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第四十一章 枯れ木令嬢の家族紹介


「ジュリア、僕も一緒に行くよ。ちゃんと挨拶しないといけないからね」

 

 義伯母達に向かって歩を進めようとしたジュリアの後ろから、こうロマンドは声をかけると、彼女の腰に手を添えた。

 

「いいの? あの人達に会いたくなかったのでしょう? きっと嫌な気分になるわ」

 

「いいんだよ。彼らと接触するのを避けたかったのは、公の場で僕達の事を発表する前までのことだったんだから。

 ()()()()()()()()()()()()くらいは、婚約者としてちゃんとしておかないといけないし。

 

 ただ、昨日のこと(ドレス切り裂き事件)は内緒にしておこう。今朝義父上には一応説明はしておいたが、どう対処するかはまだ決定していないから。

 ジュリアもそのつもりでいてね」

 

 耳元でこう囁かれて、ジュリアは小さく頷いた。すると、義伯母の声が聞こえた。

 

「まあ、本当に仲が良いこと。

 ジュリア、ようやく貴女の婚約者にお目にかかれたわね」

 

「義伯母様、ご紹介します。こちらがプラント男爵様です。男爵様、こちらがウッドクライス前伯爵夫人です。そして義従兄妹のカークとリンダとキャシーです」

 

「初めてお目にかかります。ウッドクライス前伯爵夫人、そしてカーク卿、リンダ嬢、キャシー嬢。

 私はロマンド=プラントと申します」

 

『義伯母、前伯爵夫人』とジュリアから呼ばれて、シンディー=ウッドクライスは一瞬眉をしかめた。

 つい先日までは自分を『お母様』と呼んでいたのに、あの馬鹿な義娘達が余計な事を喋ったせいで、ジュリアがあれから急によそよそしくなったと、彼女は腹立たしく思った。

 

『義弟とジュリアの手紙のやり取りは全て妨害していたから、ジュリアは自分達との本当の関係を知らずにいたというのに。

 でもまあ、男爵家へ嫁に行ってくれるのなら、息子の邪魔にはならないわ。それに、今注目株のプラント男爵家と親しくなっておくのは損ではないでしょう』

 

 シンディーはそう思いながら、ロマンドに対して愛想笑いを浮かべた。

 

「それにしても、ジュリアと婚約してから半年以上経つけれど、我が家に挨拶にお見えにならなかったのは何故かしら?」

 

「不義理をして申し訳ありませんでした。実は伯爵様から、家の方々への挨拶は皆様同席の時に、と申し付けられていましたので」

 

「「「えっ?」」」

 

 ウッドクライス伯爵家の一同が一斉に同じ反応を示した。もちろんジュリアも含めて。

 

「それはどういうことでしょうか?」

 

「私はただ伯爵様の言い付けに従っただけですので、詳細はよく存じません」

 

「あらそうなの。わかりましたわ。

 それにしても男爵様は王太子殿下とはとても仲がよろしいのね。噂には聞いていたけれど、本当だったのね」

 

「親しいというほどでも。単に同級生で生徒会で共に役員を一緒にやっていた仲ですよ」

 

 ロマンドの答えに、シンディー夫人は何か腑に落ちないものを感じながらも、それ以上はその話を進めなかった。

 そして夫人の後で質問をし始めたのはキャシーだった。

 

「男爵様はジュリアにあまり贈り物をして下さらなかったですわよね?

 たとえばドレスとかアクセサリーとか……

 ええ、確かにお花は毎日届きましたけれど、それは商売物ですわよね?

 それでこう言ってはなんなのですが、私達は男爵様のことをケチくさい方なんだと思っていたのです。王室御用達の農園を経営なさっているというのに」

 

「キャシーお姉様、なんて失礼なことをおっしゃるのですか、男爵様は…」

 

 ドレスもアクセサリーもたくさん頂いている。だけどそれを屋敷に持ち帰ったら盗まれてしまったり、傷付けられてしまうから……とジュリアは言いかけて、それをロマンドに止められた。

 

「でも、それは私達の勘違いだったのですね。細々した贈り物はせずに、ドンと豪華なプレゼントをなさるなんて、さすがは新進気鋭の花男爵様ですわね。

 ジュリアのドレスは、マダム=フローラの一点物でしょ?

 刺繍と真珠が散りばめられていて、なんて豪華で素敵なのでしょう。

 マダムはこのところお忙しくて、なかなか新しいオーダーをお受けにならないと伺っておりましたのに」

 

 確かに今着ているドレスはマダム=フローラの手作りだったが、これを作るために他のお客様からのオーダーをお断りしていただなんて、ジュリアは全く知らなかった。

 彼女はマダムや他のお客様に申し訳ない気持ちになった。

 

「キャシー嬢、勘違いなどではありませんよ。

 私はジュリアを心から愛しているので、本当はドレスや宝石を山のように贈りたいんです。

 しかし、我が男爵家は先代の時に没落しかけまして、最近ようやくその借金返済の目処がついたばかりなんです。

 ですから今の私では、情けなくも自前の草花しか贈れないのです」

 

 ロマンドは態と情けない顔を作ってこう言った。

 またもやウッドクライス伯爵家一同があ然とした。

 

「まさかプラント男爵家は現在()ですの? 義父(ちち)と他国へも農産物を輸出していると伺っていたのですが」

 

 キャシーに続いてリンダまでもが、不躾にも他家の財政状態について質問してきた。

 なるほどとジュリアは心の中で頷いた。何故ロマンドがわざと自分を卑下するようなことを言うのか、ようやくその意図に気が付いた。

 

 この義従姉妹二人は、高い爵位だけでなく、裕福な家との縁談を望んでいるのだ。特にリンダは。

 見目麗しい花男爵を気に入って、男爵家でも仕方ないと妥協しかけていた二人だが、家計が火の車だと知れば、もうロマンドに手を出そうとはしないだろう。

 

「こう言っては失礼だが、何故義父上はジュリアを貴方の所へ嫁がせようとしたのかな?」

 

 カークまで本当に失礼なことを言った。しかも不機嫌そうに眉間に皺を寄せて。

 カークはロマンドの一つ年下でまだ学生である。しかし姉や妹同様、ロマンドや王太子が卒業した王立学園ではなく、王都学院に通っているので、彼らは皆ロマンドと面識がなかった。

 

「恐らく伯爵様は、私の執拗なまでの熱意に絆されたといいましょうか、呆れられたのだと思います。

 皆様がご存じかどうかはわかりませんが、私は二年前までは平民でした。

 そして子供の頃にジュリアに出逢って恋をしました。そしてずっと彼女を探していたんです。

 それが学園卒業後、ウッドクライス伯爵様と仕事を始めるようになって、伯爵の娘さんがジュリアだと知ったのです。

 それでまあ、私は歓喜して舞い上がって、無我夢中で結婚を申し込んでしまったんです」

 

 ロマンドは薔薇色に頬を染めながらこう言ったので、ジュリア達ウッドクライス伯爵家の人間だけではなく、周辺にいた人々は男女の区別なく、彼のその美しさに一瞬見惚れてしまった。

 

『凄い演技力だわ。義姉達から呆れられるためとはいえ』

 

 ロマンドの仰々しい言葉や態度にそうジュリアは思ったのだが、ロマンドはこの時ばかりは事実を述べていたに過ぎなかった。つまり真実の力の破壊力は半端なかったのだ。

 

「熱意だけで義父が自分の娘との結婚を認めたというのですか?」

 

「はい。それと伯爵様は一流の貿易商でもいらっしゃいますから、既存の考え方にこだわってはおられません。

 ですから私の爵位や現状よりも、僕の将来性を見込んで下さったのだと思います。不遜な物言いで申し訳ないのですが、伯爵様にそう言って頂いたので。

 

 伯爵様はいつもそのようなお考えで、ジュリア以外のお子様達のお相手を探していらしたとお聞きしましたが違うのですか? ほら……」

 

 ロマンドは失礼にならないように気を使いながら、周辺にいた人物達を指で軽く指し示した。

 その人物達は総じて爵位の低い者達ばりだったが、近頃各方面で活躍し、話題になっている者達ばかりだった。皆立派な身なりをし、彼らに相応しいパートナーを連れていた。

 

 ロマンドの意図がわからずに伯爵家の者達がキョトンとすると、彼は声を潜めながらこう言った。

 

「えっ、お気付きにならないのですか? 彼らは皆、伯爵様が以前から目をかけられていた方々ばかりですよ。

 そして貴方方(あなたがた)に顔合わせをさせようとなさっていたではありませんか。

 私はそのように伯爵様からお聞きしましたが。

 伯爵様はなんて先見の目があったのだろうと、私などはとても感心してしまったのですが……

 あの方々とは私も是非お近づきになりたいところですが、ウッドクライス伯爵家と縁者になってしまったので、さすがにそれは無理ですよね」

 

 ロマンドは態とらしくため息をついた。本当は秘密裡に親交は深めていたのだが。

 

「ごめんなさい、男爵様。私なんかと婚約してしまったせいで」

 

「何を言っているのですか?

 私は最愛を手に入れた、世界一幸せな男なんですよ。その他のことなんて、どうでもいい瑣末な事なんですよ。貴女に誤解を与えるような発言をしてすみませんでした」

 

 まさか先ほどの言葉を真に受けるとは思わなかったロマンドは、本気で焦った。

 伯爵家の者達に単に嫌がらせをしたかっただけなのだが、ジュリアは本当に素直過ぎる。そして相変わらず自己肯定感が低過ぎる。

 しかしそれも目の前の奴らのせいかと思うと、ロマンドはますます腹立たしく思った。

 この大勢の人々の前で、こいつら全員断罪してやりたいと、この時ロマンドの心の中に負の感情が沸き起こってきた。

 

 すると、ロマンドの腕に手を添えていたジュリアから、包み込むような優しい気が彼の中に流れ込んできた。

 高ぶっていた負の感情を消すような、そんな柔らかくて温かな気だ。

 恐らくジュリアは無意識でロマンドに気を送り込んできたのだろう。彼の悪い気に反応して。

 

 以前ロマンドは、一度だけ自分の感情を爆発しかけたことがあった。それ以後、感情を暴走させたことはないし、今だって気の高ぶりをほとんどの人間には気付かれていないだろう。

 それなのに、ジュリアだけが自分の感情に敏感に反応してくれたのだ。そのことが嬉しくて、情けなくもあったロマンドだった。

 だからこそロマンドは、演技ではない笑みを浮かべて、ジュリアに真実を告げていたのだ。


 それからロマンドは、彼の指摘で自分達の大きな失敗に今さらながらに気付き、ただ呆然としている者達に向かってこう言った。

 

「あっ、先ほど申しました通り、私は先物取引で認めて頂いたようなものなんです。ですので、今現在の私の能力では、ジュリアにこれ程のドレスは贈れません。

 このドレスは伯爵様がマダム=フローラに、半年前に注文して作らさせたドレスだそうですよ。

 それに娘のデビュタント用のドレスを準備するのは、父親の役目ですよね。それを横取りするわけにはいかないですよ。

 お二人のデビュタント用のドレスも、伯爵様が作って下さったのでしょう?」

 

 リンダとキャシーはハッとした顔をした。

 

「ジュリア、私……」

 

 キャシーが何か言いかけた時、またもやファンファーレが鳴らされたのだった。

 

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