第三十一章 枯れ木令嬢の覚悟と想い出のダンス
大広間の中がざわついた。
自分は何かやらかしたのかとジュリアはヒヤッとしたが、それでもロマンドのエネルギー注入のおかげか動悸も起きず、慌てずゆっくりと頭を上げた。
すると国王は驚いた顔はしていたが、それは蔑む感じではなかったので、ジュリアは内心ホッとした。
そして次に王妃殿下に抱擁された時、ジュリアは耳元でこう囁かれた。
「今後の貴女の活躍を期待していますよ。そして貴女の幸せを心から祈っています。お母様の分まで」
ジュリアは驚いて目を見開いて王妃殿下を凝視してしまった。
しまった!とジュリアはその失礼な振る舞いに心臓が止まるかと思ったが、王妃殿下の目は限りなく優しくて慈愛深かった。
どうにかジュリアは流れを止めることなく、無事に階段を下りて行った。
そして階段下で待っていてくれたロマンドの腕に手を添えて、壇上側の扉から一旦廊下へ出た。
「立派だったよ、ジュリア。頑張ったね」
「なんか色々想定外のことが起きてドギマギしちゃったんだけど、私の動きはスムーズだったかしら?」
「うん、大丈夫だったよ。でも想定外って花冠を載せられた時のこと?」
「ええ、そう。なんか周りがざわざわしたんだけど、私が何か失敗をしたのかしら? 陛下も少し驚いた顔をなされていたし」
ジュリアがこう言うとロマンドは少し笑った。なあに? とジュリアが小首を傾げた。
「ジュリアには見えなかったんだね。その花冠がね、光ったんだよ。ジュリアの頭の上に載った瞬間に」
「えっ?」
「鏡を見てごらんよ」
ジュリアはロマンドに手をひかれて、廊下にかかっている飾り付きの大鏡の前に立った。そしてそれを覗いて驚いた。
花冠の白い小薔薇が満開になっていた。確か陛下が手にしていた時には蕾だったと記憶しているのだが。
それにしてもなんて綺麗な花冠なのだろう。自分で言うのもあれだけど、なんか自分に似合っているかも…
「ジュリア、とっても綺麗だ。まるで花の妖精みたいだよ」
「ありがとう。嬉しいわ。でも、そのたとえは妖精さんに怒られてしまうわ」
ロマンドの言葉は嬉しくてたまらなかったが、さすがに妖精さんに例えるのは不敬のような気がする。
ただでさえ自分達は『緑の精霊』のお使いの立場なのだから、そんな傲慢なことを考えたらバチが当たりそうで怖い、とジュリアは思った。
するとロマンドは相変わらずだね、とクスクス笑った。
「『緑の精霊』はね、君をこの花冠に相応しい人物だと認めたんだよ。だから、精霊の力で花を咲かせたんだよ。まあ、当然といえば当然だけどね。
まあ『緑の精霊使い』のことは極秘だから、王家の人以外の高位貴族の皆さんは、貴女を『緑の手』の持ち主だと認識したはずだけど。
だからこれからジュリアは自分が『緑の手』持ちで、しかも『緑の精霊使い』なんだと自覚を持って、堂々としていないといけないんだよ。自分は相応しく無いなんてオドオドとしたら、それこそ『緑の精霊』に失礼だからね」
「エーッ! そんなの無理よ……」
ロマンドの言葉にジュリアは頭を振った。
『緑の精霊』さんは何故寄りにも寄ってこんな王城で、こんな枯れ木令嬢の私が自分の使い魔だとばらしたのだ。『緑の精霊使い』の権威を傷つけるではないか!
ああでも、王族の皆さんは私が『緑の手』の持ち主だとわかったから驚かれていたのか! とジュリアはそこで納得してしまった。
『緑の精霊使い』の数はそれほど多くない。しかも女性はかなり珍しいというから。
なるほど、だから王妃様はあんなことをおっしゃったのね。
『これからの貴女の活躍を期待していますよ』と。
でも無理。絶対に無理〜!
ジュリアは頬に両手を当てて、再び頭を振り始めた。しかし、ロマンドがその両手の上から被さるように包んで、その動きを止めた。
「ジュリアならちゃんと『緑の精霊使い』としての務めが果たせるよ。
だって『緑の精霊』はその資格のある者をちゃんと選んで自分の使い手としているんだから。
もしそれでなければ、ご自分の貴重で強大なその能力を分け与えて下さるわけがないんだ。ご自分の持つ影響力を誰よりもご存知なのだからね。
だから自分に自信を持って!」
ロマンドに真剣な目でそう言われて、ジュリアは胸がドキンとした。
そうだった。
私は両親に愛されていた。
ケントも、ルフィエさんも、ヴィオラさんも、ロバートさんも、マダム=フローラさんも、私を大切に思ってくれている。
そして初恋の相手であるロマンドは、会えなくなってからも私をずっと好きでいてくれたんだわ。
私はそんなみんなに相応しい人間になるんだって、堂々と背筋を伸ばして歩こうと決めたんだったわ。
それなのにすぐに『私なんて…』って思ってしまった。本当に悪い癖だわ。いつからこんな悪癖がついてしまったのかしら?
きっと伯爵家に連れてこられてからだわ。
『どうせ私なんて……』そう思った方が楽だから、きっと無意識に辛いことから逃げようとしていたんだわね。
でも、いい加減その考え方はやめなきゃね。そうでないと『花男爵』の婚約者として相応しくないものね。それから『緑の精霊使い』としても……
ジュリアは何度か瞬きをした後、ロマンドを再び見つめ直してこう言った。
「ごめんなさい。せっかく貴方が好きになってくれたのに自分を卑下することばり言って。
これって、貴方にとても失礼よね。それから『緑の精霊』さんに対しても。
私、貴方にも『緑の精霊』さんにも相応しい人間になれるように頑張ってみるわ。だから、私に力を貸してね、ロマンド!」
「もちろんだよ、ジュリア」
ロマンドは即答した。でも心の中ではこう思っていた。
『本当は今の君で十分、いや十二分過ぎるくらいなんだけどね。
だけど頑張るって気持ちが自信につながるのなら、まあ、いいか……』
やがて室内楽の演奏が始まった。デビュタントのイベントは終了したのだろう。
ジュリアと同じく白いドレスに花冠をかぶった少女達が、次々とパートナーの男性と共に再び大広間へ戻って行った。
しかしその多くのデビュタント達が、ロマンドとジュリアの顔を見て頬を染めながら通り抜けて行った。
『いくらロマンドがかっこいいからって、パートナーがいるのに頬染めて見つめるのは、さすがにまずいのでは?』
淑女としての微笑みをちゃんと浮かべながら、ジュリアはこう思った。
しかし彼女は知らなかった。少女達はロマンドだけを見つめて微笑んでいたわけではないということを。
彼女達はロマンドとジュリアのカップルがあまりにもお似合いで素敵だったので、憧れの気持ちを抱いて頬を染めていたのであった。
一番最後にジュリア達が大広間に入ったタイミングで、次のダンス曲が始まった。それは二人にとって聞き覚えのある懐かしいメロディーだった。
ジュリアとロマンドは思わず顔を見合わせた。
「懐かしい曲だね、覚えてる?」
「もちろんよ。初めて二人で踊った曲よね。というか、いつもこればっかりだったわ」
ジュリアはクスッと思い出し笑いをした。
九年前、ジュリアがプラント男爵家の農場でお世話になっていた時に、二人はよくこのメロディーに合わせてダンスを踊ったのだ。
いつもいつも同じダンスばかり踊った。何故この曲ばかりだったのかというと、ジュリアの母マーガレットの口ずさむメロディーが、そのワルツだけだったからである。
「違う曲を踊りたいわ」
とジュリアが口を尖らすと、マーガレットは真面目な顔をしてこう言った。
「このダンスを完璧に覚えたら次のダンスを教えてあげるわ」
って。
しかし、ようやく二人でそのワルツをマスターした頃、ジュリア達親子は前男爵に見つかり、農場を出て行ったのである。
だから、二人で踊ったのはこのワルツだけだったのだ。
九年振りに二人で踊った。二人ともすっかり大人になった。それなのに踊っているとまるで昔にタイムスリップしたような感覚になって、楽しくてたまらなくなった。
二人は夢中で踊った。意識をしなくても体は自然にメロディーに合わせて動いた。
その美しいダンスに周りで踊っていた人々も思わず見入ってしまっていた。
誰に誘われてもダンスをしたことのなかった『花男爵』が、まるで花の妖精のような可憐な少女と踊っていることに、みんなは驚いた。
そして彼女が彼の特別な存在であることを皆が認識したのであった。それを納得するかどうかは別として。
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