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第二十六章 枯れ木令嬢と未来の義母


 ロバートの胸中が穏やかではなかったそんな頃、プラント男爵家にやって来てたのがロード(ロマンド)親子だった。

 

 ロードの父親は男爵家の次男だったが、使用人の幼馴染みの女性と駆け落ちしていた。

 その父親が流行病で亡くなって、男爵家にいる母方の祖父を頼って来たのだった。

 そう、娘を虐待をしていた飲んだくれのクズの父親の元に。まあ、世話になるというよりも実際は、彼の世話をするためにロードの母親は帰ってきたようなものだったが。

 

 その当時ロードの祖父は大分弱ってはいたが、獣医としての仕事だけはきちんとこなしていた。

 帰ってきた娘に彼は何も言わなかったが、罪滅ぼしだったのか、孫に対してはとても優しかった。そしてその孫にだけは手を一度も上げることはなかった。

 

 彼は娘と孫が帰ってきてくれたことで人間性をようやく取り戻したのか、酒をパタリと止めて穏やかに暮らしていた。

 しかしそんなある日、難産だった仔牛を無事に出産させた後、満足そうな顔をして亡くなっていた。

 

 

 ロマンドはほんの僅かな間に父親と祖母、そして二人の祖父を亡くしたのだった。

 

 そんな傷心のロード親子に、男爵家の使用人やその子供達は苛めや嫌がらせを続けたのだ。

 屋敷の坊っちゃんを誘惑して駆け落ちしたくせに、坊っちゃんを死なせて戻ってくるとは、なんて図々しい奴らなんだと。

 その上新しく男爵になった伯父や従兄からも冷遇された。

 もちろん男爵夫人はロバート達の時と同様に優しく接して、必死に盾になろうとした。しかし結局使用人は主の姿勢を見倣うものなのだ。

 

 使用人の子供達に苛められていたロードを、ロバートは放ってはおけなかった。何故なら彼の置かれた状況が自分に似ていたからだ。

 

 男爵家の血筋でありながら、庶民の使用人が産んだ子だ、父無し子だと指差され、軽蔑され、虐げられている姿が。

 しかも元男爵の隠し子だとばれていないだけ、自分の方がはるかにましだと、ロバートはロードに申し訳無さを覚えていた。

 

 それに……ロマンドが自分の血の繋がった甥なのだと思うと、自然と彼を守らなければという気持ちになったのだった。

 

 

 

 赤茶色の髪に緑色の瞳、それに顔中そばかすだらけ、その上ぽっちゃり体型のロードは、愛玩動物のように可愛らしく、まさしく弄られキャラだった。

 超が付くほど美形の両親から何故こんな息子が生またんだろうと、ロードは彼の両親を知る者達からは言われていた。

 

 それでもロードは、その出自だけは誰にも疑われてはいなかった。

 彼の持つ色合いがプラント男爵一族特有のものだったからだ。

 その点だけはロードを羨ましいとロバートは思った。彼は姿形だけでなく、金髪碧眼でプラント男爵一族とは全く異なる色合いだったから。

 

 そしてその後ロードから『緑の手』を持っていると打ち明けられた時は、正直なところロバートは彼に嫉妬をした。『緑の手』は稀にプラント男爵一族に現れる能力だと知っていたからだ。

 何しろこの能力がある者が時々現れてきたからこそ、男爵家は長い間農業を生業にしてこれたのだから。

 

 見目はともかく自分にもその能力があったら、プラント家の人間としてこの男爵家のためにもっと尽せるのに。そう思うとロバートは悔しかったのだ。

 

 そう。ロードが『緑の手』の力を発動したのは、プラント男爵家が一番追い詰められていた頃だった。

 ロバートの年の離れた腹違いの兄である男爵が、詐欺に遭って農地を駄目にして、農作物どころか畜産まで危うくなって借金をした。

 そしてその返済に躍起になっていた頃だった。

 

 しかも後継者であった男爵の嫡男(ロバートの年上の甥)はプラント男爵家を見限って、よその男爵家に婿入りしてしまった。

 最大の窮地にあるこんな時こそ、自分が頑張らねばとロバートは意気込んでいた。

 しかし、そんなどん底のプラント男爵家を救ったのは、見ず知らずの少女と甥のロードだった……

 

 

 そもそもその復興のきっかけとなったのは、行き倒れになっていた母子をロード母子が助けたことだった。

 その助けた少女が『緑の手』の持ち主で、なんと農園の土壌の一部を浄化してくれたのだ。

 その上、滅多に咲かせられない『貴婦人の涙』という花を咲かせて、それを隣の伯爵に贈って借金の返済期間を伸ばしてもらった。

 

 それなのに愚かな男爵は、そんな大恩人である少女と母親を追出してしまった。後で彼女の力を知った男爵は地団駄を踏んでいた。

 そしてロバートがその少女のことを知ったのも、やはり彼女の姿が消えてしまってからだった。

 

 当時ロードとその少女が住んでいた小屋は、だだっ広い牧草地の端の方に建っていた。そしてロバートは屋敷近くの使用人用宿舎の方で暮らしていたので場所がかなり離れていたのだ。

 その上彼は畜産用の餌の確保のために忙しくしていたので、ロードとは暫く会えずにいた。そのためロバートは、その少女の存在に気付くことはなかったのだ。

 

 そして会えなかったそのほんの数か月で、ロードはすっかり変わっていた。

 可愛らしくて庇護欲を誘う雰囲気は消え去り、自分の足で立ち、しかも誰かを守りたいとでも思っているかのように、鍛錬を始めていた。

 ロードに『緑の手』の力が発動したのもそんな頃だった。

 もしかしたらロードが元々秘めていたその力が、少女の力に触れたことでようやく目覚めたのかも知れない。

 

 ロードはその『緑の手』の力で少しずつプラント男爵家の農園の土地を浄化していった。

 そしてそこに種を蒔いて彼が手をかざすと、何とその二、三日後には全部の種が発芽したのだ。

 普通種を蒔いても発芽までに結構時間がかかるものだし、そもそも発芽率もそう高くないというのに。

 

 ロードのおかげで種苗代もあまりかからなくなった。その上野菜や花の成長もかなり早くて、出荷するまでの期間が短縮できた。

 その結果、農園の稼働率が上がり、収穫量が増えた。

 そして二年が経った頃には黒字に転じて、借金も少しずつ返せるようになっていたのだった。

 

 男爵はロードに『緑の手』があると知ると、あれほどまでに冷遇していたくせに、甥に対する態度をコロッと変えた。

 この甥さえいればプラント男爵家は安泰だとばかりに、ロードを後継者に決めようとした。しかしそれは叶わなかった。

 養子にするには配偶者の承認が必須なのだが、夫人がそれを拒否したからだった。

 

「自分の血が入っていない者を跡継ぎにしたくないのか? 

 だが仕方がないだろう。お前の産んだ息子は薄情にもこのプラント家を捨てて出て行ってしまったのだからな」

 

 夫の言葉に夫人は眉を顰めた。

 

「ええ、仕方のないことですわ。息子に私がいくら注意をしても、貴方がまあいい、まあいいと甘やかしたせいで、嫌なことがあるとすぐに逃げ出す人間になってしまいましたものね。

 容姿だけではなくて、悪いところまで父親にそっくりだわ。あんな息子が跡継ぎにならずに本当に良かったですわ。

 あれが跡継ぎになったら、せっかくロードや使用人達が必死で立て直しをしてくれたこの農園が、また駄目になってしまいますものね」

 

 いつも柔順だった妻の辛辣な言葉に夫は絶句した。しかし、必死に冷静さを装って尋ねた。

 

「ロードじゃ駄目なら一体誰を後継者にするつもりなんだ?」

 

「あら? 私はロードじゃ駄目だなんて一言も言っていませんよ。むしろなってもらえるのなら万々歳ですよ。

 でもまだ十二歳の子に重責を押し付けるなんてとんでもないと言っているんですよ。あの子の未来はあの子が決めるべきです。

 あの子を王都の学園に入れます。でも、うちには情けないことに学費を払ってやれる余裕がありません。だから、平民として奨学金制度を利用するしかないんです。

 だから養子縁組をしないと言ったんです。()()()()()()()?」

 

「あいつが卒業したら養子縁組を許してくれるのか?」

 

「それはあの子次第ですね」

 

「そんな。あいつが嫌だと言ったらどうする気なんだ」

 

「あの子以外の子にお願いするしかないですね」

 

「そんな。血の繋がりのない者が、こんな辺境の傾きかけた男爵家を継いでくれるわけがないじゃないか!」

 

「だから継いでもいいと思ってもらえるように、貴方が立て直せばいいんですよ。

 貴方が跡を継いだ頃と同程度にこの男爵家を復活すれば、養子縁組を希望する者が誰か現れますよ」

 

「そんな……私にそんな能力があるわけがないじゃないか!」

 

「それならこのプラント男爵家と農園を監理する権限……それを私に譲渡して下さい。

 そうすれば私がロードやロバート達と協力してここを運営してあげますよ」

 

「別に譲渡などせずとも、お前が私の補佐として手伝いをすればいいじゃないか!」

 

 男爵は顔を真っ赤にして怒った。 すると夫人は深いため息をついたあとで徐にこう言った。

 

「貴方にはもう社会的信用が全く無いんです。貴方の名前を使おうにも使えないんですよ。

 むしろまだ子供のロードの方がよっぽど世間では信用されているんです。

 ですから私がロードの保護者という名目で動かないといけないんです。わかりますか?」

 

 借金返済の期限を伸ばしたのも、農園や牧草地の浄化をしたのも、新しく農産物を開発したのも全部ロードで、それを補佐していたのはロバートと夫人だった。それを既に世間も知っているのだ。

 

「わかった。それじゃロードがいなくなったらお前とロバートにここを頼むとしよう」

 

「頼むですって? 

 確かにわたしは管理監督はしますが、実際に私の手足になって動くのは貴方です。勘違いしないでください。

 今まで通り指示するだけで済むとは思わないで下さいね」

 

「待ってくれ。私じゃなくてロバートにやらせればいいだろう」

 

「ロバートも王都で勉強をさせるつもりなので無理ですね」

 

「何故使用人のロバートまで学ばせねばならないんだ。ただでさえ、あんな父無し子を善意で育ててやったのに、そこまでしてやる必要はない!」

 

「ロバートも奨学金を貰って行かせるつもりなのですから、貴方が行かせてやるなどと偉そうなことを言わないで下さい。

 それに善意で育ててやったですって? ふざけたことを言わないで下さいよ。

 ロバートは貴方の弟なんですよ。本来は使用人の真似などしなくて良かったんですよ。ロードもそうですけれどね。

 もし、ロードに断られたら、ロバートに後継者をお願いしようと考えていますの。だからそのためにも経営を学んでもらいたいんですよ」

 

「なんだと?」

 

 男爵は目を剥いた。

 

「呆れたわ。気付かなかったの? 確かに容姿は似ていないけれど、体つきや声がお義父様や貴方にそっくりでしょうに……」

 

 夫人は軽蔑の眼差しを夫に向けたのだった。

 

 

 

読んで下さってありがとうございました!

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