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第四十章 枯れ木令嬢の家族の噂

 

 そのウッドクライス伯爵家の一連の話を聞いた時、エバーロッテはこれまで取集してきた情報を思い出していた。

 

 父親の話によると、留守がちな当主に代わって屋敷を守っているのは前当主の未亡人だという。

 夫が亡くなった後、新たな当主となった義弟との再婚を望んだが、彼には平民の事実婚の妻と娘がいたので拒否されたらしい。

 しかし()()()()()義父はその平民妻を認めようとはしなかったので、自分にはまだチャンスがあるとばかりに、亡き夫の隠し子をわざわざ三人も引き取って、同情を買おうとした。

 

 しかし伯爵はその未亡人と子供達をそのまま屋敷に住まわせることは認めたが、結局彼女とは結婚しなかった。

 そして新当主は、防衛統括大臣の他にも個人で貿易商をしていたので、とにかく忙しくしていて、ほとんど屋敷には戻らなかったようだ。

 

 それでは、その後事実婚の女性と正式に結婚したのかといえばそれもなく、伯爵は今も独身を貫いているらしい。

 そして伯爵の実の娘がどこでどうしているのかを知る者は、誰もいなかったそうだ。 

 

 高位貴族の当主達は皆、ウッドクライス伯爵家の成り立ちや役割を理解していた。だからこそウッドクライス伯爵家との縁組みを避けていた。

 覇権を握ろうと誤解されるのを避けるためだ。

 それなのにやたらとすり寄ってくるウッドクライス伯爵家の居候の子息や令嬢達に、皆うんざりしていたらしい。

 

「伯爵家の上の令嬢と、僕の友人の子爵家の令息との縁組みの話が以前あったらしいのだが、彼女からは顔合わせをすることなく振られたそうだ。

 人柄や能力も素晴らしく、新規事業も順調だったなのに彼のどこが不満だったのか。

 もっとも気立てが良くて頭の良い、同じ子爵家の令嬢と婚約して幸せそうだから、結果的に良かったけどね」

 

「彼女達は爵位だけが望みなんでしょう。高位貴族の子息ばかり狙っているようですからね。

 しかし自分を客観的に見られないのも惨めですね。自分達が高位貴族の中でやっていけるかどうかもわからないなんて。

 いくら顔だけ良くても、教養も品位もない令嬢なんか、家を回していけるわけがないのに。

 もう、問題のある家や、隠居の後添えか、愛人くらいしか道はないんじゃないですかね?」

 

「それに、前当主の息子はどうするんだろうね? 本人はともかく、母親が侯爵家の出だからって、伯爵以上の家の令嬢を狙ってるみたいだけど、無理そうだよね」

 

「何故なんですか? 姉妹達と比べると問題なさそうですけど」

 

「出自の問題だね。彼が前当主の種ではないっていうのが、高位貴族の中じゃ暗黙裡らしいよ。

 結婚して五年後に生まれているし、夫婦仲はとっくに冷えていて、前当主はほとんど屋敷には帰ってこなかったらしいしね。しかも……」

 

「しかも?」

 

「伯爵家の執事にどことなく似ているらしいんだ。そのご令息は」

 

「本当かどうかわかりませんが、そんな噂が出回っているなら、おっしゃる通り高位貴族との縁組みは無理なんじゃないですか?」

 

「恐らくね。大体前夫人のご実家の侯爵家が、とっくに彼らを見放しているんだからね」

 

「わぁ、それは絶望的ですね。

 でもそうなると、子爵家の令嬢の件はもったいなかったですね。両想いだったそうですし。

 先程のご友人が婚約された方って、確かそのご令嬢でしたよね? とても気立てがよくて優秀な女性だと評判の」

 

「全くもって惜しいことをしたよね。逃がした魚は大きいとはまさしくこのことだね。

 しかし最終的に別れる決断をしたのは本人なんだから、僕は同情はしないけどね」

 

 以前、兄と従兄がそんな話をしていた。ウッドクライス家とは物凄い家だな、とその時エバーロッテは思った。

 そしてそれから間もなくして、突然ウッドクライス伯爵令嬢が婚約したというニュースが、高位貴族の当主達の中だけに流れ、彼らは大変驚いたのだそうだ。

 

 そして伯爵家の二人の令嬢のうちどちらなのだろうと、みんなで話題になったらしい。

 ところがやがてそのどちらでもなく、その伯爵令嬢とは、伯爵の実の娘のことだとわかったそうだ。しかも、相手が社交界で一番人気の花男爵ことプラント男爵だったことを知って、驚くと共に彼らは皆納得したのだという。

 

 

 元々プラント男爵は急速に勢力を拡大している農園経営者だったので、もしかしたら『緑の手』、もしくは『緑の精霊使い』ではないのか、と高位貴族達の中では囁かれていたからだという。だから皆やはりなと思ったらしい。

 ただ、それならば何故婿にしないのかと普通は疑問に思うところだが、皆が現ウッドクライス伯爵の性格をよく把握していたので、何となく納得してしまっていたという。

 

 ✽✽✽


 現ウッドクライス伯爵とその兄である前当主は、『緑の精霊使い』としてのかなり高い能力を持っていた。

 ところが彼らの父親で先々代の伯爵は、息子達とは違って『緑の精霊使い』の能力はあまり高くはなかった。

 そして権力志向が高い人物だったという。だからこそ伯爵家のしきたりに背いて、侯爵家の娘を長男の嫁にしたのだろう。

 しかしその結果がこの現状である。

 

 現当主の兄である前当主は、融通の利かない思い込みの強い人間で、とても繊細な人物だったという。

『緑の精霊使い』としては優秀であったが、人とのコミュニケーションが苦手だった。その上ハード過ぎる職務のせいで、かなり神経をすり減らして若くして亡くなったのだという。


 そして現伯爵はとにかく学生時代から英明闊達、眉目秀麗で、とにかく人気者で友人が多かった。

 彼も優秀な『緑の精霊使い』ではあったが、次男だったために、伯爵家の跡継ぎになるとは思ってはいなかった。

 そのため、『緑の精霊使い』として特殊部隊に配属されながらも、国際交流で平和に貢献しようと貿易の仕事もしていた。

 

 ところが兄の死で、突如跡目を継がなくてはならなくなった。

 しかも兄の妻と息子どころか、兄の隠し子とされる三人の子供達まで面倒を見る羽目になった。

 ただでさえ自分の妻子とも滅多に会えないくらい忙しかったというのに。

 

 ウッドクライス伯爵がどんなに優秀で立派な人間であろうと、あの家を立て直す余裕などあるはずがなかった。現状こうなったのもやむを得ないことだった。

 伯爵家がこうなった原因は、息子達の人生を振り回した伯爵の父親のせいである。それと同時に前夫人の罪過が大きいといえるだろう。


 彼女は居候として置いてもらい家政を預かりながら、子育ても社交も屋敷運営も、その職務をまともにこなさず、好き勝手なことをしていたのだから。

 しかし特に一番許し難いのは、自分で引き取っておきながら、一切子供達の世話をせず、まともに教育や躾を施さなかったことだった。


 そしてもっとも悪いのは、彼ら一族に重責を負わせ続けた国であろう。

 


 現伯爵ハートは超多忙だった。しかしそんな中でも子供達のことに気をかけて、まめに手紙を書き、結婚相手を探し出した。

 それにも関わらず、相手の家柄だけで判断して顔合わせもしなかったというのだから、その子供達も大概ではあったが。

 

 ✽✽✽

 

 エバーロッテは、ウッドクライス伯爵家のご令嬢が婚約したと聞き、しかもその相手がプラント男爵だと知った時は驚いた。

 自分のもっとも尊敬する先輩が、問題の多いとされている、あのご令嬢のどちらかと婚約するとはとても思えなかった。

 

 学園に在学中のロード(ロマンド)は、自分には好きな子がいるのだが、今どこにいるかわからないと辛そうにエバーロッテに話をしていたからだ。それなのウッドクライス伯爵令嬢と婚約した?

 その想い人のことは諦めたということなの? あの先輩が?

 

 しかもウッドクライス伯爵令嬢といえば二人とも社交界でもかなり評判が悪い令嬢だ。

 自分より下位の貴族を見下し、高位貴族の令息ばかりに媚びを売るはしたないご令嬢だと。

 あまりにもちぐはぐな組合せに違和感しかなかった。

 

 しかし、花男爵と婚約したのは伯爵の実の娘だという。

 生まれた時から体が弱くて気候温暖な地で療養生活を送っていたが、そこが花男爵の領地近くであったために、そこで二人は偶然に知り会った……らしい。

 

 エバーロッテは王太子からそう聞かされて納得し、ホッとした。しかしそれと同時に彼女は、花男爵の婚約者だという、そのご令嬢のことが心配になったのだ。

 療養先から王都に戻って来ているとしたら、その評判のよくないという前当主の家族と暮らしていることになる。

 もしそうなら、病弱で儚い少女がその中で無事に過ごしているのかと不安になったのだった。

 

 そこでエバーロッテはその婚約者の助けになりたいと、プラント男爵に連絡をとろうとしたのだ。何度も手紙を出して。しかし、男爵からは、


『ご心配して頂いてありがとうございます。その節は、どうぞよろしくお願いします』

 

 という礼状が届いただけだったのだ。


 あの方のことだからきっと何か対策はしているだろうと、エバーロッテはそう確信はしていた。

 彼は貴族に成り立てで、女性の社交場での厳しさをよくわかってはいないのではないか、彼女はその不安がどうしても拭えなかったのだった。

 

 

 案の定、彼女はパーティーが始まってすぐに、悪意ある視線を送られていた。

 そして妙な男性達に囲まれていたと思ったら、壁際のソファに座って泣きそうになっているではないか。

 男爵様が珍しく慌てた素振りしているし。

 

 ほら思った通りだわ。彼女を怖がらせているじゃないの。あんなに怯えさせて可哀想に……とエバーロッテは憤慨してジュリアとロマンドの側に近寄った。

 そして彼女は助け船を出そうとしたのだが、それがジュリアに誤解を与え、恩人である師匠に反対に迷惑をかけることになった。

 

 エバーロッテはとにかく美人で頭が良く、気立ての良い令嬢だったが、人から誤解されてしまうという特技?を持っていたのだった。

 

 

 

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