第二十七章 枯れ木令嬢と未来の義叔父
投稿が遅くなりました。すみません!
「義母上から貴方を王都で学ばせると聞いた瞬間、何となく察しましたよ。でもまさか、叔父だったとは思いませんでしたけどね」
ロマンドは小さく笑った。
「義母上は貴方か僕のどちらかにプラント男爵になってもらいたかったようです。
そしてどちらがなっても負担をかけないように、僕達が卒業するまでにプラント家をできるだけ立て直したかったみたいですね。
僕はさっきも言った通り男爵になるつもりはなかったので、貴方に継いで欲しいと思っていたんです。
でも、責任を貴方にだけ押し付けるようで嫌だった。
だから、取りあえず僕が爵位を継いで、そのうち農園経営が軌道に乗ったら貴方に代わってもらおうと思っていたんです。ところが……」
そう、当時ロードは王太子と友人だったことで、例の王妃殿下の誕生日パーティーのお花の調達を急遽依頼された。
すると、何とそれが評判になったことで、思いもよらずプラント男爵家は王宮御用達の農園になってしまったのだ。
しかもその条件がロードを当主にすることだった。
王家はロードが緑の手の持ち主であることを把握していたし、王太子からは彼の人間性を保証されていたので、他の者が当主では信用ならないと言うのだ。
それを聞いた男爵は大喜びでその話を受け入れて、勝手に男爵位を甥のロードに譲ると宣言してしまった。
そうなったらもう、ロードにそれを拒否することなどできるはずがなかった。
こうしてロードは卒業前に爵位を継いで、ロマンド=プラント男爵となったのだ。
しかもいつしか彼自身に花男爵などという二つ名まで定置してしまい、ロマンドは引くに引けなくなってしまった。
この流れは全くの想定外で、ロバートとじっくりと話し合う時間など一切持てなかった。
これは当分当主を交代などできないなと、ロマンドも腹を括った。何故なら、ここで自分が身を引いたら、プラント男爵家ではお家騒動が起きているとか、何か問題があるのではないかと疑われてしまう。それは信用に関わる。
では、どの時期ならいいのだろうかと思案しているうちに、ロマンドはジュリアを見つけてた。そしてあれよあれよという間に婚約することになった。
もちろんこのことはロマンドにとっては僥倖だったのだが、結局事情をきちんと説明する前に、ロバートには爵位を譲れなくなってしまった、というわけだ。
「すみません。こんな大事な時に俺がつまんない質問をしたせいで、男爵様に大変な話をさせてしまって。俺なんかが聞いていい話じゃなかったのに……」
ルフィエが申し訳なさそうに言った。ルフィエさんのせいじゃないとジュリアは思ったが、話の内容があまりにも重かったので、どうフォローしていいかわからずに黙っていた。
そもそも自分のせいでロマンドが男爵家を継ぐ決意をしたのなら、自分のせいでロバートさんは男爵家を継げなくなったわけだし、つまり私のせいよね? とジュリアは悶々とし始めた。
すると、ロマンドはジュリアとルフィエの落ち込んだ顔を見て、申し訳なさげな顔で二人に言った。
「ごめんね、重い話を聞かせてしまって。でも、彼に話すタイミングがなかなかなくてね、いい機会かと思ってしまった。
巻き込んでしまってこちらこそすまない。
ロバート……さんもごめん!」
さん付けで呼ばれたロバートはムッとした顔をした。
「旦那様、やめてくださいよ。僕はプラント男爵家の使用人ですよ。
僕は今まで一度だって男爵家を継ぎたいだなんて思ったことはありませんよ。
もし思っていたら、貴方一人を矢面に立たせたりはしていません。そんな卑怯者ではありません。
確かにプラント家のために何かしたいとこれまで必死に努力してきたつもりですが、それは自分にプラント家の血が流れているからではありません。
いえ、真実を知らされたまだ子供の頃は、正直そんな気持ちもありました。しかし、貴方の能力を身近で見せられたら、対抗する気なんてあっという間に吹き飛びましたよ。
正直奥様や母親のことがなければ男爵家なんてどうでも良かったんですよ。
僕達親子やロマンド様親子を苛めていた奴らのために、農園を立て直してやるのも腹立たしかったですしね。
でも、貴方の側にいると次々と想定外のことが起こってワクワクして楽しくて……ずっと貴方の側にいて貴方の少しでも役に立つ人間でいたかったんですよ。
それなのに、貴方は僕を捨てるおつもりだったんですね」
ロバートは今まで見せたことの無い悲しげな顔でこう言うと、俯いてしまった。
するとロマンドは慌てこう言った。
「捨てるだなんて……
僕は貴方がいつも側にいてくれていたから今日までやってこられたんです。もちろんずっと側にいて欲しいですよ。でも、いつまでも甘えて僕の側に縛り付けておくのはいけないことでしょう?
貴方は一人で立派に立っていられる有能な人なんだから」
「有能と言ってもらえるのはありがたいのですが、僕はあくまでも人を補佐するのが得意なんだと思いますよ。だから自ら上に立つタイプではないんです。
たとえば、うちがどん底に落ちた時、多くの使用人達が辞めて行きましたが、ロマンド様が当主になって勢いを取り戻すと、再雇用を望んで元の使用人達がやって来たでしょう?
もし僕が当主だったら、その元の使用人達を全員雇ったと思うんです。人手が足りないんだから、経験者をまた雇えば楽ですからね。
でも実際はそうしませんでした。僕やロマンド様を見下し苛めた奴らは採用しませんでした。
主を見下している者を雇ったら、いつ掌を返されるかわからないですからね。
貴方のためならそういう冷静で冷徹な判断ができるけれど、自分のためにはできないんです。僕は……
奥様もそうですよね」
「ああ、そうだね。義母上も自分のことはどんな理不尽なことも我慢されるのに、人のためならお強くなれる方だよね。
僕達を庇ってくれたり、領民のために実の息子を排除したり。本当はとてもお辛かっただろうに」
「ええ。僕は奥様と同じで大切な者を守るためには強くなれるんですよ。
ですから、僕の有能な力を発揮させたいのなら、どうか今まで通り、貴方の側で働かせて下さい」
「ロバートさん……」
「だからそれはやめてください。今まで通り呼び捨てにして下さい。周りに示しがつきませんから」
「そうはいかない。貴方は僕より年上だし、第一叔父上だし……」
二人の取り留めのない会話を聞いていたジュリアが、いい加減呆れてこう口を挟んだ。
「貴族間なら上下関係とか礼儀作法だとか、名前を呼ぶにも色々面倒なことはあるのでしょう。
だけど、ここにいる四人は全員庶民の血が入っているわけだし、ぶっちゃけ、呼び名なんてどうでもいいんじゃないかしら?
農園で働いていた時、私は年配の人のことは他人でもお母さん、お父さんって呼んでいたし、年の近い人は年上でも年下でも互いに呼び捨てだったし。
そもそもロバートさんが先々代の男爵様のお子様だなんて誰も知らないのに、丁寧語で話していたらむしろ怪しいじゃないですか!
それにロードは私に、ロバートさんのことをもっとも信頼している優秀な男で、親友だと紹介してくれたじゃないの。
親友なら呼び捨てでいいんじゃないの?」
「そうですよ。ロバートさんは年下のくせに俺を呼び捨てにしていますが、それは俺が友人だからだそうですよ、ねぇ、ロバート?」
ジュリアとルフィエの言葉にロマンドとロバートを顔を見合わせた。
「貴方は僕のことを親友だと思ってくれたいたんですね。嬉しいです。それなら私的な場所では貴方を呼び捨てにさせてもらいますよ、ロマンド……」
ロバートが照れたようにこう言うと、同じく顔を赤らめながらロマンドもこう言った。
「うん。その方がいい。子供の頃から様付けで呼ばれるのが本当は嫌だったから。
だってロバートは優しくて強くてかっこ良くて、僕の憧れの兄だと思っていたから」
✽✽✽
「貴女は今日大変な思いをしたというのに、僕の面倒な話まで聞かせてしまってごめんね。
明日の夜会は午後から準備をしても間に合うから、朝はゆっくりしてね」
「大丈夫よ。それにお二人の大切な思いを伝え合う場に、私が居合わせてもらえて嬉しかったわ」
ジュリアはロマンドやロバートと、より親密になれたようで嬉しかった。ルフィエも含めてまるで家族になれたような気がした。
「僕も大切な人達にもう隠し事をしなくて済むと思うとホッとしたよ。
あ、大切な人と言えば、ヴィオラさんのことだけど、彼女はうちで働いてもらうつもりだから、そう彼女に話しておいて。多分、これからどうなるか不安になるだろうから。
彼女、ご家族の面倒を一人でみているんだろう?」
何故そんなことを知っているのだろうと、ジュリアは驚いた。
実はヴィオラは元々は両親と弟との四人家族だったのだが、早くに父親を亡くしてしまった。そしてその後母親も病気になって働けなくなってしまった。
だから彼女はウッドクライス伯爵邸で住み込みで働きながら、母親と弟に仕送りをしていたのだ。
それ故に仲間達にどんな嫌がらせを受けても、彼女は辞めずに頑張って働いていたのだ。
私のことを心配して、彼はウッドクライス伯爵家の使用人のことを全員調べたのだろうか? 彼女がそう思った時、ロマンドはこう言葉を続けた。
「そのうち朝市の中にある空き店舗で、プラント男爵家直営の花屋を開くつもりなんだが、いずれヴィオラさんにはそこの責任者になってもらおうと考えているんだ」
「えっ? ヴィオラさんにですか?」
「うん。その空き店舗ね、元々ヴィオラさんの亡くなった父親が経営していた店でね、とても有名な花屋だったんだよ。その店に花を卸すのが生花農園の夢というか、一つのステータスだったというか。
まあ、詳しい話は夜会が無事に済んでからゆっくりしよう。店のことはまだ内緒にして、取りあえず彼女が不安にならないように伝えておいてね」
ジュリアを客室の前まで優しくエスコートしながら、ロマンドはそう言ったのだった。
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