第二十四章 枯れ木令嬢の防御能力
「それで、実際のところ、明日王城で何かあるのですか? 俺は宮殿には入れませんが、本当にお嬢様の安全は担保されているのですか?」
「申し訳ないが、男爵の僕では詳しいことまではわからない。だが王太子殿下がジュリアの身の安全は約束してくれた。
それに明日の件はウッドクライス伯爵も関与していらっしゃることは間違いないから、それは確かだと思う」
「父が関係しているのですか?」
「おそらく明日の夜会には、国防に関する重要事項が絡んでいるのだと思う。
君達も気付いている通り、ウッドクライス伯爵の周りでは以前から西の国の怪しい輩が徘徊していたらしい。
王城の方でもそれをわかっていたようで、ずっと探索していたみたいだ。そいつらの実体は既に判明したみたいだよ。
ただし相手がまだ何も仕掛けてこないので、こちらはそれに対処しようがない。だから今のところは防衛対策を練って、可能な限りの準備を整えておくしか方法がないみたいなんだ。
ああそれと、ルフィエさんは明日王宮に入れるよ。ロバートと一緒に」
ロマンドの言葉に三人は目を丸くした。何故?という疑問符が飛んだ。
「王城では少しでも多く、腕に自信のある者を集めたいらしい。だから僕が王太子殿下に二人を推薦したんだ。
二人とも明日は臨時近衛騎士だよ。だけど、お忍びで一般の招待客に混ざるから、騎士服じゃなくて普通の礼服でいいって。
明日の午前中にロバートはルフィエさんを貸衣装屋へ連れて行ってくれ」
「それってつまり、僕達は旦那様とジュリア様の私的な護衛になるということですよね?」
「まあ事実上そうだね。僕も含めて三人がジュリアの護衛だね」
「男爵様って、失礼ですがお強いのですか?」
「うーん……」
ロマンドは腕組みをして考えていたが、ロバートは少し呆れたような顔で主の代わりにこう言った。
「強いかどうかは微妙ですが、最低限ご自分と大切なジュリア様を守れる力はあると思いますから、安心して下さい」
「どういうことですか?」
ルフィエが眉を顰めた。一緒に協力し合うのならば、相手の実力を知らなければ連携を取るのは難しいからだ。今回の場合、敵が誰で何が目的なのか見当もつかないというのなら尚更だ。
ロマンドもルフィエが何を心配しているのかわかったのだろう。少し困ったような顔をしながらも説明を始めた。
「僕の剣術は人並みだ。学園の授業で習って、後は自主練習した程度。騎士科にいたら平均くらいの腕かな」
それは十分強いのではないかとジュリアは思った。
彼女は学園に通ったことがないので、騎士科の生徒を見たことがないので実際のところはわからない。しかし仮にも騎士様を養成しているところなのだから、そこの生徒達は相当に強いはずだ。
騎士科に入るための実技の選抜試験はかなり厳しいと、街の噂で聞いた事があったし。
「体術はそこそこだと思う。子供の頃からロバートと鍛錬していたからな。騎士科のトップと対等にやりあっていた。
教師からは教養科から騎士科へ転科しないかといつも勧誘を受けていたし」
それは凄いとジュリアは思った。ロバートは高身長だが細身なので、まさかそんなに強いとは思ってもみなかった。
「旦那様は細マッチョです。見かけとは違って結構筋肉は付いているんですよ。
子供の頃から初恋の少女を守れる強い男になりたいと、絶えず体を鍛えていましたからね。それで、いつも僕が相手をさせられて大変だったんですよ。
その上『緑の精霊使い』になられてからは、もう、どう対処していいのかさっぱりわからなくなりましてね。僕は練習相手ではなくて、単に記録係になりましたよ。
何を心に願えばどんな力を出せるのかを一つ一つ検証しなくてはならなくてね。
まあどんなに大変な作業でもそれを把握していないと、いざという時、とんでもない事になりますからね」
つまり元々騎士並みに強かった上に、『緑の精霊』の力を得られたことで、力のコントロールが難しくなったということか、とジュリアは納得した。
彼女もその『緑の精霊使い』なので、『緑の精霊』の力を使役できるが、それを使って相手と戦おうとしたことはないので、自分の力がどれほどのものかはわからない。
今までは身の危険を感じた時にとっさにお願いをしただけだ。
馬車にひかれそうになった時とか、悪漢達に襲われかけた時とか。しかもそれはルフィエが護衛になってくれる以前の話だ。
まあ、つい最近アサシンを見かけた時にあまりの恐怖でとっさにお願いをしたら、自分が側に生えていた植物に同化していたのには、さすがに驚いた。
それにしても、ロマンドは自分を守ろうとして子供の頃から体を鍛えてくれたのか……ジュリアはポッと頬を赤らめた。
「つまり、男爵様は個人戦はそこそこお強くて、しかも、団体戦には滅法強いということですか? ご自分では制御できないくらい……」
ルフィエがこう尋ねるとロマンドは頷いた。
「そうだ。だからやたらめったら戦うわけにもいかないんだ。王宮でその力を使ったら、王宮くらい簡単に吹き飛ばせそうなんだ。
王太子殿下にはお伝えしていないが」
「「・・・・・」」
ジュリア達は絶句した。
シーンと静まり返ったリビングの中は、ただ振り子時計の音だけが規則正しく聞こえていた。
そしてその静寂を破ったのはジュリアだった。
「『緑の精霊使い』の方々は皆そのように強力な力を使えるものなの?」
「いや、かなり個人差があるみたいだよ。精霊使いの集まりで色々と情報交換したんだけど、僕以外にはこんな破壊的な攻撃力は持っていないみたいだ。
そもそも半数以上は防御能力のみ使える人だったよ」
「もしかしたら私も防御能力だけを使えるのかもしれないわ。振り返って考えてみると、今までも防御の時にだけ使っていたもの。
だから攻撃能力の方はないと思うわ。だってこちらも無意識に使える力なら、今日あのメイド達を攻撃していたはずだもの」
「確かに、そうですね。今日だけじゃなく、この二年半、お嬢様は散々酷い目に遭ってこられましたが、一度も乱暴な真似をなさったことがありませんからね」
ルフィエはこう言ってから、少し黙り込んだ後で徐に口を開いた。
「それではウッドクライス伯爵様はどうなんですかね。どれほどお強いのか、男爵様はご存知ですか?」
ルフィエの質問にロマンドは口パクで答えた。
『さ・い・き・ょ・う……だよ』と。
ウッドクライス伯爵家の当主は代々国防の代表を担っている。
それは単に『精霊使い』だからというわけではなく、その中でも一際強い力を有しているからなのだろう。
だからこそ後継者は直系だからといって選ばれないのね、とジュリア達は納得した。
「でも何故ウッドクライスの旦那様はジュリアお嬢様を嫁がせることに了承したのでしょう?
力の強い『緑の精霊使い』である男爵様をお嬢様の婿として、ご自分の跡を継がせたいと思うのが普通でしょうに。
それなのに男爵様にご自分の仕事を手伝えって条件を出しておきながら、お嬢様をお嫁に出すなんて変じゃないですか?」
ルフィエが本当に不思議そうに質問した。
「そう言えばそうよね。最初にこの見合いの話を聞いた時は、自分が父の一人娘だとは知らなかったからなんとも思わかなったけれど、事情を知った今は不思議だわ。
まあ、今更婿入りでないと結婚を認めないと言われても困るけど」
そうジュリアは言った。プラント家にはロマンド以外に男爵位を継げそうな人物がいなさそうなので……
「まあ、どうしても婿入りでないとジュリアとの結婚を認めないと言われていたら、当然僕はそれに従ったと思う。だから、条件を飲みさえすれば嫁入りさせると伯爵からお許しを得られた時は、正直驚いたな」
ロマンドの言葉にロバートが目を剥いた。
「旦那様はプラント男爵家をお捨てになるつもりだったんですか!
僕や奥様や使用人達を捨てて!」
「何を怒っているんだ?
僕は破産寸前だったプラント男爵家を再生して、きちんと農園経営も軌道に乗せた。文句言われる筋合いはないだろう?
大体農園経営のノウハウは既に出来上がっているんだよ。別に僕じゃなくても人心掌握能力があって、経営がわかるプラント家の血筋の者が跡を継げば、もう何も問題ないじゃないか。
プラント男爵には別に『緑の精霊使い』じゃなくてもなれるが、ウッドクライス伯爵には『緑の精霊使い』じゃないとなれないんだから」
ロマンドがあまりにもあっさりとそんなことを言ったので、ロバートだけじゃなくジュリアやルフィエも、驚いて彼を見つめたのだった。
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