる精霊のことなのだろう。

 

 精霊使いと精霊は心で契約して、その存在を感覚として繋げている。

 そしてその仲が深まってくるとまず精霊から名前を教えてもらい、その後徐々に会話までできるようになっていく。

 しかし、そこまで達することができる精霊使いは全体の一割にも満たない。

 

 ジュリアは精霊使いになって十年近く経つが、まだ名前を教えてはもらっていないようだ。本人は幼い頃から『精霊さま〜』と勝手に話しかけ、会話をしているつもりだったようだが。

  

『スパティはとても気難しいんだ。しかも照れ屋でなかなか自分から話しかけない。

 でも、彼女が契約した時点で君の娘をかなり気に入ってるってことだから、心配しなくても大丈夫だぞ。スパティは保護力に特化しているが、かなり強いからな。

 それに、君の将来の息子と契約しているパキランは、攻撃力において、僕に次ぐヤツだから、スパティとは最高の組み合わせだよ』

 

 

 もっとも信頼できるバディーであるフィラムにそう言われて、ハーディスはいくらかホッとしたのだった。

 

 ✽✽✽✽✽

 

 ★七つの精霊★

 

 緑の精霊・植物の精霊

 黒の精霊・地下資源の精霊

 赤の精霊・光や火の精霊

 青の精霊・空気や風の精霊

 水色の精霊・水や水中生物の精霊

 黄色の精霊・生物の精霊

 茶色の精霊・土壌の精霊

 読んで下さってありがとうございました!

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