第三十五章 枯れ木令嬢の熱情と思い込み
ジュリアの一人語り芝居をお楽しみ下さい!
ジュリアの瞳が潤んでいることに気付いたロマンドは慌てた。何故泣きそうになっているのかわからなくて一瞬パニックになりかけた。
するとエバーロッテが呆れたようにこう口を開いた。
「ロード様はもしかして私達の関係をお話しになっていなかったのですか? 婚約してから半年も経つというのに。
おかしいとは思っていたのですよ。全く紹介して下さらないから」
「私達の関係……」
ジュリアの呟きを聞いてロマンドはハッとした。何か齟齬が生じていることに彼はようやく気が付いた。
「エバーロッテ嬢、さっきから誤解を招くような言い方をしていますよ。止めて下さい。彼女は世間の噂などは全く知らないのですから」
「あれは噂なんかじゃないわ、間もなく婚約発表するつもりなんだから。それをジュリア様にお話しておかなかったのはロード様が悪いのでしょう?」
「婚約発表? エッ? 酷い。
それでは先ほど私をエスコートして下さったのは、こんな枯れ木娘は僕には相応しくないでしょうと、皆様方に周知させてから婚約破棄をなさりたかったのですね。
あんまりです。
そもそも好きな方がいらしたのにその方とは結ばれないから、仕方なく私と婚約なさったのですのね?
そして私をお飾りの妻にして、愛する方とはこっそりと愛を育まれるおつもりだったのですね。
でも私との婚約後に、エバーロッテ様とのことが認められたので、私との婚約を破棄なさろうとしているのですね?
いいえ、違うわ。そもそも正式に私との婚約は成立していなかったのではないですか?
何故正直に話して下さらなかったのですか?
私は貴方のことを愛しています。いつの間にとても大事な方になっていました。だからこそ、貴方が幸せになるのだったら、私は悲しくてもおとなしく身を引きますのに……」
「・・・・・」
ジュリアの言葉にロマンドは二重の意味で衝撃を受けて呆然とした。
自分がエバーロッテと愛し合っていて、ジュリアをその身代わりとしていると誤解されたこと。
ジュリアがこんなに嫉妬してくれたこと。
自分を愛しているから自分の幸せのためなら身を引くと、泣きながら言ったこと。
ジュリアが自分を好いてくれていることはもちろんわかってはいたが、こんなに激しい気持ちを持ってくれているとは、正直ロマンドは思っていなかった。
自分と同じだけの愛情をジュリアに持って欲しいなどとは考えてはいなかった。自分の愛情が重すぎることは重々わかっていたからだ。それなのに……
喜んでいる場合ではないことくらい十分わかってはいたのだが、にわか貴族であるロマンドは無表情な仮面を装うことができず、慌てて緩んだ口元を片手で覆った。
そして、少し離れた場所でそれを見守っていた二人の紳士が冷静にサッと動いた。
そのうちの一人、ルフィエがサッとジュリアの横に立った。そして彼の鋭い眼光で睨みつけられたロマンドは、ようやく真顔に戻った。ルフィエのその視線に命の危機を感じ取ったので。
『そんな目で見ないでくれ、ルフィエさん!
冗談ではない。幸せの絶頂にようやく立てると思っていたのに、こんな所で殺されてたまるもんか!
ここで死んだら恨んで永久にこの世を祟ってやるぞ!』
ロマンドは心の中でこう叫びながらも、必死で心を落ち着かせながらこう口を開いた。
「ジュリア、落ち着いてよく聞いて。エバーロッテ嬢は学園時代の二学年下の後輩だ。同じ生徒会にいたから親しくさせてもらっているが、ただそれだけだ」
「でも、ロード様と本当の名前を呼んでいらしたわ。エバーロッテ様が入学された頃は、既にロマンド様に変わっていたはずなのに。
特別の関係だったからそう呼ばせていたのでしょう?」
「違う! 友人達はみんな僕をロードと呼んでいたんだよ、学園を卒業するまでずっと」
「えっ?」
ジュリアがようやく自分の目を見てくれたことで、ロマンドはようやくホッと一息ついた。
そして声のボリュームをさらに一段下げてこう言った。
「それに、エバーロッテ嬢は王太子殿下の幼馴染みで恋人だ。
……しかも内密にもう既に婚約をされている。だから誤解しないでくれ! 変な噂が流れたら僕の首が飛んでしまうから。
ジュリアとキスもしないまま死ぬなんて絶対に嫌だ!」
「!!!」
ジュリアはそれこそポカンとしてロマンドの顔を見た。そしてその後で言葉の意味をようやく理解して真っ赤になった。
「男爵様、淑女達の前で何を言っておられるんですか! まあ、お気持ちはわかりますが」
ルフィエが呆れたような顔でこう呟いたのだった。
そして、ジュリア同様に淑女とは思えないほどポカンとしていたエバーロッテが、慌ててこう言った。
「ごめんなさいね! 私が紛らわしいことを言って。でも、まさか私と殿下のことをジュリア様にお話していないとは思っていなかったものですから。
だって私はロード様の一番の後輩、いえ弟子だと自負しておりましたので。まさか話題にも上ってもいなかったなんて、正直ショックですわ。一度も会わせて頂けなかったし」
「いやあ、殿下と貴女のご関係がまだハッキリしなかったので、ジュリアには話しにくかったのですよ。
それに貴女にお会いするためには、殿下と一緒の時しかないじゃないですか。
しかし、お忙しい殿下にプライベートで謁見を申し込むわけにもいかないでしょう?」
「よく言うよ。僕だって、君の婚約者に会ってみたいと何度も言ったのに、とうとう連れて来てくれなかったじゃないか。
単に君は、大切な婚約者を自分以外の男に会わせたくなかっただけだろう?」
エッ?
突然の乱入者にジュリアは今までとは違うショックを受けて、思わずのけ反りそうになった。
何故ならエバーロッテの後ろから、突然王太子が現れたからだった。
金髪碧眼でそれこそ恋愛小説の挿絵に出てくる王子様そのまんまだった。ロマンドと比べると少しアレだが、それでもかなりの美丈夫だ。
温和そうな雰囲気を醸し出してはいるが、これはわざとだなとジュリアは思った。かなり頭が切れる方だと感じた。
まあこれまでもロマンドから、王太子に上手い具合いに利用されてきたという話を聞かされてきたからではあるが。
「まさかそんなことがあるわけないじゃないですか。殿下にはエバーロッテ様という心に決めた方がいらっしゃるのに」
ロマンドは通常のクールモードに戻っていた。そして薄っすらと笑みを浮かべてこう言った。
「この度はおめでとうございます。いつ発表されるのかと思っておりましたが、私同様にお相手のデビュー後になされるおつもりだったのですね」
「まあ、そうだ。早過ぎる婚約は色々と弊害があるからな。彼女はまだ学生だし、束縛するのも悪いと思ったし。
それにしても、君の囲い込みは素晴らしかったな。王太子だった僕にも何の情報も入らなかったからな。お見事だよ」
「お褒め頂きまして、感謝致します」
ロマンドが感情を抑えて恭しく頭を下げると、一瞬王太子が悔しそうな顔をしたように見えた。
隣りにいるエバーロッテには見えないのであろうが、王太子の顔はこれから婚約発表をするという華々しさは見えず、少し落ち込んでいる様子に見て取れた。
しかしさすがは王太子。すぐにまた朗らかな表情に戻ってこうジュリアに言った。
「ジュリア嬢、ロードは僕の親友だ。だから今後は貴女ともずっとお付き合い願いたい。エバーロッテともども」
「そんなお言葉を頂けるなんて思ってもおりませんでした。光栄に存じます」
ジュリアは軽く片足を下げて頭を垂れた。すると王太子はようやく視線をジュリアから、まもなく自分の婚約者だと発表する女性に向けた。
「エバー、君ももう知っているとは思うが、ジュリア嬢は我が国のもう一人の王女と言っても過言ではない。その話は先日、婚約の儀の際に話をしたよね?」
「はい、お聞き致しました」
「その上先ほどのデビュタントの式典で、彼女に『緑の手』の力があることが証明された。あの光の意味がわかる者にとっては彼女の存在は垂涎ものだ。これからは危険も伴うこともあるだろう。
いくら護衛が付いていても、女性ばかりの中ではなかなか対処し辛い。君が彼女に気をかけて、色々フォローしてくれると助かるのだが」
王太子の言葉にエバーロッテは頷き、輝くばかりの笑顔でお任せ下さいませと答えた。
しかし、目の前で二人のやり取りを聞かされていたジュリアは、先ほどから腰が抜けそうになっていて、それを後ろからロマンドによってようやく支えられていた。
王太子とその婚約者の会話の意味が全く理解できないジュリアだった。
読んで下さってありがとうございました!
これから三人のなかなか濃い学園時代の昔語りが出てきます!