第三十六章 枯れ木令嬢を囲む人々
更新が遅くなりました。
何故自分がこの国の王女と同等なのか、何故未来の王太子妃、いや王妃になられる高貴な方に自分が守られるのか、ジュリアには全くもって理解不能であった。
ただしその後すぐ、せめて今日だけでも公爵令嬢に助けてもらえたら大変ありがたいと思った。何故なら、今身に付けているドレスだけはどうしても守りたかったからだ。
「エバーロッテ様、ジュリアは社交界のことを全くわかっておりません。今後ジュリアを導いて下さると大変助かります。どうかよろしくお願い致します」
ロマンドがエバーロッテに深々と頭を下げたので、ジュリアも慌ててそれに倣った。
「ええ、もちろんですわ。ロード先輩には生徒会で色々と助けて頂きましたもの。そのお返しをしなくてはいけませんわ。
それにしてもジュリア様はとても可愛らしくて正直な方ですね。是非ともお友達になりたいわ。こちらこそよろしくお願いします」
こうしてジュリアは初めての社交界で、公爵家の令嬢であり王太子の婚約者という大きな後ろ盾を持ったのであった。
そしてそれはジュリアがヴィオラ以外にもう一人、一生涯の親友を得た瞬間でもあった。
ジュリアとエバーロッテが話を始めたので、王太子がそっと婚約者の側を離れた。そして親友に近づくと、彼の耳元でこう囁いた。
「してやられたよ、親友!
父とウッドクライス伯爵もグルだな。この僕が一切知らされなかったなんて」
「皆様、殿下のことを思ってしたことですよ。政略より本当に望んだ方と結ばれるべきですし。
防衛に関しては将来伯爵が引退なさったら僕が後を引き継いで、ジュリアと共に任務につかせてもらいますからどうかご安心を。
そして王太子殿下は妃殿下と共に、外交面でこの国の安全を確保して下さい。
ただし特殊部隊の改革は絶対にして下さい。騎士団や外交部門を強化してこちらの負担を軽減して下さい。しかもできるだけ早く。
殿下の側近の皆さんは大変優秀な方々ですから、殿下が叶えたいと望みさえすれば、彼らは協力を惜しまないでしょう。婚約者様同様に。
大体なにも貴方一人が全ての責務を背負う必要はないではないですか。
これからは皆でシェアしていきましょうよ。エバーロッテ様にも既にその覚悟は出来ていらっしゃるようですし。
それに改革を早急に実行して頂けなければ本気で反逆しますよ。国王陛下にもこのことは伯爵が宣言済みですからね」
ロマンドの言葉に王太子は瞠目した。そしてそれから脱力し、初めて本物の笑顔を親友に見せた。
「君は生徒会でエバーを仕込んでくれたんだな。王太子妃の覚悟を。僕には怖くてそれができなかったが」
「殿下は僕がジュリアに対して過保護過ぎるとおっしゃっていましたが、それは殿下も同じでしょう?
大切だからこそエバーロッテ嬢にお気持ちを告げずにお別れしようとされていたのですから。
しかし貴方は彼女の覚悟を軽く考えていましたね。それに僕のことも甘く見ていましたよ。
殿下はエバーロッテ様の代わりに女性の『緑の精霊使い』を手に入れて、国防を担わせようと、ずっと密かに探していらしたでしょう?
それを知っていたから僕と伯爵はジュリアの正体を隠したんです。殿下の婚約が正式に決定されるまで。
大切なジュリアをエバーロッテ様の身代わりにされたらたまりませんからね。
伯爵と僕がそれを妨害するのは当然でしょ? 僕達は何よりもジュリアを愛しているのですから。でもそれは彼女が『緑の精霊使い』だからではありませんよ」
ロマンドの緑色の瞳は冷たく光っていた。
もし自分が判断を過っていたら、この王宮は吹き飛んでいたかも知れないなと、王太子の顔が強張った。
そしてさらに、あの防衛統括閣下も加わったら城ごと破壊されていたかもと、遠い目をして身震いしたのだった。
✽
今日は色々な面白いものを見せてもらったとルフィエは思った。
いつも冷静沈着な男爵がジュリアに関する事になると、少し馬鹿になる様子が年相応で微笑ましかった。
ジュリアを守ろうとする心意気は十分過ぎるほどわかるのだが、その熱意が熱すぎて空回りしていた。
二人に話しかけている彼らは、おそらく『緑の精霊使い』のお仲間だろう。
最初に二人に近づいた男を見た時は少し警戒した。貴族だということはわかったが、動作が一般人とは違うし、かと言って騎士とか護衛ともどことなく違った。
特に奇妙だったのは、周りの様子を絶えず伺っている割に、目で見ているというより、身体全体で感じているような仕草をしていたところだった。
この会場のあちらこちらに似た感じの男達がいたので、恐らくは国の特別な機関の者なんだろうとルフィエは思った。
しかも、彼らが男爵の知人なら間違いなく『緑の精霊使い』の仲間なんだろうと確信した。
ルフィエは少し離れた所で見守っていたが、突然、どんなに神経を集中してもジュリアや男爵の会話を聞き取れなくなった。しかも唇を読むこともできなくなった。何か特殊な力が働いたのだろう。
それでも目を凝らして見ていると、男爵は先輩方から色々とご指摘をされたのか、あの彫刻のように華麗な顔が、時折ムッとしていた。
彼のそんな顔を見られたのはなかなか得難いことだった。
おそらく、社交界でジュリアをどう守るつもりなのかを指摘されたのだろう。
淑女の中に囲われたら、パートナーや護衛ではどうしようもないこともあるのだから。
女性同士のやり取りはやはり慣れていくしかないのだろうが、生憎ジュリアにはそれを指南してくれる者がいなかった。
あのウッドクライス家の女性達では全く役に立たないのだから。
『しかしこれは男爵様より伯爵様の責任が大きいと思う。
お嬢様が前伯爵夫人に半ば監禁状態にされていると知っても、伯爵様は何も手を打たなかったのだから』
ずっとそう思っていたルフィエだったのだが、何故伯爵がジュリアを社交界へ出さなかったのか、今日その理由を知った。
伯爵もまさか自分の娘が使用人以下の扱いをされるとは思ってはいなかったのだろうが、彼は最初からジュリアに貴族達と接触させるつもりはなかったのだろう。
ジュリアが『緑の精霊使い』だと世間に知られたら、彼女の力を利用しようとする者が現れないないとも限らないのだから。
その証拠になんと王太子までが、ジュリアというか『緑の精霊使い』を見つけたら、王太子妃に据えて国のために奉仕させるつもりでいたようだから。
王太子殿下とその婚約者の登場で、ジュリアと男爵の周りもぐるっと近衛騎士が囲んだために、ルフィエは彼らに近寄ることができなかった。
しかし、さっきの特殊な力は消えたらしい。目と耳が異常に良いルフィエは、途切れ途切れだがどうにかその話を聞き取ることができたし、彼らの唇の動きも詠むことができた。
そのためにルフィエは、王太子と男爵とのやり取りで何となくそのことが推察できた。
それにしても、王太子が愛する女性と別れてまでも国防のことを考えていたのは、次期国王としては立派な態度だったろう。
とは言え、そもそも次期王妃としての資質があり、その覚悟がある女性ならば、最初から彼女を選ぶ方が妥当というものである。
それをしなかったのは彼女を愛していた故に、彼女にいらぬ苦労をさせたくなかったという、単なる彼の甘えであり、傲慢さである。
言い換えれば愛する女性でなければ苦労をさせても構わないということなのだから。
そもそも愛されてもいないお飾りの王妃が、そこまでの辛い任を果たせると本気で思っていたのか? 人の心というか女性の気持ちがわからな過ぎる。どうかしている。この自分だってそれくらい想像が付くのに、とルフィエは呆れた。
『緑の精霊使い』ならば夫からの愛情がなくても無条件に国を守ってくれるとでも思っていたのだろうか。
『緑の精霊使い』はあくまでも使い手であり、精霊自身ではないというのに。
ジュリアを見ているとわかる。ジュリアは確かに多くの人々から虐げられながらも、人を思いやれる優しさや強さを持っている。
しかしそれは過去に愛されていた記憶があったからだ。だからこちらが愛情を向ければ彼女もそれに応えてくれるのだ。
ジュリアに限らず人間は天使でも精霊でもない。無からは何も生まれない。
最初から何も与えてもいないのに、何かを要求するのは間違いだ。
国のために尽くせだと? 国がジュリアに何をしてくれた? 食べ物か? 衣類か? 寝床か? 肉親の情か? 友人知人か?
ジュリアにそれを与えたのは両親以外では男爵と彼の母親だけだ。
国や王太子は何一つ与えてはいない。むしろ彼女から父親を奪ったようなものではないか。
彼女が生まれてからこれまで何日父親と会えたと思うのだ。この二年半を顧みてもたった三日しか会っていないのだぞ。
それなのにたとえこの国の平和のためとはいえ、彼女に計り知れないほどの要求をしようとしていた王太子は、まさに鬼畜で恥知らずだ。
まあ、彼が欲していたのはそもそも『緑の精霊使い』の女性であり、ジュリアという個人を指していたわけではないのだろうが。
だがそれにしたって妻にしようとする女性の人格を完全に無視している。
『緑の精霊使い』で、その能力をきちんと使いこなせる女性なら誰でもいい。
もしそんな考えで『緑の精霊使い』を見つけていたら、王太子はどうやってその女性と結婚するつもりだったのだろうか。
相手の思いなどまるで無視して、その権力で言うことを聞かせるつもりだったのだろうか。それとも愛国心や義侠心を煽って心情面で洗脳するつもりだったのか?
それともあの柔和な優しい仮面で近付いて、強制されていることを相手に悟られないように上手く懐柔するつもりだったのだろうか。
読んで下さってありがとうございました!




